ピルも福利厚生に入る時代。女性のライフステージに寄り添うmederi
―― まず御社の事業内容について教えてください。
mederi 坂梨 亜里咲氏(以下、坂梨):mederiは、私自身の不妊治療の経験から創業した会社です。「1人でも多くの女性に後悔しない人生を送ってほしい」という想いを込めて立ち上げました。
mederi株式会社代表の坂梨 亜里咲氏
坂梨:「より女性が生きやすく暮らしやすく、働きやすい社会にむけて」をビジョンに掲げ、現在はオンラインピル診療サービス「メデリピル」をはじめとして、福利厚生としてのピル処方を含む「mederi for biz」、性感染症チェックキット、葉酸サプリメント/膣内フローラチェックキット「メデリベイビー」など、女性のライフステージに寄り添ったプロダクトを展開しています。
すべての女性が自分の体のことをきちんと知り、大切に、愛でられるように。安心、安全を追い求めながら、心と体のバランスを整えるためのサービスを提供している。
女性誌の編集長から転身。マーケティング未経験で起業
――起業当時の市場の状況について、お聞かせください。
坂梨:私が起業した2019年頃は、日本ではまだフェムテックという言葉が今ほど浸透していない時期でした。日本のフェムテック業界が盛り上がってきたのは2020年頃と認識しているので、当社は先行企業の類に入ると思います。
2020年時点のデータ。この頃から「フェムテック」という言葉が日本にも浸透し始めた。
( fermata 株式会社「2020年秋冬版 国内Femtechマーケットマップ」より)
坂梨:展開するサービスの参考にしたのは海外の事例。いくつかの候補の中で、フェムテックの概念が浸透していない日本でも受け入れられやすいのでは、と着目したのが、私自身も妊娠するために飲んでいた「妊活サプリメント」をスタイリッシュにアップデートするものでした。
いざ事業をスタートしたものの、全然計画通りにいかなくて…。当時の私は、マーケティングというものをほとんど知らなかったんです。以前女性向けメディアの編集長をしていた経験から、PRすれば想いを知ってくれて届くべき人に届くと思っていたんですね。でも、女性メディア時代に取り扱っていたのは、どちらかというと低単価でニーズが高いファッションや美容アイテム。一方、妊活サプリといわれるものはニッチな商品なので、そもそもPRだけで知ってもらえるような商材ではなかったんです。
マーケティングスキルをもっと身につけておけばよかったと深く反省しました。
これから妊娠・出産を迎える女性をサポートする「メデリベイビー」
坂梨:今後の展開を考えていたところ、ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏による「前澤ファンド」の選考に受かり、投資していただけることに。サプリメント以外の新規事業を考えるようになりました。タイミングとしては、コロナ禍で初診からオンライン診療が可能になった時期。変革のタイミングで参入したほうがいいと考え、私自身妊娠を希望するまで服用していた低用量ピルに着目し、オンラインピル診療サービス「メデリピル」を始めることにしました。
毎月の生理に向き合うことは女性にとって大切なこと。メデリピルは今では当社事業の軸になっています。
――コロナ禍という契機を見逃さず、スピーディに新事業を展開されていったことが実を結んだのですね。マーケティングの経験がないままに業界に飛び込まれたとのことでしたが、「その領域の知識を完璧にしてからでなければ」という考えから、なかなか行動に移せない方も多いと思います。未知の業界でも臆せず突き進んでいく、坂梨さまの強さを感じました。
「手遅れになる前に受診してほしい」産婦人科医の思いもすくい上げる、give・give・giveの精神
――メデリピルとは、どのようなサービスなのでしょうか。
坂梨:メデリピルは、生理にまつわる不調を抱えている女性と、産婦人科医をマッチングするプラットフォームです。オンライン診療で産婦人科医の診断のもと低用量ピルを処方し、最短翌日にポストへ届けます。その後は定期配送です。20〜30代の仕事や家事、子育てに忙しい女性でも簡便に、毎月訪れる生理トラブルやPMSのケアをすることができます。
――競合サービスとの違いを教えてください。
