課題・仮説リスト(調査企画のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

課題・仮説リスト(調査企画のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

リサーチャーの菅原大介さんが、ユーザーリサーチの運営で成果を上げるアウトプットについて解説する「現場のユーザーリサーチ全集」。今回は「課題・仮説リスト」(調査企画のアウトプット)について寄稿いただきました。


課題・仮説リスト

1.課題・仮説リストとは

●概要

課題・仮説リストとは

課題・仮説リストとは、ユーザー調査の計画にあたり、現状の課題と、その課題の真因を突き止めた解決の仮説を記載したアウトプットです。

調査企画書の中にこのページがあることで、企画化に至るまでの情報が十分か、過去調査のデータから学んでいるか、仮説が無いなら無いなりに課題を認識できているか、などを点検できます。

一般的に課題の認識や仮説の設定は「重要だ、重要だ」と言われつつ、企画書の中では「調査背景の一部」として登場する程度に留まります。課題や仮説の取り上げ方が浅い状態だと、調査の背景をあまり詳しく知らない決裁関係者や、逆にデータを有効活用していきたい実務関係者にとって、何がどのように重要なのか伝わりません。

課題・仮説リストでは、まず調査対象となる物事における主要な課題を特定して、そのうえで仮説を提示していきます。仮説が整うと、「誰に、何を、どう聴くか」という調査のアプローチ(調査手法や分析手法)が必然的になります。

この機能性により、調査の実行者である自分たちは調査企画に至るこの一連の思考プロセスを整理することができ、決裁者・関係者も資料一枚でその道筋を理解することができるので、調査の実施意義・期待成果への了解を取り付けやすくなります。

●構成要素

課題・仮説リストの作り方(構成要素)

課題・仮説リストの構成要素は以下のようになります。

①課題

・調査テーマに関連する代表的な課題

<記入例>
・「○○ができない」
・「○○になってしまう」
・「○○しづらい」
・「○○が多い」
・「○○がそもそもわからない」

②起票根拠

・課題を認識するもとになっているデータソース

<代表的なデータソース>
・過去調査データ(アンケート・インタビュー)
・アナリティクスデータ(ウェブ行動ログ解析・POSデータベース)
・VOC/問合せデータ
・SNS/ソーシャルリスニングデータ
・エキスパートレビュー
・依頼部門の企画書原案
・従業員アンケート

③仮説

・課題の真因となりそうな障害、またはそれを解消し得る筋書
・明確に仮説レベルにまとまっていない場合には、疑問点・着眼点など
・仮説に至った状況や思考を補足する

<補足コメントを記入する時の考え方>
「○○が××なのは△△が要因なのではないか」
「○○を××するには△△が重要なのではないか」

④調査範囲(貢献指標)

・調査対象となる領域または箇所
(かっこ書きで仮説や課題と連動する指標・変数を書き添える)

<記入例>
・検索エンジン(検索CTR)
・検索結果画面(商品詳細ページへの遷移率)

※マーケティングリサーチのアプローチでは下記の指標をユーザー調査でよく使用します。
・認知度
・理解度
・利用度
・満足度
・利用意向度

⑤分析手法

・仮説や課題を証明するための調査手法(分析モデルやフレームワーク)

<記入例>
・カスタマージャーニー
・ユーザーストーリーマッピング
・プロブレム・マトリクス

●このアウトプットの導入が向いているケース

課題・仮説リストが必要なケース

「何のためにいまこの調査を行うのか?調査を行うとどんな効果があるのか?」
⇒この質問に一枚で答えるためのアウトプット

①船頭が多いリサーチプロジェクトのケース

調査案件は複数部門相乗りのプロジェクトとして実施されることが少なくありません。調査で取り扱う施策や機能は部門をまたいだ業務となるため、この体制は一見合理的に見えます。しかし気をつけたいのは、調査内容に対して物を言う船頭が多い状態です。

調査内容を合議制で進めていくと、強行と妥協の両方が起きやすくなります。すなわち「○○さんがそう言っていた」「○○役員のご発案の案件」などの忖度や、アンケートの選択肢構成は全部門の意見を取り入れて35個になった、などの状態が起きます。

それぞれの船頭による個別最適の議論で調査企画を満たしてしまうと、決裁が進むにつれて企画内容が上書きされていってしまい、全体としてどのような問題解決を担う調査なのかはわからない状況が訪れるのです。この状況は企画段階で是正せねばなりません。

②稟議の審査プロセスが重厚な組織のケース

稟議の審査プロセスが重厚な組織(大企業など)では、常日頃の調査活動が同期されているわけではなく、決裁者があくまで自身の管掌領域として調査機能と接していて、企画決裁の時だけ急に個別案件の中身を読み込まなくてはならない場面が発生します。

ここで審査基準が自身の感覚に依拠した人が内容を判断すると、「前にも似たようなデータを見ている」「なぜこのテーマでやるのかわからない」と言われしまい、担当者間では自明であるはずの実施意義を理解してもらうのが難しい状況に出くわすのです。

