データ活用レベルの平均値を上げて、組織を強くする。SmartHRのデータマーケティング戦略

データ活用レベルの平均値を上げて、組織を強くする。SmartHRのデータマーケティング戦略

登録社数50,000社以上を誇るクラウド人事労務ソフト「SmartHR」。労務管理クラウド市場の出荷金額において2018年から4年連続シェアNo.1を獲得するなど、その勢いはとどまることを知りません。そんな「SmartHR」を展開する株式会社SmartHRは、データマーケティング組織を設けるなどデータ活用に積極的であることでも知られます。同社の成長にデータ活用がどう影響しているのかを探るべく、同社マーケティンググループ マネージャーの原 望さんに取材しました。


分業化する組織をつなぐ、データマーケティング組織

―― SmartHRのデータマーケティング組織の役割や業務内容などを教えてください。

原 望さん(以下、原):最初に組織体制からお話しします。SmartHRではマーケティングやインサイドセールス、セールス、カスタマーサクセスと部署を分け、それぞれがリード獲得やナーチャリング、受注、継続利用といったミッションを持つ分業制の「The Model」型の組織体制を採用しています。

このように分業化や複雑化が進むなかで、進むべき方向性について全員の認識をそろえるために2020年に新設されたのが、データマーケティングユニットです。データマーケティングユニットでは、マーケティンググループ全体を見て、グループの活動を統合する役割を担っています。

データ分析の具体的な業務内容は、一つひとつの施策の成功確率を最大限に高めていき、組織全体がより正しい意思決定をスピーディーにできるようにすること。ただし、動き方は状況に応じて変化しており、現在はマーケティングプランニングユニットに名前を変えて、コミュニケーション戦略を設計するメンバーと一緒に、データ分析を材料にしたマーケティングプランを立てていく役割も担っています。

原 望さん
株式会社SmartHR マーケティンググループ マネージャー
新卒で株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、ショッピングモール事業で新規営業、コンサルティングを担当。その後、リサーチの専門部署でスマホゲームの市場規模推定や、アンケート・ユーザーインタビューの設計〜分析を担当したのち、アプリ内行動ログと定性情報をかけ合わせた分析を推進。2020年4月にSmartHRの1人目のデータアナリストとしてジョイン。以後、同社のデータ組織を牽引し、現在はマーケティンググループのマネージャーを務める。

――新たに組織を設けたほど、データ活用を重視しているのですね。

:2015年に「SmartHR」のサービスを開始し、これまでは事業拡大のためにスピードを重視してきました。ただ、近年競合が増えてきているなかで、今後はお客様に選ばれる確率をより上げていくことが求められます。「ユーザーとどれくらい接触すれば「SmartHR」を想起してもらえるのか」「お客様の比較検討の段階においては、何を訴求すればいいのか」といったことをロジカルに考えるために必要なのがデータです。

また、会社が500人を超える組織になったことで、解決すべき課題が出てきます。例えば、以前ならそこまで大きな問題にならなかった意見の違いも、関係者が増えたことで問題を引き起こしてしまうケースもあります。数ある仮説の中から「どれが正しそうな道か」を判断するときに、参考になるのがデータです。データで組織の向かう方向の補助線をひけば、組織がもっと大きくなってもスピード感を損なわずに全員の力を集結させられるはずです。

SmartHRの組織構成図。分業制の「The Model」型の組織体制を採り、マーケティングプランニングユニットは、マーケティンググループの活動を統合する役割を担う

――特にtoBのデータ分析では多種多様なデータソースから示唆を導き出す動きが鍵となるといいますが、御社ではどのようなデータを使っているのでしょうか。

:最もよく使うのは、Salesforceで一元管理している組織全体のデータです。お客様が触れたコンテンツのデータや、インサイドセールスがお客様に対して行ったアプローチのデータ、そして商談の進み具合や受注データがほぼまとまっています。また、マーケティングオートメーションのツールとして、マルケト(Marketo)を使っており、全リードに対してこれまでのコンテンツ接触状況を見ていますね。

社外のデータでいうと、例えば経済センサスや通信利用動向調査など、国の調査データをもとにマーケット全体を俯瞰して、当社のカバレッジ、ポジショニングなどを分析しています。私たち自身が企画し、実施する市場調査も年間5、6本ほどありますね。これらさまざまな種類のデータを組み合わせながら、分析や施策提案に活用しています。

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大豆を中心としたバラエティ豊かな商品を製造販売しているマルサンアイ株式会社。同社ではヴァリューズが提供する競合サイト分析ツール「Dockpit」を導入し、当初の目的だった仮説検証だけでなく、今現在は営業や得意先の商談材料としても活用。群雄割拠の食品業界において、唯一無二のポジションを獲得しています。Dockpitを使用して日々新しい発見を追及している開発統括部マーケティング室の一瀬浩伸さんに、ヴァリューズの岩村と小幡が話を聞きました。

グループの垣根を超えたデータマーケティングを可能にするもの

――SmartHRのデータマーケティング組織は、一般的なマーケティング分析だけでなく、セールスのデータ分析をはじめビジネス全体の意思決定を支援しているのが特徴的ですよね。この取り組みを可能にするポイントは何だと思われますか。

:大きく分けると3つあります。まず実務的なところでいうと、データを統合すること。基本的にはSalesforce、Marketoに情報を集約することでデータがバラバラにならずに済み、そこから安定した分析基盤の構築に繋げることができています。

2つ目は、インサイドセールスやセールスなどのチームにも、それぞれデータを分析する担当者がいること。データ活用について気軽にコミュニケーションをとりながら、協力し合えるカルチャーづくりを意識しています。

最後のポイントもカルチャーに関わることなのですが、グループの垣根を超えて皆で事業成長に貢献しようという意識があります。「The Model」型の分業体制をとっているものの、各グループが自分たちの担当領域のひとつ先までを見据え、そこに貢献していこうという意識があります。

例えばマーケティンググループであれば、リード獲得数だけではなく商談数に対しても意識を強く持って、商談化できるリードを取ろう、インサイドセールスをサポートしようというスタンスがあります。また、インサイドセールスも受注を見据えて、より確度の高いお客様をパスしていこうという意識があります。各人が事業の全体感を把握し、事業成長を見据えていることがポイントだといえます。

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商談化にはWebコンテンツ接触数が大きな影響を与えると判明

――グループの垣根を超えたプロジェクトの事例はありますか?

