スマートな街を目指して ~ コンパッションと健康

スマートな街を目指して ~ コンパッションと健康

近年、人口の集中・過密化による過疎、そしてインフラの老朽化や少子高齢化により、生活環境が激変しているという都市問題が私たちの国・日本でも大きくなりつつあります。変わりゆく都市は、その機能や姿をどのように変貌させてゆけば良いのでしょうか。人が集い生活を営む集合体である「都市」の、本来のあるべき姿とは。本稿では、「コンパッション都市」「健康都市連合」といった新たな概念をもとに、望まれるスマートシティの形について、株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


スマートとは

スマート(smart)とは、日本では主に細いとかスタイル抜群とかカッコいいといったイメージや意味として使用されます。ただ、大学生の頃、スマートという言葉の意味合いは若干異なりました。良い意味としては、利口な、見事な、きちんとした、こざっぱりした、といった使われ方をしていたと記憶しています。逆に悪い意味では、抜け目のない、油断のならない、悪賢い、生意気な、のように少々とげのあるイメージを思い浮かべる言葉でした。成績が良く、頭の回転が速く、明朗快活、都会的で、健康で、幸福感溢れる人間がスマートであり、エリート。それらを併せ持った理想の将来像・生き方、つまりはスマートに生きることを人生の目標に大学生諸君は将来にわたって奮闘努力すべしといったような志向が、特に若い教官や大学院生、上級生の間で存在していたような気がします。周りに存在した経済学部で近代経済学を専攻し、留学してPh.D.を取得した教員や勉強好きで上昇志向が強い学生達がアメリカのアイビーリーグなどの影響を受けていたことがその遠因かもしれません。

今では肥満の対義語としてスマートは健康社会実現の目標となる言葉として存在価値が高まっています。もちろん、時の流れの中で言葉の意味も活用も変化しますが、本質は変わらないのかもしれません。後程のスマートシティの定義でそれが証明されます。

セルフ・コンパッション

コンパッション(compassion)とは「思いやり」や「慈悲」を表します。自分自身や他者に対する理解を深め心から力になりたいと思うこと、自分自身が他者に寄り添う能力、と定義されています。さらに、自分自身に対して思いやりを持つ、他者を思いやるように自分自身を大切にする、セルフ・コンパッション(self compassion)がビジネス界でも注目されています。評価や判断を加えずに自分と向き合い、いま経験・体験していることに対して意識を向け続けるマインドフルネス(mindfulness)と同様に必要とされています。自分のありのままを受け入れるのがマインドフルネスで、それに慈悲の心で接するのがセルフ・コンパッションなのでしょうか。

経済・社会生活では、利益や効率を追求する風潮が高まり、個々人のセルフケアが極めて重要となってきました。また、新型コロナウイルス禍では仕事・プライベートに限らずコミュニケーションの機会が著しく減少し、セルフ・コンパッションによる心のコントロールが個人でも企業でも重要視されました。

セルフ・コンパッションを身につけると様々な効果があることが研究で証明されています。①幸福感の向上。マイナス思考を改め、焦りや悲観的な感情を抑えることにつながります。②ストレスの減少。ストレスを感じにくくなり、怒りや悲しみといったネガティブな感情を抑えられます。③健康な心の創造。自分の状況を客観的に捉え、自己肯定感を高め、ストレスや困難に立ち向かえる心を創れます。スマートな人生を歩むためには心の状態を整えて、日々の生活や仕事にポジティブに取り組むセルフ・コンパッションのようなセルフケアの手法が極めて重要です。

コンパッションは医療や介護などの分野・業界でも使用頻度が高い言葉です。終末ケアの充実を目指す「コンパッション都市」という構想も、健康都市の進化型として研究が進んでいます。都市のコミュニティを深化・活性化させるためにも導入が期待されます。

