中国動向により急速に距離を縮める日本企業と「地政学リスク」

中国動向により急速に距離を縮める日本企業と「地政学リスク」

キヤノン会長兼社長であり日本経済団体連合会名誉会長も務める御手洗氏が、公なメディアで「海外拠点において日本企業に地政学的リスクが高まっている」と明言。日本の経済活動を牽引する代表的リーダーのひとりでもある御手洗氏も危惧する「地政学リスク」。この「地政学リスク」とは具体的にどのような事態を示すのか、様々に絡み合う背景を、大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が紐解きます。


日本経済を担う代表的リーダーも危惧する「日本企業への地政学リスク」の高まり

2022年10月26日に朝日新聞が公開した興味深いニュースがあります。キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長(以下、御手洗氏)が同日の記者会見で、「海外の生産拠点で地政学的なリスクが高まっている」と切り出し、工場の展開などを時代に見合った体制に見直すべきとして、主要工場を日本に回帰させる考えを明らかにしたのです。
その上で中国や台湾情勢にも言及し、日本企業の経済活動が影響を受ける可能性のある国々に生産拠点を放置することはできないと断言。生産拠点を安全な第3国へ移すか、日本に戻すかの2つの道しかないという認識を示しました。

このような発言の背景には、現地国の経済発展に伴い人件費が高騰していること、また昨今深刻化している円安など多くの背景が考えられます。しかし、御手洗氏もはっきりと理由に挙げたように、近年、企業が撤退や規模縮小、移転などの行動をする際、「地政学的背景」というものがより大きな理由としてのシェアを占めるようになっていると筆者は感じています。言い換えれば、企業と「地政学リスク」の距離は昔よりはるかに縮まってきているということです。

では、御手洗氏が言及した地政学的なリスクとは、具体的にどのようなものなのでしょうか。本稿ではその背景を探ってみたいと思います。

習主席の政権3期目への突入による「新たな中国」へのイメージ

まず、御手洗氏の会見が10月26日だったこともありますが、その直前まで中国では共産党大会が開催され、習近平氏の政権3期目が正式に決定しました。2018年2月に、2期10年までとする国家主席の任期に関する党規約が撤廃され、この時点で習氏の3期目は確実視されていました。しかし、今回最高指導部の人事も習氏の側近で固められ、本当の意味での習体制がここに実現したと言える状況です。

共産党大会の最終日、胡錦濤前国家主席が退場させられたようなシーンが見られましたが、これも新たな時代を予感させるようなイメージと言えるでしょう。習氏は、2035年までに社会主義現代化をほぼ確実にし、中華人民共和国建国100年となる2049年までに社会主義現在化強国を進めていくと明らかにしましたが、これは明らかに米国を意識した発言です。

さらに緊張感が高まる中国と米国の関係。中国は信念をどう貫くか

2013年、国家主席となった習氏は米国を訪問し、当時のオバマ大統領と会談しましたが、その際、習氏は「太平洋には米国と中国を受け入れる十分な空間がある」と発言しました。その言葉の真意には、「西太平洋で影響力を持つ中国」という習氏の信念的構想があり、それは前述の社会主義現代化強国と一致するのではないかと思われます。このような背景からも、今後習政権は中国内において1期目2期目以上に強い意志を貫き、場合によっては諸外国へもより強硬な姿勢で臨んでくることが考えられます。

また、年々、米国の中国への警戒感が高まり、対中姿勢が厳しくなっていることもあると思います。オバマ政権時では中国に対して弱腰だと批判されましたが、トランプ政権時では米中貿易摩擦などにより中国への警戒感を強め、現バイデン政権も中国を唯一の競争相手と位置付けています。このように米中の対立は経済から貿易、安全保障や人権、サイバーや技術など多方面に渡り、中国との戦略的競争を外交安全保障政策上の最優先事項としています。

そして、米国だけでなく、英国やフランス、ドイツやオーストラリアなど欧米諸国も中国への警戒感を強めています。欧米各国により、中国との経済的依存度などは違うので、独自の関係はミクロ的に見ていく必要はありますが、マクロ的な視点を図式化すれば、「欧米VS中国」となっています。

これらのことから言えるのは、欧米も中国双方とも譲歩しない姿勢を見せている現在、今後もこの対立が先鋭化し、それによって経済領域に影響が拡大することが懸念されます。

「台湾問題」が抱える「地政学リスク」の影響範囲の大きさを意識することの重要性

対中国という名の最前線において、最重要トピックになりつつあるのが台湾です。台湾を巡る緊張はさまざまなメディアで日々報道されている通りですが、習政権は台湾を「核心的利益」とし、「台湾統一は必ず成し遂げる」と明言化しました。

一方、バイデン政権も今日の台湾問題を「民主主義と権威主義の戦いの最前線」と位置づけ、「中国軍が台湾への侵攻に乗り出せば、米軍の要員が台湾を防衛する」とまで具体的に発言しています。仮に中国が台湾をコントロール下に置けば、そこを軍事的最前線として西太平洋で米国をけん制する可能性は高く、米国としても台湾は譲れない一線にあると言えます。

今後、台湾を巡る緊張は長期化、激化する可能性が高いと考えられます。したがって、台湾に進出、取引がある日本企業にとっては、サプライチェーンや駐在員の安全保護という視点からみても大きな懸念材料となります。
また、万が一前述のような台湾有事となれば、日本は米国と協力する立場となることから、中国とは対立軸で接することになり、日中関係が冷え込むことは避けられないでしょう。台湾有事には、日中関係の不安定化というリスクも内在しているのです。このようなことからも、台湾問題と日中関係は別問題と捉えずに、同軸上の「地政学的」問題と考えた方がいいでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

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