エレベーターピッチ(アイデア探索のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

エレベーターピッチ(アイデア探索のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

リサーチャーの菅原大介さんが、ユーザーリサーチの運営で成果を上げるアウトプットについて解説する「現場のユーザーリサーチ全集」。今回はエレベーターピッチ(アイデア探索のアウトプット)について寄稿いただきました。※本記事は菅原さんの書籍『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)と連動した内容を掲載しています。


1.エレベーターピッチとは

●全体像イメージ

エレベーターピッチ

●概要

エレベーターピッチとは

エレベーターピッチとは、プロダクトに関連するアイデアの主要エッセンスを2センテンス(7項目)のメッセージ形式にまとめ、ステークホルダーに向けて端的にプレゼンテーションするためのアウトプットです。

2つのセンテンスはプロダクトを取り巻く環境を説明する7つの項目から構成されており、穴埋め式のテンプレートに沿って要件を定義して記入していくと、アイデアをまとめるメッセージが完成します。

<エレベーターピッチのテンプレート>
[潜在的なニーズを満たしたり、抱えている課題を解決したり]したい[対象顧客]向けの、[プロダクト名]というプロダクトは、[プロダクトのカテゴリー]である。
これは[重要な利点、対価に見合う説得力のある理由]ができ、[代替手段の最右翼]とは違って、[差別化の決定的な特徴]が備わっている。

このテンプレートはもともと、マーケティング・経営戦略の名著として親しまれている『キャズム』の中に出てくる「エレベーターテスト」を原型としており、エレベーターに乗っているわずかな時間に投資家へ簡潔に説明する手法が由来になっています。

それをソフトウェア開発に最適な形式でリモデルしたのが上記のエレベーターピッチで、ソフトウェア開発のロングセラー書籍『アジャイルサムライ』(オーム社)で詳しく見ることができます。(本稿もアジャイルサムライ版を手本として書いています)

同書によるとエレベーターピッチの良さには、①明快になる(具体的な説明を必要とする)②チームの意識を顧客に向けさせる(顧客が対価を支払うだけの価値を考える)③核心を捉える(プロジェクトに重要なことを見つめる)、この3つが挙げられています。

●構成要素

エレベーターピッチの作り方(構成要素)

エレベーターピッチの構成要素は以下のようになります。

※テンプレートの本文は『アジャイルサムライ』の原文をそのまま記載しています。見出し部分と補足の説明はリサーチの実務に則して私がアレンジしています。

①市場におけるニーズや課題

[潜在的なニーズを満たしたり、抱えている課題を解決したり]したい

・業界全体、類似商品、代替手段の問題点

②ターゲットユーザー

[対象顧客]向けの、

・市場に浸透させる橋頭保となるターゲット層

③プロダクト名称

[プロダクト名]というプロダクトは、

・プロダクトの名称

④プロダクトのビジネスドメイン

[プロダクトのカテゴリー]である。

・プロダクトのビジネスドメイン

⑤プロダクトの提供価値

これは[重要な利点、対価に見合う説得力のある理由]ができ、

・プロダクトの提供価値

⑥競合するプロダクト

[代替手段の最右翼]とは違って、

・競合プロダクトとそのペインポイント

⑦プロダクトの独自性

[差別化の決定的な特徴]が備わっている。

・プロダクトの独自性・利便性

●よくある課題

エレベーターピッチ  よくある課題

「このサービス/ブランド/プロダクトの特長って何ですか?」
⇒この質問に一枚で答えるためのフレームワーク

①重要プロジェクトで制作・開発が実行されないケース

プロダクト運営組織には、制作・開発が関わる重要プロジェクトが毎年あるものです。ところが重要度の高さゆえに、小規模なリサーチを行っては結論先送りの議論が繰り返され、いっこうに実装まで至らないケースも珍しくありません。

また十分なリサーチを行っている場合でも、プロジェクトの議論に合った形で調査結果を取りまとめて制作や開発の入口にブリッジできないと、アイデアを具体的に取り込むことができず情報の消化不良を起こしてしまうこともあります。

②コンセプトと活動実態が思想的に乖離しているケース

プロダクトの特長を考える時によく登場するのがコンセプトの概念です。ところが、現行のコンセプトは非常にビジョナリーなのに、施策や機能を考える段になると来月の目標達成に向けたものしか認められないケースもよくあります。

