突然ですが、クルーズ船人気が再燃している、ってご存知でしたか?2025年は飛鳥Ⅲの就航やディズニークルーズの2028年日本発着の発表など、コロナの影響で落ち込んでいたクルーズ船界隈がにわかに熱を取り戻しているようです。
個人的な話で恐縮ですが、近所に住む母(85)は昨年2週間にわたるクルーズ旅行に一人で参加し、たいそう満喫した様子で帰ってきました。おひとり様で参加している30~80代女性の方々と満面の笑みで収まっているスマホの写真をいくつも見せながら母が語ったその魅力は「とにかく無駄な時間が全然ないのよ!」というひとこと。
さすがに「タイパがいい」との言葉は持ち合わせていない85歳ですが、要するにのんびりしつつも無駄がない、ということのようです。
新たな顔を見せるクルーズ旅行
かつてのクルーズ旅行といえば、手にした退職金で定年後の夫婦がお互いのこれまでを労いながらゆったりと洋上で贅沢に過ごす、という風景が描かれがちでした。もっとも、しばしばおまけのエピソードとして、それまで仕事一筋だった夫と家事と子育てを一身に担ってきた妻とが何日間も毎日船の中で顔をつきあわせることで、夫婦におけるこれまでの隠れた瑕疵が露呈し、船を下りた途端に離婚に発展する、という話がまことしやかに語られることもありました。
しかし、そんな話も今は昔。夫婦の関係性も変われば、旅やクルーズ船のあり方も変わります。クルーズ船人気の背景を探ると、令和のシニアを理解する、これからの「贅沢」に関する大切な手掛かりが見えてきました。
データが語るクルーズ旅行の新たな顔
■カジュアル化するクルーズ、若返る客層
まずは、クルーズ船に関する最近の動向を見ていきましょう。
かつては定年後のご褒美、はたまた贅沢旅行の象徴だったクルーズ旅行ですが、いまやカジュアルからラグジュアリーまで幅広く、また船内宿泊日数も国内1泊から、100日を超える世界一周まで多彩です。
日本人の利用者数の動向を見ると、コロナ禍で落ち込んだものの2024年にはピーク時の6割以上まで回復、国も経済的効果の高いクルーズ旅行には力を入れています。
参考:国土交通省「1. クルーズ人口」よりマナミナ編集部にて作成(2000年~2024年を抜粋)
船舶の大型化も進み、日本発着船の中では最大規模ともいえる「MSCベリッシマ」は乗客定員も5,600人を超え、さながら街そのものが動いているかの様相です。冒頭に書いた2028年日本就航のディズニークルーズも超大型船ですが、シニアイメージの強かったクルーズ利用者の若返りが一気に進むこと間違いなしです。
■利用者を広げる「身近さ」と「安心感」
そう、クルーズ旅行のリアルはすでに変わりつつあります。
長期旅程のイメージが強いものの、国土交通省のデータによると、国内クルーズではすでに2泊以下の利用が全体の6割を超え、外航クルーズでも過半数が1週間以内。日本国内含む、世界のクルーズ旅行経験者のリピート意向は高く、より長期化・高額化する傾向もあります。以上のことから、気軽に申し込める短期クルーズによるトライアル層の獲得に各社余念がありません。
また、船内での過ごし方もカジュアル化と同時に心理的ハードルを下げる取り組みが見られます。先述の巨大クルーズ船MSCベリッシマをチャーターした企画商品が話題の「ジャパネットクルーズ」では、その企画旅行の多くが完売になるほどの人気ぶり。外国籍船でありながらも日本語サポート体制を徹底、食事やチップ・寄港地での移動も料金に含めるなどクルーズ初心者を意識した「安心のパッケージ」が幅広い層に支持されています。
クルーズ関心層の年代別価値観
では、クルーズ旅行に興味を持つ人たちはどのような価値観を持っている人たちでしょうか。 WEBで自ら「クルーズ」と検索している人たち、即ち、アンケートで選択肢をチェックすることとは異なり、自ら何らかの関心を持って「クルーズ」と検索窓に入力する人たちを見てみましょう。
分析には、毎月更新されるデータを用いて、検索キーワードやWebサイトのユーザー分析ができる、株式会社ヴァリューズのWeb行動ログ分析ツール「Dockpit」を用います。
「クルーズ」検索者を年代別に見ると、40代22.0%、50代21.4%が多く、次いで30代18.2%が続きます。
図:「クルーズ」検索者の年代分布
期間:2023年9月~2025年8月
デバイス:パソコン・スマートフォン
ネット利用者の平均を超えているのは30~60代と、シニア層に限らず、若年層も「クルーズ」に興味を示していることがわかります。
続いて「クルーズ」検索者の「価値観」について分析していきます。分析にはWeb行動データとアンケートデータを用いた分析を行える、株式会社ヴァリューズの分析ツール「Perscope」を用います。
「クルーズ」検索者の「感じていたい気持ち」に注目すると、40代以下の「クルーズ」検索者が「社会的に高い地位を得たい」が11.2ポイントと非常に高いのに対し、50代では0.3ポイント、60代以上では-10.1ポイントと大きな差が見られます。
