農業再興のヒント ~ 農福連携と企業型農業経営

農業再興のヒント ~ 農福連携と企業型農業経営

農業従事者の70%が65歳以上という現代日本の農業現場。また、耕作放棄地問題も年々増加している今、日本の農業を再興させるためには何から手を打てば良いのでしょうか。そもそも農業は「農家=専門家」だけに任せておくという考えは既に後進的なのかもしれません。一般市民や障害者も参画できる「農福連携」という概念の誕生や、企業が農業へ参入するケースの増加などを鑑みれば、日本農業は今こそ転換期にあるとも言えそうです。このような現状を踏まえ、農業再興のヒントを株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


代々木公園

一日1万歩を日課にしています。少々の雨でも歩きます。さらに、1週間に最低1日はプールで2㎞を目標に泳ぎます。もちろん健康を考えてのことなのですが、10年以上続けている習慣となっています。体を動かさないことに罪悪感を覚え、特に行く当てもなくフラフラと歩きまわるのが好みです。定番として、自宅から代々木公園まで歩き、公園内を2周程してから自宅へ戻ると1万歩に達するコースがあります。緑あふれる場所を訪れることで気分も大いに変わります。代々木公園はさすがに平日の人出は土日祝日に比べると少ないのですが、それでも様々な外国の方々に出会います。最近は観光客も含めて、以前より多くの外国人を公園内で見かけるようになり、各人自由で楽しそうに過ごしています。けん玉を練習する人、花の写真を撮りまくる夫婦、公園内を走る家族、寝転んで読書する老人など、もちろん日本人も含めて、多種多様なやり方で寛いでいるのを見ていると自由の素晴らしさを実感します。新型コロナの感染が拡大している時期には、公園内は規制されていて動ける範囲が限定され、不自由で寂しさを感じました。感染前と同じように障害者と健常者がペアとなり、公園内を走っている団体を見かけると思わず声を出して応援してしまいますし、車いすや杖を使って歩く人も多く、何かお手伝いしたくなります。代々木公園まで歩くたびに多様性社会が身近になりつつあることに改めて気づかされます。

代々木公園

農福連携とは

農作業で一般の市民と協力したり、障害者が収穫した農作物を一緒にPRしたり、販売したりする光景を随所で見かけるようになりました。障害者は市民との交流で社会参加はもちろん、収入を得ることができ、市民は福祉や農業への関心が深まります。収穫など成果がわかりやすい農業は障害者のやりがいにつながることは間違いありません。最近では徐々に企業の注目も集まり、社員研修などに活用するケースも現れています。

障害者の社会参画を促し雇用の創出を目指す福祉分野と、後継者の不足や耕作放棄地の増加に直面する農業分野、それぞれの問題解決につながる取り組みとして、障害者が農業分野で活躍できる「農福連携」が広がっています。障害者の社会参加を後押しし、農業の担い手不足にも対応でき、農林水産省をはじめ各自治体の支援も活発化しています。

「農福連携」は2016年に政府から発表された「ニッポン一億総活躍プラン」の中に盛り込まれ、障害者が生産に関わった農産物を2019年に『ノウフクJAS』と制定しました。さらに、2020年3月には国・地方公共団体、関係団体などと『農福連携等応援コンソーシアム』を設立。良好な取り組みの事例を表彰する『ノウフク・アワード』を開始しました。農林水産省によると2021年の時点で「農福連携」に取り組む事業者数は全国で5000を超え、2024年度末に7000を目標にしています。まだ、一般には認知度が低い「農福連携」ですが、成功事例を増やし、メディアやネットを活用した発信で参加機運を高めようと積極的に活動しています。

農福連携とは

首都圏の遊休農地

耕作放棄地や遊休農地が首都圏でも年々増加傾向にあります。耕作放棄地のうち、再生可能な土地を遊休農地、再生不可能な農地を荒廃農地と規定しています。首都圏でも遊休農地を有効活用する新事業の開拓が進んでいますし、農福連携の場として大いに注目されます。大消費地である首都圏へ地の利を生かして、新鮮で独自色の強い農作物の開発やSNSを活用したコミュニケーション戦略、食や地域に関連する大小様々なイベントの実施など、身近に進展しています。事業展開として、①農作物のブランド化の促進、②一般市民が気軽に農作業が楽しめる様々な遊休農地活用術の整備、③耕作放棄地を開墾しワインの原料となるブドウの栽培、➃遊休農地でミツバチを飼う「都市養蜂」(欧州ではハニーロンダリングというハチミツ市場への不正行為が注目の的)、⑤環境教育や地域交流の推進の場としての遊休農地の運用、⑥高齢化や後継者不足に悩む農家への応援・支援活動、など多種多様なアイディアが生まれています。自然との共存や生物多様性への貢献を意識した遊休農地の有効活用は、地域の活力の維持と発展のためにも必要であり、継続性が求められます。

首都圏や近畿圏、中京圏などの大都市圏以外の人口の少ないエリアでは有効活用は進んでおらず、今後の課題です。大都市圏に在住していても農業に少なからず関心を持ち、農作物を実際に育てて、農業に従事したくなる人をひとりでも増やすことは、日本の農業再興(最高?)のヒントにつながると確信します。

企業型農業経営

若い世代を中心に日本の農業では後継者難が続いています。過疎化や少子化の流れは止まらず、若い世代の大都市への人口の流入は続き、日本の農業は世界でも際立って高齢化が進んでいます。既に65歳以上が農業従事者の70%を占めるようになっています。廃業や耕作地放棄の増加、あるいは最新鋭農機の導入遅れなど様々な要因で生産性も高まっていません。農林水産業の労働生産性は低下する一方です。高額な農機をシェアできる仕組みづくりも急務ですが、国や自治体の支援による農業のスマート化、IT化を急ぐ必要があります。

2009年、農地を借りる「リース方式」が解禁され、企業の農業への参入が進展しました。農林水産省によると「リース方式」で農業に参入した企業数は2020年に約3900社と増加傾向にあります。全国の耕地の約3割を企業型農業経営が占めています。幅広い業種・業態から参入が進みますが、黒字化するのは容易ではありません。大規模化が進んだため、課題であった狭い農地による採算性の低さは改善されつつあります。農地の集約が拡大すれば、企業の活力を農業に取り込む道筋が明確化されます。若い世代も新規就農者として、企業の採用も増加する傾向です。企業型農業経営は収益性を追求し、IT機器などを活用したスマート農業に積極的です。生産する農作物も個人農家に比べて、コメより利益率の高い花や野菜、果物が多く、スーパーなどに直接販売する比率も高いといえます。

日本の農業の国際的な競争力強化の必要性は高まるばかりです。また、食料安全保障の観点から農業の重要性は今や最も注目されています。

企業型農業経営

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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