「赤いApple Watch」が象徴するもの
お手元のガジェット類、使いこなしていますか?
個人的な話で恐縮ですが、85歳の母が3年越しの思いを成就させ、ついに先日赤いApple Watchを買いました。以前から「欲しい」ということはよく口にしていましたが、子(筆者)や孫を含む家族全員から「スマホも十分使えないのに!?」「猫に小判過ぎる!」と揶揄された挙げ句、「Apple Watchを買って何に使うの?」と身も蓋もない質問まで飛び出す始末。
「ええっと…睡眠とか歩数とか心拍数がわかるらしいし…」とお茶を濁す母に、「それがわかってどうするの?」「老眼なのに見えるの?」と、さらに容赦ない質問という名の攻撃が続きました。
■「かわいい」が叶えた半分の願い
そんななか、体調を崩して予定していた旅行をキャンセルしたのをきっかけに、その費用でとうとう母は購入に踏み切ったのです。これぞ、彼女なりの『DIE WITH ZERO』ともいえそうです。
通販で買ったApple Watch(よりによって最新モデル!)が届いた日、母は恭しく箱を開け、つけ方に戸惑いながらも、起動前のそれをそっと手首に巻きました。そして、しばらくの間、本当に嬉しそうにうっとりと眺めていたのです。
「…カワイイ♡」。
おそらくその瞬間、母の願いの「半分」は達成したに違いありません。
■機能よりも「赤いApple Watchをつけている私」
母の動機はいたってシンプルです。
自分の手元に最新のガジェットがあること、それ自体が母の「自己表現」を満たしているのです。母にとっては「赤いApple Watchをつけているワタシ」こそが最大の価値。これほど機能性や利便性を求められていないApple Watchもなかなかないでしょう。
■承認欲求という、もう半分の価値
そして、もう半分の価値。それは「周りの人から注目される」という承認欲求です。
これをつけてお友だちに会えば、必ず話題になります。行く先々の初対面の人との間でカンバセーション・ピースとなるシーンも想定内。いやでも目につくギャップに、会話が盛り上がること間違いありません。
ある意味、あざとさの象徴ともいえます。母の手に巻かれた赤いApple Watchの役割は、ほぼこれで完結しています。
■「デザインで売れる」話では終わらせない
ここでお伝えしたいのは、「シニアは最新テクノロジーを使いこなせないけれども、お金はあるからデザインで売れ」という話ではありません(いえ、それも一部事実ですが)。
確かにデザインは購買を後押しする大きな要素です。しかし、それがすべてではありません。
デザイン以上に手に入れたかったもの、それは自己満足や賞賛、羨望、そしてそこから生まれるくらしの変化でした。
日に何度も手元を確認してうっとりするだけでも、日々の気分は大きく変わります。
周りの人から「すごい」「かっこいい」と言われていい気分になるだけでなく、そこから今までとは異なる会話が拡がっていきます。
さらに、数少ない使えるアプリ(歩数、睡眠、心拍数)によって自分や行動が可視化され、新たな生活行動も生まれることでしょう。まさにコト消費やストーリー消費を体現しているような話です。
多くのモノの本来の目的は、「使う」ことではありません。「くらしを豊かにする」ことです。モノはその手段に過ぎません。これはマーケティングの基本中の基本でしょう。
■「イケてるワタシ」を求めるあしたのシニアの価値観
実は年齢に因らず、わたしたちは新しい技術に出会った際、使用を強制的に迫られる仕事などの場面を除き、「楽しそう」「かっこいい」という第一印象のもと、その技術に触れていきます。自分の生活に何かしらの変化を呼び込んでくれるのではないか、と期待しながら。
Web行動データとアンケートデータを用いた分析を行える「Perscope(ペルスコープ)」で「Apple Watch」を検索する60代以上の人たちの余暇の過ごし方を見ると、「腕時計」検索者より「アクティブ」「スポーツ」「アウトドア」が傾向として高く出ています。
図:60代以上の①青「Apple Watch」、②赤「腕時計」検索者の余暇の過ごし方
期間:2024年12月~2025年11月
デバイス:パソコン・スマートフォン
また、興味関心を見てみると、「Apple Watch」検索者の方が「国内旅行」「スポーツ観戦」なども特徴値として高く、アクティブな生活スタイルを好み、リフレッシュや新しい体験を求めていることがうかがえます。
図:60代以上の①青「Apple Watch」、②赤「腕時計」検索者の興味関心
期間:2024年12月~2025年11月
デバイス:パソコン・スマートフォン
