日本企業を取り巻く世界情勢の無極化・分断・変化とは

日本企業を取り巻く世界情勢の無極化・分断・変化とは

第二次大戦後、急速な経済成長に全世界が目を見張った国、日本。その急成長を遂げた背景には、大国米国の存在が常にありました。そのような世界情勢は今、変わろうとしており、とりわけ中国がこれまで築かれた米国主導の国際秩序を変えようとしています。このように変化する世界において、日本企業はどう対峙すべきでしょうか。大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、現在の日本企業を取り巻く世界情勢を解説します。


戦後の急成長を成し遂げた日本は過去へ。米国も避けられない変わりゆく世界情勢

第二次世界大戦後、敗戦国となった日本はどん底からのスタートとなりました。しかし、その後日本は戦後復興を急ピッチで進め、高度経済成長を経験するなどして世界の経済大国にまで上り詰めました。そして、21世紀に入ると経済成長率が鈍化する日本に対し、高い経済成長率を維持する中国が台頭し、2010年頃には日本を抜いて世界第2の経済大国となり、今日、中国の経済力は徐々に米国に接近しています。最新の情報では、2021年の米国のGDPが前年比2.3%減少の20兆9349億ドルだったのに対し、中国は前年比3.0%増の14兆7300億ドルとなり、2021年の時点で中国のGDPは米国の7割にまで到達、更なる予測では、「2033年頃には中国は米国を逆転する」とも言われています。

企業の経済活動を取り巻く世界情勢も変化してきました。前述のように日本は焼け野原からのスタートとなりましたが、冷戦時代、米国主導の民主主義陣営の中で高い経済成長を長期的に維持し、冷戦終結後もそれまでの勢いではなくとも、経済大国の一角としての地位をキープしてきました。ここで重要なのは、日本は“米国が世界で最も影響力を持っているという現実の中で発展し繁栄を築いてきた”という点です。

冷戦時代、世界は民主主義と共産主義によって二分化された世界でした。ソ連崩壊によって多くの共産国家で民主化ドミノ現象が起き、米国が冷戦の勝利者となり、その後はアメリカナイゼーション(アメリカニゼーション、世界のアメリカ化)という形で、世界の基軸通貨がドルであるように米国の影響力が世界を覆うようになりました。そして、日本経済の成長の背後には、世界でリーダーシップを発揮する米国という存在が常にありました。

しかし、米国が世界で最も影響力を持ち続けるという状態、もしくは“欧米日本という数少ない先進国が世界経済を牽引し多くの途上国がその影響を受ける”という状態はいつまで続くでしょうか。少なくとも、日本企業にとって居心地の良かった環境は今後変わることが国際政治的には予想されます。

中国を筆頭とした「グローバルサウス」それぞれの台頭と思惑

一つの例として中国を見てみましょう。中国はこれまで「世界の工場」と呼ばれ、多くの日本企業が中国に進出し、そこでビジネスを展開してきました。日本企業にとっては安価な人件費で生産が可能となり、中国にとっては自国の経済発展に繋がるという点でウィンウィンな関係でした。しかし中国も、政治的・経済的に台頭してくることによって大国としての自我と自信を持つようになり、政治的要求の度合いも強くなり、今では多方面において諸外国との間で軋轢が拡大しています。
 
中国の経済的台頭は、「一帯一路」などからもうかがえるように、中国の対外的影響力の拡大に直接繋がっています。具体的には、アジアやアフリカ、中南米などの途上国に対して莫大な経済援助を実施し、それにより、ラオスやカンボジア、パキスタンやスリランカ、ソロモン諸島など、中国との結び付きが強くなる途上国が次々に増えています。

また一方で、インドやブラジル、南アフリカなど新興国の台頭も顕著にあるだけでなく、いわゆるグローバルサウス(国際連合が分類する中国と77の国)ではこれまで以上に目覚ましい経済発展を遂げる国々がみられます。

このような国々は、米中対立やロシアによるウクライナ侵攻など、大国間問題に対して独自に強い懸念を抱いています。

例えば2022年9月の国連の場では、インドネシアのルトノ外相が「ASEANが新冷戦の駒になることを拒否する」との見解を示し、「第2次世界大戦勃発までの動きと現在の対立プロセスが類似しており、世界が間違った方向に進んでいる」と懸念を示しました。また、アフリカ連合のサル議長(現セネガル大統領)も「アフリカは新たな冷戦の温床になりたくない」との意志を示しました。

グローバルサウス諸国の中には、このように米中双方に不安を覚える国々だけでなく、経済支援を強化する中国と接近する国々、「債務の罠」を嫌厭して中国と距離を置き、欧米と関係を保とうとする国々などが存在し、様々な状況に置かれていると思われます。

利権絡み合うウクライナ情勢。静観する国々の存在により複雑化する世界

ウクライナに侵攻したロシアを巡っても世界の声は様々です。

実は、ロシアに対してこれまで制裁を実施したのは欧米や日本など40カ国あまりで、その他多くの国は制裁を回避しています。例えば、中国やインド、イランなどは、ロシアとの政治的・経済的関係を考慮し制裁を回避するといった方針を堅持し、欧米とは一線を画しています。中でもイランにいたっては、ウクライナで使用されている自爆型ドローンをロシアに提供していたことが最近明らかになり、欧米とイランの関係は再び悪化しています。また、原油の増産減産を巡っては、米国とサウジアラビアの間でも関係がこじれた状況にあります。

