企業は地政学リスクにどう対処するべきか 〜 台湾情勢から考える

企業は地政学リスクにどう対処するべきか 〜 台湾情勢から考える

海外に進出している日本企業の法人支社・拠点数は約77,000を超える現在。(2021年外務省調べ)。グローバルな経済活動・事業展開には、利益と同様に多様なリスクも伴います。ロシアによるウクライナ侵攻と共に、日本国内で一層の懸念が高まっている情勢不安の1つに「台湾情勢」が挙げられます。本稿では、学術研究者としてだけでなく、コンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、これからの企業経営において避けて通ることのできない地政学リスクについて解説します。


米国による台湾訪問。台湾情勢の緊張感加速へ

近年、世界情勢の不確実性や不透明性により、企業の経済活動が大きな制限を受けています。たとえば、最近では台湾情勢の緊迫化により、企業は様々な対応を迫られていることもそれらの1つでしょう。

8月3日、米国ナンバー3ともいわれるナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問し、台湾の蔡英文総統と行われた会談では、「米国が台湾を見捨てることはない」との姿勢を強調しました。
ペロシ米下院議長の台湾訪問直前の中国は、「訪台すれば断固たる対抗措置を取る」と米国を強く牽制し、習近平国家主席は、7月下旬のバイデン大統領との電話会談で、「火遊びをすればやけどをする」とペロシ米下院議長の台湾訪問に強く釘を刺しました。

しかし、結局台湾訪問が実現したことにより、中国は台湾を包囲するかのような軍事演習を初めて実施、これにより台湾を巡る情勢は一層の緊迫化を余儀なくされました。

ペロシ氏の訪問直後の軍事演習は既に終わりましたが、中国には、今回のような訪問に対する懲罰的意味だけでなく、今後も台湾を包囲する軍事演習を実施するという“新常態”を作り出す狙いがあります。よって、今後も偶発的衝突などによって事態が急速に悪化する恐れがあり、今日、台湾情勢は新たに危険なフェーズに入ったと言えるのです。

地政学的リスク上昇に戸惑う企業も急速に増加

このようなご時世になると、筆者の周辺では企業からの相談が増えてきます。ペロシ米下院議員が訪台した直後には、「台湾有事のトリガーポイントは何か」、「このまま台湾で操業を続けるべきか、一時停止するべきか、撤退を検討するべきか」、「駐在員の早めに帰国させるべきか」などの問い合わせが相次いでいます。

海外に展開する企業にとってリスクは付き物ですが、多種多様なリスクがある中で、できる限りリスクを回避し、安定的かつ効率的な経済活動を継続したいのはどの企業も同じです。だからこそ、「地政学リスク」を常に意識している必要があると考えます。

有事の邦人避難に企業はどう備えるべきか?

台湾には、約2万人の邦人が生活をしています。それら邦人を避難させる必要に迫られた時、企業はどのような対処をすべきでしょうか。

たとえば、広大なヨーロッパの大地と地続きのウクライナと違い、海に囲まれた台湾からの避難は困難を極めます。台湾からの安全な避難は通常、民間航空機に限られますが、有事になれば、頼るべき空路を担う民間航空機の運航は真っ先にストップします。ペロシ氏の訪問によって政治的緊張が高まった時、韓国の大韓航空やアシアナ航空が、台湾間のフライトをすぐにストップしたことを見ても例外はありません。これらの事実を鑑みると、武力衝突発生後の日本への安全な避難は事実上難しくなると言わざるを得ません。

代替案として海路という手段もありますが、中国軍が海上封鎖を行う可能性もあり、万が一船での避難が可能だとしても、受け入れ先は与那国島など八重山諸島となるでしょう。しかし、与那国島の人口は約2000人。避難先としてはマンパワーに限界があります。しかも、避難してくるのは邦人だけではなく、台湾人、台湾に住む外国人も避難してくるであろうことから、大きな混乱は避けられないでしょう。

これらから言える最も重要なことは、常に情勢悪化のシグナルを企業が見逃さず、有事となる前の退避が求められるということです。

地政学リスクに対峙する、日々の情報収集と共有の重要性

では、台湾情勢のような地政学リスクに対して、企業にはどのような姿勢が求められるのでしょうか。

まず重要なのは、日々の情報収集、情報分析、情報共有です。世界情勢が日々流動的に変化するように、地政学リスクも日々変化することから、進出先の治安情勢、周辺の安全保障情勢などを新聞やテレビなどを通じて日々チェックし、それらの情報が、駐在員や現地事務所の安全・保護にどのような影響を及ぼす可能性があるかを検討する必要があります。また、それを担当者レベルだけでなく経営層と駐在員たちとの間で共有し、一体的な危機管理コミュニティを作ることが重要です。

日々情報を追っていても、地政学リスクが一気に爆発してしまうこともありますが、多くのケースには前兆があります。9.11テロ以降、インドネシアやインド、バングラデシュやスリランカなど各国で日本人が犠牲となるテロ事件が断続的に発生していますが、そういった際にも、事前に現地の治安情勢が悪化したり、現地の情報機関・治安機関がテロ警戒アラートを発出したりするなどの前兆があるため、ここでも事前の情報を収集することが重要となります。

ゆえに台湾のケースでも日々の情報を追っていれば、地政学リスクが日に日に緊張感を増す環境は察知でき、駐在員の避難が遅れるリスクをより低減させることが可能になります。

地政学リスクマネジメントには専門人員を擁するべき

企業が備えるべきもう1つ重要なこととして、地政学リスクを担当できる人材を確保、もしくは育成する必要があると言えます。これは海外シェアが大きい企業ほどそのリソースは多く望まれ、そうすることによって企業全体の危機管理能力を高めることに繋がります。

たとえば、中国は依然として日本にとって最大の貿易相手国であり、多くの日本企業が中国各地に展開しています。しかし、米中対立、欧米と中露の陣営同士の争いが激しくなりつつある今、日中関係はこれまで以上に舵取りが難しくなってきています。日中関係が悪化すれば、今後中国側から一方的な経済攻撃が行われる可能性も排除できません。したがって、そういった地政学リスクを日々チェックし、何かあれば瞬時に経営層へ向けて相談できる人材を企業内に置いておくことが重要です。

とは言え中小企業を中心に、そのような人材の育成・配置がマンパワー的に難しいことも事実です。このような背景から、近年、コンサルティング会社をはじめとした地政学リスクを専門に扱う企業が増加しています。例に挙げた中小企業のような、自社のみでは対処するスキルがない、または時間がないという企業は、是非ともそういったコンサルティング会社を上手く活用することが望まれます。専門的企業であれば、各々のニーズに合ったリスクニュースの提供だけでなく、対処方法の提示など、危機管理面でもサポートしてもらうことが可能です。

今後も企業を取り巻く世界情勢は厳しさが続きます。
難しい時代に安全かつ有益な経済活動を望む日本企業には、業種を問わず、地政学リスクを的確に把握し、それに対して適切に対処する必要性が日々増大しています。

この記事のライター

オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学講師(非常勤)

岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務、専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。詳しい研究プロフィルはこちら→ https://researchmap.jp/daiju0415

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