進化心理学 ~ マーケティングとの関連性

進化心理学 ~ マーケティングとの関連性

「進化」と聞いて思いつくのは生物の進化でしょうか。はたまた大陸とは関連を持たないまま独自の「進化」を遂げたガラパゴス諸島を連想する人もいるかもしれません。いずれも目に見える「進化」を想像しがちですが、今や目に見える部分の変化だけではなく、「心の進化」も研究されていることをご存知でしょうか。生物進化の仕組みに基づいて人間の心の働きを探求する「進化心理学」という学問。この興味深い世界とマーケティングとの関連性について、さまざまな種の「進化」論を交えながら、株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


忠犬ハチ公生誕100年

渋谷の待ち合わせの場所として、JR渋谷駅前の忠犬ハチ公像は今や世界的に有名です。誰もが渋谷へ行くとハチ公像を目印に待ち合わせをした経験があると思います。1923年11月10日に秋田県大館市で生まれた秋田犬ハチ公は、今年生誕100年を迎えます。大館市と渋谷区では11月10日の誕生日をヤマ場として、様々なイベントを行っています。1925年に飼い主の東京帝国大学農学部教授、上野英三郎博士が急逝した後も渋谷駅で毎日、亡き主人の帰りを待ち続けたハチ公。人と動物の間柄がペットから家族へと移行した象徴的な物語です。また、当時の渋谷は都会に近い農村でしたが、戦後は闇市の雰囲気が色濃く残る街へと変わり、今や高層ビルが林立した大都会となり、世界の若者とって一度は訪れてみたいスクランブル交差点がある若者の街として変貌を遂げました。ハチ公像は街の変遷を見守り、平凡な日常の大切さと共に、過ごした時間は短くとも飼い主との和やかな心溢れる交流、絆の美しさや強さを改めて教えてくれます。日本人に愛され、渋谷と共に、激動の時代を過ごし佇んだハチ公像。平和で穏やかな社会のシンボルとして、これからもご主人の帰りを待っているに違いありません。

忠犬ハチ公生誕100年

ガラパゴス諸島と生物進化論

JR渋谷駅の第2の待ち合わせ場所として、以前ほど使用されていませんが、モヤイ像があります。1980年伊豆諸島新島の東京都移管100年を記念して、新島村から渋谷区へ寄贈され、新島で産出する「抗火石(コーガ石)」で製作した、絶海の孤島イースター島のモアイ像をモデルとした石像です。「抗火石」は他にはイタリアのリーパリ島でしか産出されない大変珍しい石です。また、イースター島のモアイ像は世界の7不思議に数えられるほど謎を秘めた石像群です。最近の海外ツアーではイースター島と世界遺産のガラパゴス諸島は一緒に含まれているものが多く見受けられます。ガラパゴス諸島は海洋島で、大陸と陸続きになった歴史が無く、在来の生物は海を渡ったか、空を飛来したものの子孫に限られます。非常に多くの固有種が見られ、ゾウガメがこの島の名前の由来となったように大型の爬虫類が多く存在し、天敵になるような大型の陸棲哺乳類は存在していません。

ガラパゴス諸島といえば、生物進化論のチャールズ・ダーウィンを連想せずにはいられません。測量船ビーグル号で航海し、1935年9月15日から10月20日までガラパゴスに滞在し、生物進化論の着想を得ることになりました。1859年に「種の起源」で提唱されて以来、生物進化論は生物界を総合的に説明する科学理論として受け入れる人々の数を増やしてきました。1950年代から分子生物学の研究が進み、進化を支えるメカニズムが次から次へと明らかになり、科学者間でも確固とした理論として認められています。現在でも、宗教関係者との間では一部では対立が残っていますが、生物進化論は生物学にとどまることなく、心理学や社会学、倫理学や経済学まで応用範囲を拡大しています。

ガラパゴス諸島と生物進化論

進化心理学

生物進化の仕組みに基づいて、人間の心の働きを探求する学問分野が進化心理学(evolutionary psychology)です。適応主義的心理学とも呼ばれます。社会学と生物学の視点から、生物進化論を用いて、感情・認知・性的適応の進化などを含めた人間の本性を解明する学際的な学問です。進化心理学は生物の心理が行動に反映されて、その生物が生き残り続けたという進化の歴史を研究の題材とし、生物の心理や行動は生物進化の歴史と対になっているという仮説を立てています。人類は生存してきた数百年間、恐怖など様々な感情を引き起こす脳のシステムによって生き延びてきました。一方、生活の安全・安心が高まる現代の文明社会では不要となっている感情もありますが、意思決定の際にそうした感情が重要な役割を果たす可能性が指摘されています。人間の一見不合理に思える選択の多くは、遺伝子の長期的な成功の最大化を目指す、「深い合理性」と呼ばれるものです。

生物の進化とは取り巻く環境への適応の歴史です。新しい環境へと適応が進み遺伝情報が変化し、身体や行動が進化します。つまり、生物学的な進化とは賢くなることでも身体能力が高まることでもありません。ただ、生き残りに有利な姿に適応することです。環境が激変する現代において、進化心理学は生物進化と環境変化を見据え、人類の将来に向けて多くの指針を提供すると期待されます。

進化心理学

ビジネスへの応用

消費者を理解するためには人間の本能の理解が必要です。進化心理学を実際のマーケティングへ応用するためには様々な手法が考えられます。ここで、応用可能な提案を試みます。①『サバンナ原則』。人間の脳は遥か昔、アフリカのサバンナで暮らしていた頃から基本的には変わらず、現在でもサバンナに無かったものはうまく認識できません。②『血族・親族への愛』。顧客へのリサーチを深め、顧客の子供や孫、甥、姪など血脈のある対象に向けて、年齢に沿った欲求を捉え、肉親愛を感じさせる商品・サービスの企画・開発が求められます。③『男性のヒーロー願望』。「ヒーローズジャーニー」と呼ばれる男性が好む「苦難を乗り越えて弱者や正義のために、平凡な人間がヒーローになる」というストーリー展開は、男性へのマーケティング戦略において外せません。➃『女性は皆、プリンセス』。本来、女性は皆、プリンセスです。今は本当の自分の姿でなくても魔法の力で本当の自分を取り戻したいと願っています。世界に現存する王家の本物のプリンセス達を参考に、学ぶべきことが数多くあるはずです。⑤『贈り物と価値』。男性から女性に花を贈ることはよくあります。一見すると花には価値がありませんが、役に立たないからこそ意味があります。男性が女性に花を贈るということは、それだけその女性に投資する心構えがあると見なせます。男性の覚悟がわかるので、女性は贈られると喜ぶのです。その辺りに商売のヒントが見え隠れします。

他にも進化心理学には多くのビジネスのシーズが隠されていますが弱点も存在します。仮説の域を出ず説明しにくい現象もあり、あくまで暫定の理論です。進化心理学は万全ではありませんが、人間を全て解明した「心の理論」は存在しません。心理学も進化しています。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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