このような状況を前にして言えるのは、「欧米の力が世界で相対的に低下し、欧米が世界をリードする時代ではなくなっている」ということなのです。

このように複雑に絡み合う利権と各国の関係性を見た時、(違う問題はあったとは言え)現在以前の方が、世界が同じ方向に向かって一緒に行動しやすい時代だったと言えます。

国際協力、地球社会とは真逆な分裂、分断の時代に進んでいる変動の時代となった今、いかに有益かつ平和的にビジネスを展開するか、日本企業は真剣に考える必要があるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学 組織づくり

関連する投稿


国際テロと地政学リスク

国際テロと地政学リスク

国家間の政治問題が取り沙汰されることが多い「地政学リスク」ですが、他にも学ぶべきこととして「国際テロ」の問題もあげられます。国際テロとは縁遠いと思われる日本。しかし、日本人が巻き込まれるテロ事件は断続的に起こっています。本稿では、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、大きなニュースとなったロシアでのコンサートホール襲撃事件をはじめ、過去に起きたテロ事件を振り返り、国際テロの脅威について解説します。


悩みを抱えた人の語りからこころと社会を学ぶ「夜の航海物語」のススメ〜現代社会とメンタルヘルス〜

悩みを抱えた人の語りからこころと社会を学ぶ「夜の航海物語」のススメ〜現代社会とメンタルヘルス〜

「カウンセリング」と聞いて、どんな印象を持ちますか?専門家とともに自分のこころを見つめる経験は、その後の人生の糧にもなります。臨床心理士の東畑開人氏の著書「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社)は、気付かないうちにあなたも染まっているかもしれない、孤独に陥りがちな現代社会の価値観に気づかせてくれます。「読むセラピー」と称された、カウンセラーとクライアント(依頼者)の夜の航海物語を、精神保健福祉士の森本康平氏が解説します。


米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

日々様々な報道番組でも取り上げられている「もしトラ(もしもトランプ氏の再登板が実現したら?)」。その可能性は「ほぼトラ(ほぼトランプ氏の再登板が決まったようなもの)」とも言われる状況で、選挙後の日米関係だけでなく米中関係にも大きな懸念を早くも生んでいます。本稿では、今日繰り広げられている予備選の考察から選挙後の日米関係の変化の可能性まで、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


リピートされる観光地を目指したDMP構築とデータ活用組織作り【広島県観光連盟インタビュー】

リピートされる観光地を目指したDMP構築とデータ活用組織作り【広島県観光連盟インタビュー】

コロナ禍を経て活況が戻った観光業において、データドリブンの施策を展開する広島県観光連盟(HIT)。本稿では「圧倒的な顧客志向」を掲げるHITでの、VALUESのデータ分析伴走支援サービスを通じたチャレンジに迫ります。


台湾では親米派が勝利、米国ではバイデンVSトランプが現実味 〜 今後の地政学リスクの動向 〜

台湾では親米派が勝利、米国ではバイデンVSトランプが現実味 〜 今後の地政学リスクの動向 〜

2024年1月。かねてから関心が高かった台湾の総統選選挙において、前政権の意思を引き継ぐ形で頼清徳氏が勝利しました。この結果により親米派は維持されますが、反して中国との関係はどのようになってゆくのでしょうか。また2024年最大の地政学リスクとも言われる米国大統領選挙も予備選挙が始まり、その動向には世界中が注目していると言えるでしょう。本稿では国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏がそれぞれの大国の行方と地政学への影響について解説します。


最新の投稿


紙の見積書・請求書を使用しており郵送業務のある企業が8割超 2024年秋予定の郵便料金値上げに向けて半数が郵送業務削減を検討【アドビ調査】

紙の見積書・請求書を使用しており郵送業務のある企業が8割超 2024年秋予定の郵便料金値上げに向けて半数が郵送業務削減を検討【アドビ調査】

アドビ株式会社は、デスクワーカーとして働いている会社員を対象に「ビジネスにおける帳票郵送業務」に関する調査を実施し、結果を公開しました。


退職代行サービスの認知度は約8割!対して利用経験者は1割未満で20、30代が比較的多い傾向【タバネル調査】

退職代行サービスの認知度は約8割!対して利用経験者は1割未満で20、30代が比較的多い傾向【タバネル調査】

株式会社タバネルは、全国の20~59歳、従業員30人以上企業の会社員を対象に「退職代行サービスについての意識調査」を実施し、結果を公開しました。


みんなの注目キーワードは?週間検索トレンドランキング(2024/04/22〜2024/04/28)

みんなの注目キーワードは?週間検索トレンドランキング(2024/04/22〜2024/04/28)

ヴァリューズのWeb行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」をもとに、週次の検索急上昇ワードランキングを作成し、トレンドになっているキーワードを取り上げます。


【5/27(月)開催セミナー】ユーザーの解像度を上げる、インタビュー調査の実施と報告のコツ

【5/27(月)開催セミナー】ユーザーの解像度を上げる、インタビュー調査の実施と報告のコツ

ユーザーリサーチの調査手法をまとめた記事がnote公式マガジンにも選出されているリサーチャー・菅原大介さんによる「インタビュー調査の実施と報告のコツ」解説セミナーを5月27日(月) 17:00〜18:00に配信します!インタビュー調査の実践的なスキルだけでなく、チームやプロジェクトにおけるリサーチの質を向上させるための知見を深めることができます。また、インタビュー調査の品質を向上させ、より深い顧客理解を実現するためのヒントについてもご紹介します。


【2024年5月27日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

【2024年5月27日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

編集部がピックアップしたマーケティングセミナー・勉強会・イベントを一覧化してお届けします。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