また、「感じていたい気持ち」として「地位・ステータス」が高いこともわかります。
図:60代以上の①青「Apple Watch」、②赤「腕時計」検索者の感じていたい気持ち
期間:2024年12月~2025年11月
デバイス:パソコン・スマートフォン
自動運転に映る「時代の先を走るワタシ」という自己実現
こうした『欲』がテクノロジー導入のエンジンとなる事例は他にも見られます。
運転免許の返納が課題となる中でも、「いつまでも自分で運転して移動したい」「車に乗り続けたい」という欲求は根強くあります。公共交通が十分でない地域においては死活問題でもあります。安全性を謳うセンシング技術や自動運転車への期待は高まっていますが、そこには「安全」「便利」なだけでは説明しきれない魅力も含まれています。
先述の「Perscope」によると、「自動運転」検索者(全年代)は、「社会的地位と評価」「個人的成長と充実」といった項目が基準値よりも高いことが示されています。
図:「自動運転」検索者のありたい自分像(全年代)
期間:2024年12月~2025年11月
デバイス:パソコン・スマートフォン
自動運転車は、単なる「運転不安の解消」という実用的な価値だけでなく、「革新的技術をいち早く自分のモノにしたい」というステータス欲求を満たす存在なのです。
これは、母の「赤いApple Watch」が「仲間に自慢したい」という欲求を満たしたのと、本質的に同じ構造です。
テクノロジーは、それが最新モデルであることが誰の目にも明らかになりやすいからこそ、「ステータス欲」と相性が良いです。それは第三者に対してのみならず、「最新を持つ」ことで「イケてる自分」を確かめられる、という使用者利益も得やすいのです。
■「孫とつながる」その先へ
少し前まで「シニアとテクノロジー」といえば、「孫とつながりたいじぃじとばぁば」に向けた、簡単・手軽なコミュニケーション支援が中心でした。
デジタルアルバムの共有、ビデオ通話、音声入力だけで簡単に操作できるスマートスピーカー。こうした「つながりたい」という根源的なニーズは、今後も衰えることはありません。
一方で、生涯未婚率が上昇するなか、孫を持たないシニア層もこれから増えていくと考えられます。今後は「シニアと言えば孫」という文脈の外側にこそ新たなチャンスがあるのだ、と捉えていきたいものです。
参考:公益財団法人 生命保険文化センター「『50歳時の未婚率』とは?|ライフイベントから見る生活設計|ひと目でわかる生活設計情報」
■「デジタルデバイド」から「わたしの存在証明」へ
「これまで諦めていたことができるようになる」「これまで難しかったことがずっと簡単にできるようになる」、もちろんそれはテクノロジーの最重視ポイントです。しかし、これからはそれだけでは十分ではありません。
それが商品やサービスに仕立てられた際には、安全性や簡便性の向上だけではなく、
「それを持つ自分を好きになるかどうか」という価値が、購買や利用の決定に大きく関わっていくはずです。
あしたのシニアとテクノロジーの関係は、もはや「デジタルデバイドの解消」という受動的なテーマではありません。「主導権は、常に自分」、それこそがあしたのシニアたちが大切にする価値です。
■「存在証明」に応えるテクノロジー
そうした中で、テクノロジーには「便利だから」だけではなく、「自分の存在証明」という人間の根源的な欲に呼応した佇まいが求められていきます。
いまだ定年制度もあり、現役か否かがわかりやすく示され、本人の能力・やる気・見た目に因らず、年齢のみで「シニア認定」されがちな世の中を生きる「自分」。その一方で、老眼が進んだり、疲れがとれにくくなったり、ちょっとした物忘れが増えたりという、否応なく身体的な加齢を実感させられる「自分」。
開発者や提供側は、機能性だけでなく、あしたのシニアたち自身の存在証明欲を紐解き、存在証明欲の感情に語りかけていくとき、新たな起爆剤となるヒントが見えてくるのではないでしょうか。
「猫に小判」のテクノロジーでもいいのです。「手に入れた喜び」から新しい行動が生まれる未来。あしたのシニアたちには「諦めなくてもいい未来」が待っています。
感情デザインのWork
あなたが今つくっている商品・サービスは、「赤いApple Watch」になっていますか?
機能を超えて、「欲しい!」を刺激する要素がありますか?






戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。
近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業』