セルフ・コンパッション

健康都市連合

ヨーロッパを中心とした国々の都市では、人口の集中・過密化により生活環境が激変し、人々の健康に与える影響が拡大するといった都市問題が深刻化しています。それまで、健康は個人の責任と考えられてきました。しかし、居住環境、水や空気、都市の整備、安心・安全など個人の努力だけではどうにもならない要因が複雑に存在しています。都市の政策に住民の健康維持を掲げることがこれからの都市のあり方といえます。

健康都市(Healthy City)とは「都市の物的・社会的環境の改善を行い、そこの住む人々が互いに助け合い、生活のあらゆる局面で自身の最高の状態を達成するために、都市にある様々な資源を幅広く活用し、つねに発展させていく都市」と定義されています。2003年、WHOの呼びかけで、都市に住む人々の健康を守り、生活の質を向上させるため健康都市に取り組む都市のネットワークとして健康都市連合が創設されました。2023年6月の時点で、9か国から189都市50団体が加盟、日本は31都市6団体が加盟しています。各都市の経験や知見を活かし、国際的な協働を通して健康都市の発展を目指し、知識や情報の共有・発展を進めています。

健康都市連合

スマートシティ

世界の人口は増大し続け、都市への人口集中は加速化しています。その結果、エネルギー消費量や交通量も増え、環境汚染や交通渋滞を引き起こしています。日本では高度経済成長時代の名残りともいうべき首都高などの都市インフラは老朽化し、少子高齢化が進み、気候温暖化により都市災害が頻発するなど都市問題が山積、対応策で行政は頭を悩ましています。

都市開発においてはスマートシティと呼ばれる街づくりの概念が注目されています。スマートシティとは、2020年代に日本で導入が検討されている都市計画であり、「第5期科学技術基本計画」で示された社会像「Society5.0」の一環として企画立案されました。ICTなど先端技術を活用し、エネルギーや交通網などのインフラを効率化することで、住民の生活の質やサービスの向上をはかり、暮らしやすさを現実化する都市です。スマートシティで取り上げられる技術には、①5Gなど情報基盤となる通信技術、②災害予測の情報共有とそのための有益なデータ活用と収集、③温度センサーや加速度センサーなどのセンシング技術、④自動運転やAIなど新たな応用技術、があります。これまで活用が進まなかった街のデータを集積・活用することの技術連携がスマートシティでは実行されます。今までのスマートシティの考えでは課題を個別に解決する「個別分野特価型」が中心でしたが、近年では先端技術の進化で、複数の課題を幅広く解決する「分野横断型」への取り組みが増加しています。

人が住みやすい都市の実現には自治体と先端技術やノウハウを持つ企業が連携をはかり、賢く、抜け目なく、未来に相応しい、それこそスマートな街づくりが求められています。

スマートシティ

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

関連するキーワード


渡部数俊

関連する投稿


ライフエンディング ~ 別れの予感

ライフエンディング ~ 別れの予感

誰にも必ずおとずれるもの、それは「死」ではないでしょうか。「死」という言葉を前にすると誰しもがネガティブになりがちですが、「人生100年時代」と言われ始めた今、自らの「死」について前向きに、かつ整然と整理する必要がありそうです。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、経済活動にもつながる様々な形の「終活」について解説します。


交渉学を深める ~ 英知ある交渉とは

交渉学を深める ~ 英知ある交渉とは

さまざまなビジネスシーンで見られる「交渉」。よりスマートにお互いの利益を引き出す交渉を行うにはどのような知識とスキルが必要となるのでしょうか。また、現在持ち合わせているあなたの「交渉能力」をアップデートするためには、どのような「交渉術」を備えるべきなのでしょうか。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が「交渉」概念の基礎から、さらに深い「交渉学」の世界まで解説します。


競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

いつの世にも、どんな生物にもついて回る「競争」。とりわけ現代人の私たちにとっての「競争社会」とは何をもたらすのでしょうか。ただひとえに「競争」を繰り返しても、その先に待っているのは格差しかなく、皆の共存共栄を考えた時、どのようにこの世を処していくべきなのでしょうか。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が行動経済学における「ピア効果」や「利他心」を交え、あるべき「競争社会」の理想の姿を提言します。