一方、60代以上では「周りにあわせるよりも、自分らしさを大切にしたい」が9.6ポイントと高くなっています。
図:「クルーズ」検索者の価値観(「クルーズ_~40代」の降順)
期間:2024年9月~2025年8月
デバイス:パソコン・スマートフォン
つまり、「クルーズ」に興味を示しているのは、40代以下は”ステータス”を重視する層、60代以降では”自分や自分らしさ”を重視する層となります。
ここで面白いのが「ありたい自分像」です。40代以下の「クルーズ」検索者は先と同様に社会的地位と評価を示す「世間の人たちよりもワンランク上の生活をしたい」が15.5ポイントと50代の5.0ポイント、60代以上の-10.2ポイントを大きく引き離しています。それに対し、60代以上では心身の健康と安定を示す「地に足がついた生活をしたい」が13.0ポイントと高くなっています。
図:「クルーズ」検索者のありたい自分像(「クルーズ_~40代」の降順)
期間:2024年9月~2025年8月
デバイス:パソコン・スマートフォン
この「地に足のついた生活をしたい」という価値観。ここに令和のシニアを理解する鍵があると考えました。
クルーズに見つけた3つの価値
■価値①コスパ:支払いの心理的ネガから解放される価値
今さら言うまでもありませんが、コスパの良さとは安価と同義ではありません。最近のクルーズ旅行はカジュアル化も進み、そのバリエーションも増えました。しかも、移動・宿泊・食事・エンタメと、旅に関わる多くの要素が料金に含まれている商品も増えています。特にクルーズ初心者をターゲットにしている商品は、諸経費全部込みという「オールインクルーシブ」で攻め、旅行という非日常のテンションも相まって「もしかしたらかえって安いのでは?」と思える仕立てです。
実際、「朝からずっと飲んだり食べたりしっぱなし!」と満面の笑みでインタビューに答えている人たちの幸せそうな表情を見たら、安いか高いかではなく、ひととき支払い行為から解放されて楽しめる旅行は洋上の非日常の解放感を高めてくれるのだと確信します。
■価値②タイパ:何もしていなくても移動はしている
いくら令和のシニアの価値観が好奇心と行動意欲に満ちたものであっても、正直、体力の低下は否めません。「自由な時間ができたら旅行をしたい」と考える人たちも60代が68.0%と最多で、意欲や行動力も非常に高くなっています。
しかし、70代以上になると52%と、他の世代と比較して最も低くなります。
| 項目 (該当者数) |
18~29歳 (145人) |
30~39歳 (189人) |
40~49歳 (267人) |
50~59歳 (354人) |
60~69歳 (309人) |
70歳以上 (567人) |
| 旅行 | 65.6 | 66.7 | 64.4 | 65.8 | 68.0 | 52.0 |
| 映画鑑賞、コンサート、スポーツ観戦、園芸などの趣味・娯楽 | 45.5 | 48.1 | 39.0 | 39.3 | 40.1 | 42.2 |
| 睡眠・休業 | 40.7 | 38.1 | 30.3 | 31.9 | 23.0 | 25.0 |
| 体操、運動、各種スポーツなど自分で行うスポーツ | 33.1 | 38.6 | 33.7 | 30.2 | 26.2 | 20.6 |
| 学習、習い事などの教養・自己啓発 | 26.9 | 33.3 | 31.1 | 26.6 | 21.7 | 18.9 |
| 家族との団らん | 20.7 | 31.7 | 26.6 | 20.9 | 18.1 | 16.0 |
| ショッピング | 24.1 | 23.8 | 16.9 | 18.4 | 12.6 | 12.4 |
| テレビやDVD、CDなどの視聴 | 21.4 | 16.4 | 15.0 | 14.4 | 13.6 | 17.6 |
| 友人や恋人との交際 | 35.2 | 18.0 | 19.1 | 12.7 | 12.3 | 9.9 |
| インターネットやソーシャルメディアの利用 | 20.0 | 14.8 | 9.7 | 7.6 | 6.8 | 6.7 |
| PTA、地域行事、ボランティア活動などの社会参加 | 5.5 | 4.8 | 4.5 | 6.8 | 7.1 | 9.9 |
| その他 | 0.7 | 4.2 | 3.0 | 4.5 | 3.9 | 3.4 |
出典:内閣府「国民生活に関する世論調査(令和6年8月調査)」よりマナミナ編集部にて作成
観光庁「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)によると、70代以上になると自身の健康不安により旅行そのものに対する意欲もぐっと下がるとのことです。
クルーズ旅行は、こうした旅行意欲の高い層に対しても、また行動不安がある層に対しても、意味のある時間を提供しているという点で利があります。