調査の実施意義を説明する箇所には「調査目的」や「期待成果」の項目がありますが、「○○の達成」「○○の遂行」「○○の改善」「○○の理解」など抽象度が高い状態になっているので、具体的に実施意義を補足できる資料の作り方が求められます。

2.作り方

課題・仮説リストの作り方(作成手順)

①課題・仮説のカードを作成する

・代表的な課題・仮説の項目を3~4個のカード形式で用意する

※課題・仮説をリストアップする方法には、全量把握するバックログタイプの作り方もありますが、ページ数に限度がある調査企画書の中に根拠が弱いものまで含めてしまうと企画の焦点がブレやすくなります。実施する調査がアンケートであってもインタビューであっても、実査で確実に取り上げることができるトピックスの数は3~5件程度が限度になるため、課題・仮説の項目数は同数程度を目安として強いものを厳選するようにします。

※このアウトプットの作成は、オンラインホワイトボード上の付箋で作ってもOKですが、最終的に企画や報告のフォーマットと同一の形状で一枚で説明できる状態が望ましいです。このあたりは、関係者・決裁者がmiroやFigmaなどのツールを使うかどうか、組織の環境設定に照らして判断するようにしましょう。

②見出しの課題はひと言サイズに
・一文が長くならないように、大きな文字サイズを保ち、視認性を確保する
・記載時の表現はペインマスタに登録されているアイテムの粒度を参照する

※ペインマスタ:顧客の声を収集して項目別に蓄積しているリスト(VOCやバックログなど)

③根拠に基づくペインを列挙する
・考えや意見のもとになっているデータソースを明記する
・ユーザーや取引先から挙がっている具体的なペイン事象を書き連ねる
・アイデア開発(探索)目的の調査ではペインに限らずカテゴリーユーザーの願望や関心を記載する

④課題の真因や疑問点を明らかに
・課題の真因になっているであろう障害や、課題の現況に対する疑問点を書く
・定めた課題と対応する「強い仮説」を選んで記載する
・仮説の解像度が高いほど、誰に何をどう聴くかという調査のアプローチの解像度が高くなる

⑤関連業務に貢献する姿勢を示す
・調査の領域や箇所に対応するKPIを貢献指標として記入することで、決裁者にとっての実施意義を伝える
・調査範囲(領域・箇所)の記載までだと、関連業務の担当者にとっての実施メリットまでしか伝わらない

⑥課題解決の分析手法を提示する
・貢献指標を検証するのにふさわしい分析手法を記載する

※この箇所を一般的な調査手法(アンケート・インタビュー)の名称で済ませてしまうと
計画した企画内容で実施する必然性を強調することができないので、分析手法まで記載しておくと良いです。

3.使い方

課題・仮説リストで得られる効果

①立場ではなく論点ベースで実施意義を議論する

・課題→実施意義をAS-IS面で理解できる
・仮説→実施意義をTO-BE面で理解できる

課題・仮説リストを使うと、調査すべき物事を論理的に討議できるようになります。すなわち「私たちの部門」「私」の関心事ではなく、「課題」「仮説」に対して優先的に調査すべき事柄は何なのか、皆が自然に考える方向性へとリードできるのです。

課題のセクションでは、実施意義をAS-IS面(現状ベース)で理解できます。誰かの「思いつき」や偉い人の「鶴の一声」ではなく、現状から目を背けずに、解決すべき事柄、探索すべき事象を同じテーブルの上に並べて討議していきましょう。

仮説のセクションでは、実施意義をTO-BE面(未来ベース)で理解できます。調査する領域または箇所、それと紐づく貢献指標、加えて調査を行うアプローチに至るまでが明快なので、結果をどう消化・吸収するか具体的に想定することが可能です。


②調査データを有効活用するロジックを知らせる

・企画に至った課題を目に留まりやすくする
・過去調査を有効活用していることの証明に

課題・仮説を独立したページに切り出してスポットライトを当てると、否応にも企画書を見る関係者の目に留まりやすくなります。企画書内におけるページの配置も、調査目的・調査概要の次くらいに課題・仮説リストを配置することで注目度が上がります。

上記の工夫により、今できていないことの出発点(課題)、調査データが有効活用されるシーン(仮説)の情報を通じて、経費をかける調査活動がいかに全体に還元される構造になっているかが伝わるので、調査を実施する意義が誰の目にも明らかになります。

また資料作成の付帯的なメリットとして、構成要素の中で紹介した「起票根拠」は過去調査結果を参照して作成することが多いので、データを有効に活用する文化を醸成することができます。その場での使い切りのデータだと経費効率は悪いと見なされるので。

この記事のライター

リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内有数規模の総合ECサイト・アプリを運営する企業でUX戦略・リサーチ全般を担当する。

個人でリサーチに関する著作を持ち、デザイン・マーケティング・経営を横断するリサーチのトレンドウォッチャーとしてニュースレターの発行を行うほか、定量・定性の調査実務に精通したリサーチのメンターとして各種リサーチプロジェクトの監修も行う。

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