あなたが最後に百貨店に行かれたのはいつでしょうか。それは、デパ地下でしたか?それとも、デパコス目当て?あるいは「北海道フェア」や「フランス展」のような催事フロアだったかもしれません。いまや百貨店を支えているのはこれら3要素と外商である、といっても過言ではありません。
デパ地下、デパコス、催事場…それ以外のフロアは息してる?
そう、伊勢丹新宿店をはじめとするごく一部の百貨店を除き、多くの場合、デパ地下とコスメ売場、催事場以外のフロアは息をしているのか、と思うほどの静寂、あるいは客数よりも圧倒的に人数の多い販売員さんたち同士の会話が聞こえるのみです。
年季が入りすぎている床・壁・天井、そして臨場感のない照明や設え。世の中には「コト消費」「トキ消費」という言葉があふれ、さらに体験型消費施設も増えているのというのに、先述のフロア以外は「モノ消費」一本勝負のような形相です。
郊外や地方の店舗は次々と閉鎖され、インタビューで出会う20代30代の方々の中には、百貨店に入ったことすらない人や、何が百貨店に該当するのかわからない人も増えています。行く理由がないのですから、当たり前です。
実際に百貨店の利用者を把握するために、「Dockpit(ドックピット)」※にて各百貨店アプリユーザーの年代分布を見てみると、各百貨店50・60代がメイン層で、20・30代の利用者は全体的に少なくなっています。
※Dockpit(ドックピット):株式会社ヴァリューズのWeb行動ログ分析ツール。毎月更新される行動データを用いて、手元のブラウザで競合サイトやアプリの分析やトレンド調査が行える
図:百貨店アプリユーザー(三越伊勢丹アプリ、タカシマヤアプリ、西武・そごう 公式アプリ、大丸・松坂屋アプリ)の利用者の年代分布
調査対象:スマートフォン
調査期間:2025年5月~2026年4月
ただ百貨店をパトロールするだけの「三越部」
個人的な話で恐縮ですが、わたしは昔から百貨店が大好きでした。その昔、同僚と「三越部」なるものをつくって、(三越に限らず)百貨店に行くことを部活と称していたほど。一歩その中に入れば、百貨店そのものが新しい発見に満ちたセレクトショップのようで(かつては編集力に優れていました)、あれこれ見て回る時間を楽しめました。
買う予定がなくても、次に買いたくなるものを見つけに行く場所。
トレンドや次にくるブランドを知る場所。
気分良く時間をつぶせる場所。
高校や大学の放課後、そして社会人になってからの「三越部」。
しばらくの間、百貨店とはそういう場所でした。
そんな百貨店好きのわたしですから、2026年3月に報じられた渋谷西武の閉店決定のニュースには少なからず、いえ相当なショックを受けたものです。かつて、1979年にできた渋谷109と西武渋谷はセットでハシゴする場所でした。
しかしながら、閉店の報には「ですよね」と、むしろ遅すぎた決断だったのでは、と納得する気持ちもありました。なにしろその前年に久しぶりに訪れたそこは、他の多くの百貨店以上に、腹立たしさを感じるほど空気が動いていなかったのです。
個性を失う首都圏と、劇場型ハレ体験が残る関西圏
特にこの「空気が動いていない」ように感じられる傾向は、首都圏で顕著です。閉店に至らないまでも、「大規模リニューアル」と称して、家電量販店や、どこのモールにも入っているような大型テナントがフロアを大きく占めるようになりました。元「三越部」としては、これほどつまらないことはありません。
一方、関西圏ではいまだに百貨店が「百貨店」として支持され、百貨店文化が息づいているように感じます。無駄や余白が受け容れられているといいますか。この差はどこから生まれるのでしょうか。
その背景として、まず首都圏の電鉄系百貨店が抱える事情が挙げられます。鉄道ターミナル駅の巨大化に伴って後背地が広がりすぎた結果、顧客層が多様化しました。それに加えて、百貨店本来の強みであった独自のMD(マーチャンダイジング)力も低下し、その店ならではの個性が失われていきました。この「ターゲットの拡散」と「MD力の低下」が重なることで、誰にでも合わせようとする最大公約数的な売り場構成へと変質し、それがかえって人々の百貨店離れを加速させてしまったのです。
一方の関西圏では、坪効率の高さもさることながら、東京に住むわたしから見ると、百貨店がいまもなお、トキ消費やコト消費にふさわしい「ハレ」の体験を提供する場として機能しているように見えます。そこには、単なる買い物の場を超えた仕掛けや、街の人々の愛着ともいえる文化が入り込む余地が、まだ残されているように感じるのです。
■近畿の百貨店ユーザーは体験重視?