こうした”KPIドリブン”の体制下では、売上向上や離脱改善の観点以外から施策や機能の必要性を説明することは叶わず、コンセプトは大言壮語・美辞麗句なただの看板となり、怖いことに思想を持たないプロダクト運営になっていきます。

2.作り方

エレベーターピッチの作り方(作成手順)

⚫︎STEP1:インプットとなるリサーチデータを準備する

①リーンキャンバス
・ユーザーの定義やプロダクトの提供価値を参照する

②バリュープロポジションキャンバス
・ユーザーの環境と自社の環境を参照する

③ケーススタディ
・アイデアの対象となる施策や機能の蓋然性や有効性を参照する

④カテゴリーエントリーポイント
・市場ニーズを参照する

※すべて揃える必要はなく、ありもののデータの中から上記の観点で情報を集める

⚫︎STEP2:穴埋め式のテンプレートを作成する

①各項目の穴埋め式文章を配置する
・テンプレート7項目の穴埋め式文章を配置する(スライドの行設定を7等分する)

②各項目の見出しと説明を記載する
・作成した穴埋めの枠の右隣に各項目の見出しと説明を記載する
・左から右に自然な視線移動で説明書きを参照できるように

③2センテンスの分かれ目を点線で上下に区切る
・センテンスの切れ目に当たる4つ目と5つ目の項目の間を点線で上下に区切る

⚫︎STEP3:エレベーターピッチの各項目を記載する

①市場におけるニーズや課題
・ユーザーのニーズや解決すべき課題を説明する

<記入例>
[ SNS上のネットワークで地域の人と交流機会を深めたり ] したい

②ターゲットユーザー
・ユーザーの属性・立場・役割などを説明する

<記入例>
[ 人との出会いやつながりが固定化し出す40代以上の大人 ] 向けの、

③プロダクト名称
・目的や意図を持ったプロダクト名を説明する

<記入例>
[ みんなのポイントミッション ] というプロダクトは、

④プロダクトのビジネスドメイン
・プロダクトが帰属するビジネスドメインを説明する

<記入例>
[ 投稿やコメントのアクションに付与されるポイントサービス ] である。

⑤プロダクトの提供価値
・プロダクトの特徴やベネフィットを説明する

<記入例>
これは [ 興味関心が同じフォロワー獲得のミッションに参加 ] ができ、

⑥競合するプロダクト
・既存の方法が対応できていない部分を説明する

<記入例>
[ ポイントを自動付与・記帳管理するだけのアプリ ] とは違って、

⑦プロダクトの独自性
・プロダクトの競争優位性を説明する

<記入例>
[ ポイントの獲得を褒め称える、ゲームのようなGUI ] が備わっている。

3.使い方

エレベーターピッチの使い方

①Why&Whatを言語化したPRDとして使用する

エレベーターピッチは、施策や機能を検討する時のWhy&Whatの整理に有効です。言い換えると、プロダクト開発に向けて納得感のある項目と内容を提示するために、ユーザー調査から得られた情報を言語化していく作業でもあります。

まとめた内容はPRD(Product requirements document)の概略として使用します。もちろん実際にはより詳細な仕様書が必要になりますが、要件定義は誰にでもできることではなく情報を持つリサーチ担当者が大いに貢献可能な仕事です。

②ユーザー要求を参照して市場競争力を高める

エレベーターピッチのワークを進めていくと、所定の各項目を埋めることの難しさと向き合うことになります。それほどにこのテンプレートは曖昧な答えを許しておらず、実際にワークの途中で挫折してしまうケースもよく見かけます。

しかしこの葛藤こそが重要であり、各項目がもたらす制約の中で尖りを立てていく必要性に気づく機会になります。インプットとなる調査結果から市場競争力を高めるユーザー要求を参照するとうまく定義できるようになっていきます。

この記事のライター

株式会社アイスリーデザイン
chapter UI/UXデザイングループ スペシャリスト
菅原大介

リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、日系最大手のマーケティングリサーチ会社で月次500問以上を運用する定量調査のディレクター業務を経験。総合ECサイト・アプリを運営する大手事業会社でデジタルプロダクトの戦略企画を担当したのち、現在は株式会社アイスリーデザインでUI/UXデザインの支援・研究に携わる。

デザインリサーチとマーケティングリサーチのトレンドをウォッチするニュースレター「リサーチハック101」を個人で発行するほか、定量・定性の調査実務に精通したリサーチのメンターとして活動や記事の監修も行っている。著書『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)、『リサーチからはじめる仮説ドリブン・マーケティング』(WAVE出版)

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