坂梨:私たちは、生理不調を仕方がないものと諦めている方に、低用量ピルというひとつの選択肢を知っていただくことが大切だと考えています。
そのため、始めやすさを意識して感覚的に挑戦しやすい料金設定にしたり、診療代を何度でも無料にしています。初めてのピルは不安に感じる方も多いので、伴走できるようなサービスでありたいです。
ピルが初めての人も安心して使えるサービス設計
坂梨:また、女性ならではの不調を体感してきた私が代表を務めており、女性のためにサービスを展開していることにも、当社の価値が見出せると考えています。
そして、診療を担当する医師が、女性の体の専門家である産婦人科医であることも特徴です。一口に「医師」といっても、さまざまな専門分野に分かれています。我々は、デリケートで複雑なお悩みに誠実に向き合うために、産婦人科医による診療を徹底しています。
女性の健康に向き合っているという責任感や誠実さを持って、サービスを提供している。
――そもそもオンライン診療に抵抗を感じる医師も多かったのではないでしょうか。
坂梨:メデリピルをプレリリースする当初、参画してくださる産婦人科の先生を1から探しました。致命的な症状が出てから外来を訪れる女性を普段から多く目にし、「もっと早く来てほしかったのに」ともどかしさを感じていた産婦人科医も多く、そうした先生方から、「オンラインで接点が持てるなんて嬉しい」と協力を得ることができたんです。
――お話を聞いていると、坂梨さまは「人を巻き込む力」をお持ちだと感じます。
坂梨:基本give・give・giveの精神なんです。「私たちのために協力してください」ではなく、相手の方が得られるメリットが、当社のメリットをかなり上回っている状態で提案することを意識しているので、賛同を得られやすいのかなと思います。
マーケティングとは、経営者視点を持つこと。ターゲットの1人としての自分ごと化も
――今ではメデリピルのプラットフォーム登録者数は約10万人突破と、事業も拡大中ですね。起業時はマーケティングスキルがほとんどなかったとおっしゃっていましたが、どう身につけていかれたのですか。
坂梨:よくあるマーケティングフレームに当てはめて、自分で試行錯誤しながら考えていました。4P分析もこの会社を立ち上げてから初めて挑戦しましたね。デジタルマーケティングに関しては、私自身は書籍を読んだり、スクールに通ったりしてマーケターと共通言語を作るために勉強しました。あとはOJTで覚えたことを実践していった感じです。
マーケティングとは経営者視点を持つことであり、「マーケティングを学ぶこと=経営を学ぶこと」。これからも頑張って学んでいかなければと思います。
ただ、やはり当社が扱っているのは女性向けの商材ですので、どのようなことが求められているか、私自身が自分ごと化しやすいと思います。そして自分のような感覚を持っている人は実際どのくらいいるか、測るために行っているのがユーザーインタビューです。
ユーザーの方の声を聞くことは非常に大切だと思います。メデリピルをプレリリースしたとき、アンケートなどを通して1000人の方々の動向を半年間見ていたのですが、その期間にマーケティングスキルが磨かれたと実感しました。「こうやって人は離脱していくんだ」「こういう施策があれば、継続率が高まるんだ」など、数多くのことを学ぶことができたなと。
本音を相談しにくいセンシティブな領域で、どのようにニーズを引き出すか
――生理やPMSに関する悩みは、なかなか本音で話しにくいと感じるユーザーもいるのではないでしょうか。
坂梨:オンライン診療は自分が一番リラックスできる自宅という環境下で診療を受けることができるので、話しやすいと感じる方が多いようです。診療のほか、チャットベースでも契約ユーザーの方から悩みを受け付けています。
オンラインという環境だからこそ、本音で相談できるというユーザーも多い。
――女性ひとりひとり体質が違う中で、広く悩みごとを収集されているのですね。
「人に本音を出しづらいトピック」は、検索にかけて情報を集めるという行動が起こりがちです。今回はヴァリューズが保有する消費者のWeb行動ログデータから、「ピル」を含む検索の前後180分間に起こった検索ワードを集計し、検索ボリュームが大きい順に並べてみました。特に9位にランクインしている「知恵袋」には、センシティブな悩みごとが集約されていそうですが、このあたり、坂梨さまの実感に近いでしょうか?