「Perscope(ペルスコープ)」※で、それぞれの地域のアプリユーザーを分析してみると、実際に関東と比較して、近畿の百貨店アプリユーザーは「体験重視」の傾向が強く出ています。
※Perscope:Web行動データとアンケートデータを用いた分析を行える、株式会社ヴァリューズの分析ツール
図:百貨店アプリユーザー(三越伊勢丹アプリ、タカシマヤアプリ、大丸・松坂屋アプリ、西武・そごう 公式アプリ)の消費行動タイプ(関東と近畿)
調査対象:スマートフォン
調査期間:2025年5月~2026年4月
※本データは「同属性のネット人口全体と比較」した特徴値。一般の関東居住者のネットユーザーを比較基準とした際の、関東居住かつ百貨店アプリを利用しているユーザーの特徴(及び近畿版)を出しています。
詳細「比較基準値とは何ですか?どんなことができますか?|Perscope」
これは単なる地域性ではなく、同エリアの「非アプリ利用者」と比較しても顕著な特徴です。
つまり、近畿のアプリユーザーは物産展やウィンドウショッピングなど、「百貨店でのコト消費(行くこと自体の楽しみ)」を主目的としていると考えられます。背景として、近畿の百貨店側が体験の楽しさをうまく演出できている可能性も推測できます。
その他にも、上記データからは近畿の百貨店ユーザーの「ブランド志向」の強さがうかがえます。近畿の利用者は、百貨店のブランド力そのものに価値を感じていると考えられます。
移動がしんどいかつての顧客、まだまだ移動したいあしたのシニア
かつて百貨店の売り上げを支えていた人たちは後期高齢者層となり、電車に乗って人混みの中に出掛けていくこと自体を敬遠するようになりました。一方、前期高齢者にもなっていない「あしたのシニア」世代にとっては目的となる魅力に乏しい場所になってしまいました。
ちなみに、首都圏の百貨店の中ではひとり気を吐く伊勢丹新宿店は、外商やインバウンドの強さもさることながら、いつ行っても「イマとその先」を感じられる空間やMDの中で、来店者の方々を眺める楽しさも含め、多くのお客さまを集めています。
■お出かけ好きな「あしたのシニア」の居場所
「あしたのシニア」世代は、百貨店には馴染みがある最後の世代と言ってもいいかもしれません。過去にそれなりの来店経験や購入経験が少なからずある、というのは百貨店にとっては非常に強い魅力です。既に認知のハードルは越えた状態にあり、何かのきっかけで、「あ、あそこに行けば買える」と思い出してもらえるのですから。
では、お客さまの脳内にあるその記憶を今の百貨店は活用しきれているでしょうか。
多くの百貨店には、一般的に5階以上の上層フロアには、「いかにも」なリアルシニア向け売場があります。ウィッグやステッキ(最近はスワロフスキー付きの素敵なものも増えています)、手押しショッピングカート、少し歩を進めると介護用品コーナーなど。今後ますます拡大していく売り場でしょう。
しかしながら、あしたのシニア世代は、まだまだその手前。彼ら彼女たちは自身の親のためにそうした売場に訪れても、自分のためにはまだ早いと思っています(しかし、売場の記憶は残るので、親子二世代を意識しておくことは重要です)。
楽しく歩きたい、自分都合でひと息いれたい
あしたのシニア世代にとって、百貨店は本来相性がいいはずなのです。
広すぎるモールの人混みや、複数の路面店をあちこち回るのはだんだんと面倒になってきたけれど、百貨店は広さも「ちょうどいい」のです。閑散としたフロアには一抹の寂しさを感じるものの、セレンディピティ(偶然の出会い)を求めて、ふらふらとウィンドウショッピングを楽しむには、人混みよりはずっといいと思っています。
ちょっと疲れたら、お茶ができる場所が各フロアにあるのも嬉しいところです。とはいえ、エンジ色のビロードのソファに座りながら、マイセンのカップでいただく1,540円のストレートコーヒーはやや重過ぎで、雰囲気の強制力が高すぎます。
今晩のメニューを考えたり、SNSに目を通したり、家ではなんとなく落ち着かずに読めないままだった本をゆったり読んだりしながら時間を過ごしたい、という雰囲気の自由度が高いカフェは、まだまだ百貨店には少ないのではないでしょうか。
足を延ばしていきたくなる場所
あしたのシニア世代にもサードプレイスは必要です。
明確な用事がなくても、行きたくなる場所として。
「ついで」をつくりたくなる場所として。
まだまだ忙しいとはいえ、せっかく以前よりも時間の融通が利くようになったのですから、時間の質を高めてくれる場所は多い方が嬉しいものです。
ちょっとしたわくわくやときめき、そしてゆったり感。そのどちらもが手を伸ばせば届く範囲内で同居していること。
ガヤガヤやわちゃわちゃした人混みでもなく、かといって空気がよどんでいない、透明感のある気持ちのいい空間。
人目につかない化粧室の手前やエレベーターの前だけでなく、落ち着いて座っていられる腰が痛くならない椅子やソファ。
明るすぎず暗過ぎない、目に優しく文字が読みやすい照明。
百貨店は買い物だけでの場所ではありません。「時間を過ごすための場所=居場所」でもあります。買い物だけなら百貨店のECサイトでもいいのです。
出掛けたくなる場所として、あしたのシニア世代にとってのサードプレイス機能として見直してみる。あるいは、百貨店そのものをあしたのシニア世代にとってのサードプレイス空間としてとらえ直してみる。
大袈裟すぎない、普段よりちょっとオシャレして出掛ける場所があるからこそ、新しいちょっとオシャレなモノが欲しくなるのです。モノではなく、目的を示してこそ消費を促せます。
既存の金太郎飴的モールに魅力を感じない50~60代にとって、百貨店はデパ地下やデパコス売場だけの価値ではないはずです。
そして、この考え方は百貨店以外にも展開が期待される考え方です。
「新生三越部」として、百貨店ホッピングを再び楽しみたいものです。
〈あしたのシニア 感情デザイン〉
あしたのシニア世代の「ちょっとしたハレのトキ消費、コト消費」、どこまで具体的に描けますか。どの部分が「ちょっとしたハレ」なのか、その見極めや違いを言葉化してみましょう。








戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。
近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業』