飛行機での移動とは異なり、寝心地のいいベッドで眠っている間に次の寄港地に着き、寄港地で下船して夕方まで楽しむも良し、そのまま船内でまったりとくつろぐも良し。いわばホテルごと移動するわけですから、移動負担なく、自分の気分と体調に合わせて自由に過ごすことができるという点で、この上なく時間満足度が高いわけです。
しかも、人生の折り返しを過ぎた人たちにとっては、単なる時間効率の話ではありません。自由に動ける時間(それは健康寿命よりもさらに手前です)を自分の好きなように使いたい、しかし年々健康不安は大きくなるという直視したくはないけれど不可避な現実。旅程に自分を合わせるのではなく、自分に旅程を合わせられる安心感は、そうした密かな葛藤をそっと消してくれているのかもしれません。
■価値③編集する贅沢:調整ではなく、創造する満足感
こうした自分に合わせた時間の使い方ができる価値。マーケターのあなたなら「それって"カスタマイズ"では?」と思われるかもしれません。確かに、スタバのラテを自分仕様にするようなカスタマイズも魅力ですが、クルーズ旅行の場合はやや趣が異なります。
カスタマイズがあらかじめ用意されたものの範囲内で完成品を調整することだとすれば、船上にあるのは、完成品そのものの変更も含み、全く新しい内容を作り出したり、より良い状態にしたりすること。ここではそれを編集と位置付けます。
クルーズにおける編集作業は、限られた空間と時間の中で、その時々の自分の気分と体調に合わせた最適解を選び編んでいく作業です。やりたいことや楽しみたいこと、味わいたいメニューは目の前に無限にあるものの、体も胃袋もひとつです。乗船前の期待や予定とその日の気分や体調が必ずしも一致するとは限りません。リアルタイムの編集が可能だからこそありがたいのです。
船が用意してくれたたくさんの「体験(素材)」を自由に選び、自分だけの1日のストーリーを創り上げるような感覚。それが編集の贅沢です。
安心できる選択肢しかない、リアルな編集作業
しかも、予め安心できるクオリティの選択肢が目の前にあるわけです。リスクが取り除かれた中での選択の自由。いまや人生の後半戦、いくら気は若くても冒険して失敗する余裕はありません。挑戦志向のシニアも世の中には一定いるものの、リスクをできるだけ抑えたうえでの挑戦であり、年齢とともに「地に足がついた生活をしたい」という気持ちにウエイトが移ります。
未知・未見のものを選択するには勇気を要しますが、クルーズ船内ではすべての選択肢が目の前にリアルにあります。「今日は何をする?」「何を食べる?」にはじまり、何を着て、誰とどこで過ごすのか。選択肢の多さはゆたかさの証ですが、多過ぎても負担になるもの。ほどほどの数で目の前に並んでいる選択肢から自分で手軽に選べる、という状況も編集の贅沢を後押しします。
しかも、小さなスマホ画面の中でちまちま選ぶカスタマイズではなく、リアルな編集作業である点も嬉しい点です。旅行行程を組み立てる際のやたらと小さい字のパンフレットやストレスフルな使い勝手の悪いスマホ画面から選ぶのではなく、実物を見ながら選ぶ、その時の気分で選ぶ。その安心感と満足感こそがクルーズ旅行のリピート意向の高さの所以でしょう。
しかも、こうした編集のしやすさとその安心感と信頼は、三世代旅行を後押しします。それぞれの世代が同じ空間の中で、それぞれ気遣いなく好きなことができる魅力は、特に三世代旅行で強く支持されます。
クルーズは洋上の「地に足のついた贅沢」
こうして考えていくと、実は、クルーズ旅行の贅沢とは見た目や船内のプレミアム感ではなく、自分を最優先できる時間と空間を約束するひとときを指すのかもしれません。浮ついた非日常ではなく、自分の気持ちと体調という日常の軸で無理なく楽しめるひととき。まさに「地に足のついた贅沢」の象徴です。
これからのシニアが欲しいのは、かつてのような雲の上のご褒美や贅沢ではありません。自分ファーストで賢く、自由に、自分だけの体験を編集できる贅沢です。
今後、この流れはクルーズに限らず、さらに加速していきます。その鍵を握るのはリアルとDXをシームレスに繋ぐ「編集のしやすさ」です。AIによるさりげない提案、読みやすく迷わせないUD(ユニバーサルデザイン)、そして困った時にすぐに頼れる人の存在。こうした環境を丁寧に整えていくことが、経験値が上がっていく未来の顧客の心を掴んでいきます。
〈あしたのシニア 感情デザイン・チャレンジ〉
「地に足のついた贅沢」をあなたの担当商材やサービスで実現する場合の「100のリスト」を作ってみましょう。
できるできないは二の次です。生成AIと壁打ちしながら数を出していくと、それらに潜む新たな価値に気づきやすくなります。
その100のリストにいくつ「編集する贅沢」はありましたか?







戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。
近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業』