坂梨:確かに、「知恵袋」検索後の流入ページ(図右)に出ているような悩みは耳にしますね。知恵袋は、ターゲット層の悩みが集まっているのでよくチェックしている媒体です。
ヴァリューズのWeb行動ログ分析ツール「storybank」の例(上記はサンプルとして「ピル」で検索したユーザーのデータ)
フワちゃん起用の背景にあるマーケティング戦略
――商品認知拡大の施策はどうですか。メデリピルと言えば、テレビCMにフワちゃんを起用したことも話題になりましたね。
坂梨:フワちゃんのキャスティングはよく褒められるんです。「フワちゃんのピル」って言ってくださる方もいて、私たちとしても嬉しいですね。
フワちゃんという存在は、「ピル=避妊」という印象に結びつきづらいところが逆に特徴的だと思います。何よりフワちゃんって、老若男女みんなに愛されていますよね。誰とでも友達になれるじゃないですか。そのようなところが、私たちが目指すピルの世界観をまさに象徴していると思っています。
実は、このフワちゃんのキャスティングにも、私自身のマーケティングスキルの成長が表れていると感じています。女性メディアの編集長時代だったら、どちらかというと「女性の憧れ」的なモデル・女優の方をキャスティングしていたと思うんです。でも、メデリピルを広く伝えていくには圧倒的に親近感が湧く存在がよいので、どのような方にお願いすべきか、マーケティング視点を持って考えられたと思っています。
フワちゃんは「みんなにとって身近で愛される存在」というメデリピルを象徴する存在
フェムテックにとどまらない、ヒューマンテックへ
――今後の展望をお話いただけますでしょうか。
坂梨:mederi株式会社としては、産後ケアや更年期症状のケアといった領域に着手できていないので、これらをカバーすることで、継続率ナンバーワンの女性向けのヘルスケアサービスを目指していきたいです。
長期的な展望は、女性だけではなくて男性の悩みにも寄り添うこと。フェムテックにとどまらず、ヒューマンテックを目指していきたいと思っています。
また、フェムテック業界全体の今後を考えたとき、市場が盛り上がるにつれて参入企業も増え、エビデンスが乏しい中、過剰な表現で集客を図ろうとする企業も増えていくのではと予想します。それではフェムテック業界全体の信用がなくなってしまうでしょう。当社もいちフェムテック企業として、誠実に適切なアプローチで、社会にサービスを正しく伝えることを大切にしていきたいです。
――メディア編集長からフェムテック業界への参入など、パワフルに活躍されている坂梨さま。最後に読者の皆さんに向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
坂梨:大切なのは行動力とスピードだと思います。よくどうして起業できたのですかと聞かれるのですが、おそらく私はマーケティングに無知で「1人でも多くの女性に望むタイミングで妊娠・出産・キャリアを実現してほしい」という強い想いがあったからこそ行動できたんだろうと思う部分があります。今回お話したように、マーケティングのことも今ではある程度理解できていますが、当時の私は全然わかっていませんでした。それがなぜか自信になり、パワーになっていたのだろうと思います。
すべての経験は決して無駄にはなりません。今目の前にある業務を一生懸命こなしていくことが、結果的に自分のスキルや人間力にも繋がると思います。私自身、女性向けメディアに従事していた経験が、今になって、どうやったら多くの女性にサービスの良さを伝え、届けることができるかを考えるヒントになっています。今を一生懸命全力で生きることを意識してほしいです。
取材協力:mederi株式会社
IT企業でコンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、ビジネスパーソンに向けた情報を発信しています。読んでよかったと思っていただける記事を届けたいです。