話す、聴く、伝える、表現する ~ コミュニケーションの源

話す、聴く、伝える、表現する ~ コミュニケーションの源

ITやAIと、何もかもが機械化自動化に流れて行こうとしている現代。そのような時代だからこそ、人間本来のコミュニケーション能力の真髄が問われるのではないでしょうか。「話す、聴く、伝える、表現する」これらのアクションを起こす際に本当に必要なこととは何なのか、どうしたらより有効的な効果が得られるのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


企業イメージ経営 ~ キャラクターの威力

企業イメージ経営 ~ キャラクターの威力

企業イメージと聞き、最初に思いつくのはロゴでしょうか、色でしょうか、それともキャラクター?昨今では、キャラクターを用いての広告戦略は企業だけでなく、地域おこしなど、あらゆるところで目にするようになりました。誰も彼もが深い意味もなく「かわいい」と愛着を感じてしまう「ゆるキャラ」や企業のイメージキャラクター。実はそこに認知心理学が深く関わっているようです。本稿では人心を捉えるために計算尽くされたキャラクターの威力について、株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


最新の投稿


電話・スマホでのコミュニケーションは通話よりもテキストを利用 テキストの良さは「後から読み返せる」「時間を気にしなくていい」【クロス・マーケティング調査】

電話・スマホでのコミュニケーションは通話よりもテキストを利用 テキストの良さは「後から読み返せる」「時間を気にしなくていい」【クロス・マーケティング調査】

株式会社クロス・マーケティングは、全国20歳~69歳の男女を対象に「電話での声と文字のやり取りに関する調査(2024年)」を実施し、結果を公開しました。


カーシェアの市場規模や利用者数を調査。主要サービスの公式サイト訪問データから考察

カーシェアの市場規模や利用者数を調査。主要サービスの公式サイト訪問データから考察

カーシェアは車を共同利用するサービスで、日本にシェアリングエコノミーの考え方が広がるとともに普及しました。今回は国内の主要な13のカーシェアサービスのWebサイトを訪問した人のデータから、カーシェア業界の市場規模やどのような層が関心があるのかを調査していきます。


スポーツの推し活をしている人が応援するために使っている金額は年間約3万2千円【ネオマーケティング調査】

スポーツの推し活をしている人が応援するために使っている金額は年間約3万2千円【ネオマーケティング調査】

株式会社ネオマーケティングは、全国の20歳~79歳の男女を対象に「スポーツの推し活」をテーマにインターネットリサーチを実施し、結果を公開しました。


実店舗でコスメ・アパレル商品購入時に「レビューをしたい」と感じている女性は8割以上【ReviCo調査】

実店舗でコスメ・アパレル商品購入時に「レビューをしたい」と感じている女性は8割以上【ReviCo調査】

株式会社ReviCoは、会員登録をしているブランドの実店舗で、月に1回以上アパレル・コスメ商品を購入している20~40代の女性を対象に、実店舗購入時のレビューに関する意識調査を実施し、結果を公開しました。


マーケティングに欠かせないファネル分析とは?種類や事例、分析に役立つツールを紹介

マーケティングに欠かせないファネル分析とは?種類や事例、分析に役立つツールを紹介

マーケティングに欠かせないファネル分析は、顧客の購買プロセスを可視化することで、自社の現状の課題を明確化するために行います。 売り上げをアップさせるためには、マーケティングファネルの概念を理解した上で、分析結果に基づいた効果的な施策を行う必要があります。 しかしながら、マーケティングファネルには種類があり、目的や課題によって利用するファネルが異なります。 そこで本記事では、マーケティングファネルの種類や事例に加え、やり方や円滑に分析できるツールについてご紹介します。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