:2つご紹介します。1つ目は商談化率の向上を支援した例です。まず商談化に影響がありそうな要因を30個ほど変数として出し、これらにXGboost、決定木、ランダムフォレストといったアルゴリズムを適用、商談化への影響度の高い変数を抽出しました。すると、お客様が当社のウェブコンテンツに接触する回数によって商談化しやすさが異なることが判明したのです。

それまで現場としては、コンテンツを適切な頻度でお客様に提供したいと思っていたものの、どこまで接触すればいいのかゴールがなかなか見えていない状態でした。そのため今回の分析で出た「商談化しやすい回数」を目標として、しっかりアプローチをしていこうと施策の設計を進めています。実際に商談が生まれ始めたセグメントもあり、少しずつ効果が出はじめています。直近の分析なので明確な成果はこれからですが、ターゲットが明確になり、アクションの解像度も上がったため、商談化率の改善が期待される取り組みです。

――データ分析によって、現場の意思決定を支援したり、行動を変えたりした例ですね。現場との信頼関係があるからこそ実現できたと感じます。

:もう1つの例も現場との取り組みです。私たちマーケティンググループはインサイドセールスに対し、自分の施策で創出したリードにアプローチをしてもらい、そこから商談化してもらいたい気持ちがあります。一方でインサイドセールスとしては、商談化の見込みが高そうなところからアプローチしていきたい気持ちがあるでしょう。結果として、議論が難航しネクストアクションが明確にならないこともありました。

背景には、組織全体で同じデータを見ていても、その切り口はグループによって異なることが挙げられます。お互いに見ているポイントが違うのです。たとえばマーケティンググループは自分たちが行ったマーケティング施策ごとにでデータを分類し、成果を把握します。一方で、インサイドセールスのデータの見方は異なります。しかも一口にインサイドセールスといっても、お客様の従業員数によってチームがわかれており、中小企業担当チームと大手企業担当チームでは指標の考え方も変わってくるんです。

――そのような状態で同じデータを見ても混乱が生じそうですね。

:その通りです。そこで対応したのは、議論のたたき台を整えること。例えばどうやったら商談化率を上げられるか考える際、商談化率を「コールした率」「コールした結果接触できた率」「接触した結果商談が獲得できた率」の3つに分解し、そのうえでマーケティングのコンテンツ単位やインサイドセールスのチーム単位など、複数軸でデータを見られるようにしました。結果、グループを超えて皆でデータを見て議論できるようになったんです。このように、分析軸を調整し、共通の議論の土台を作るような動きが、組織内のデータ活用においてかなり重要だと考えています。

商談化までの指標を分解したダッシュボード。各施策ごとのコール率、コンタクト率、商談獲得率が分かりやすく可視化されている

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分析を「広げること」と「深めること」を意識

――原さんご自身がデータ分析で意識していることはありますか?

:「分析領域を広げること」と「施策提案まで入り込む(深める)こと」です。分析領域を広げるとは、全体の売り上げ最大化を目指し、データ分析をすること。組織全体がより正しい意思決定をスピーディーにできるようにするという当社のデータマーケティング組織に求められていることに通じるものです。

そして、深めるとはいわば「現場にダイブしていく」ようなこと。前職でtoC分析に関わった経験から考えると、toBはデータだけでは割り切れない部分が多いと感じます。商談中のお客様が会社の中でどういう立ち位置にいるのか、会社全体としてどういう方針があるのかといった、私たちが持つデータからだけではわからない要因が意思決定に大きな影響を及ぼすことがあるからです。

そのため、データを見て「この企業領域の商談化率が高いから注力しよう」と結論づけても、それが正しい答えではないこともあるでしょう。データだけでなく、定性的な面も加味した分析や施策提案が必要なのが、toBの難しくも面白い点です。

だからこそ、実際にお客様と対峙しているインサイドセールス、セールス担当にヒアリングをし、どういうアプローチがありそうかを一緒に考えるなど、現場に「ダイブ」することが大事なんです。こうして理解を深めたうえで施策を提案、行動変容を起こせるようデータ分析に取り組んでいます。

――最後に、SmartHRのデータ分析組織の今後の展望を教えてください。

:組織にデータ文化を根づかせ、それを大きな幹にしていくことですね。データ活用を重視しているといえど、それが社内のカルチャーとして根付いているかと問われると、まだまだ属人的な部分があると感じています。データ活用レベルの平均値が高いことは、企業の強みになります。逆に、ものすごくデータ活用ができる人とまったく活用できない人がいる組織では、構造的な強みにはならないでしょう。組織全体のデータ活用レベルの平均値を上げ、事業成長につなげられるよう取り組んでいきたいです。

取材協力:株式会社SmartHR

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この記事のライター

IT企業でコンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、ビジネスパーソンに向けた情報を発信しています。読んでよかったと思っていただける記事を届けたいです。

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