旅と味蕾
会社人生では転勤も殆ど経験出来ず、旅行先は定番の箱根や軽井沢が中心で遠くても京都、奈良といった近畿地方や、母方の出身地である鹿児島や宮崎などの南九州で他の地域を旅するようになったのはついこの頃です。
お恥ずかしながら一人旅も中年以降ですし、旅行の手配や準備は未だに不慣れで苦手です。最近は手配が簡単な2泊3日程度のバスツアーに好んで参加しています。
そんな訳で友人や後輩達のお陰で彼らの住む街へ旅するのは有難いものです。長野市に転勤して善光寺の参道沿いに引っ越した後輩のところへは何度となく厄介になり、長野県内をあちこち連れて行って貰いました。
先日は新潟県糸魚川市に転勤した友人と糸魚川の温泉に宿泊してゴルフをしたり、埼玉県の熊谷市にこれも転勤した友人と尾瀬にハイキングや長瀞方面へドライブしたり、後輩と長野県の諏訪方面や千葉県の鋸山へ日帰りと、身近な旅を楽しんでいます。
その際、地元の食や地酒に親しむ機会が当然あり、舌鼓を打つと同時に様々な食文化に実際に触れる機会が生じます。
食を堪能するためには味覚を鍛える必要があります。食べ物の味を感じとる舌の細胞である「味蕾」。高齢者になると半減するとされます。喫煙やアルコール摂取による亜鉛不足が要因の一つで、正常な味覚の喪失は生活習慣病にもつながる危険性があります。
食を楽しむためには「味蕾」の減少を防ぎ、味を感じとる感知力を低下させぬように努めるべきです。
日本料理とは
改めて、日本料理とはどのようなものを指すのでしょうか。
有り体に言うと、日本の風土や社会に育まれた食材を活かし季節感ある料理であり、洋食に対して和食(日本食)と呼ばれます。広義では日本発祥で日々の食卓に現れる食事全てを含みます。狭義では時を踏まえたものであるおせち料理や花見・月見のお団子、お彼岸の牡丹餅などであり、さらに形式を踏まえた懐石料理や精進料理など伝統的な行事や由緒ある場所に由来した料理などです。
農林水産省は日本の食文化について、「日本の気候・風土に根差した伝統を土台とし、その上で時代や環境に応じ変化する消費者の嗜好や技術などを踏まえ、絶えず進化し続けている生きた文化」と説明しています。
食材という観点からすると幸運にも日本は島国で魚介類や海藻などは豊富で、米や野菜、果物は量・質共に恵まれています。国土は南北に展開し、亜寒帯から亜熱帯まで含み、国土の大半は温帯で年間を通じて降水量も多く植物が育ちやすい環境といえます。
周囲をプランクトンが豊かな漁場に囲まれ、特に三陸沖・オホーツク海沿岸を中心とする北西太平洋海域は、寒流の親潮と暖流の黒潮が合流する世界でも有数の海域です。海岸は砂浜が少なく岩場が多いため、魚類が産卵しやすい環境でもあります。
山地の大部分が広葉樹林に覆われていることもあり、水や土壌は養分を含み河川から流れ出て魚の生育に十分な滋養をもたらしています。
また、日本料理の基本はご飯とおかずのシンプルな組み合わせで、米と味噌・酒などと調和したものです。
ガストロノミ―(gastronomy)
フランス語で「美食」を意味するガストロノミ―。日本では美食術、美食学とも訳され、ガストロノミーを実践する人達をグルメ、あるいは食通と呼んでいます。彼らの主な活動は料理にまつわるものであり、絵画や音楽などの芸術、農学や化学など自然科学、哲学や心理学など人文科学まで幅広い分野に関わりを持ちます。
実際のところ、ガストロノミーとは食事と文化の関係を考察することを示していて、料理を中心に様々な文化的要素で構成された食や食文化に関する総合的学問体系といえます。
通常は贅沢な、あるいは先鋭的な料理を調理して味わうことだけと理解されがちですが、それらはこの概念の一部に過ぎません。地域の食文化に親しむことに主眼を置き、観光を融合した「ガストロノミ―ツーリズム」。
地域を訪れ、その土地の気候風土が生み出した食材や食文化を食べ歩き楽しむグルメの如きコト消費の現われであり、これからのあるべき旅のスタイルとして日本でも定着化してきました。
首都圏にも広がりを見せていて、東京のJR青梅線沿線や千葉県、神奈川県では地元の食や地酒などを楽しみながら名所旧跡を訪ね歩くイベントが定期的に開催されています。イベントは定員が埋まる程の人気のあるものもあり、地元に根付いた食文化が見直されて観光資源となり、地域振興に一役買っています。
日本食ブーム
2025年1年間の訪日外国人(インバウンド)数は増加傾向にあり、4000万人を超え過去最多でした。今や訪日の最大の目的は「日本食を食べる」とのこと。世界的にはすしやラーメン、天ぷらといった日本食が一大ブームです。
これを一過性に終らせるのは残念です。世界的に評価されている今こそ、プロモーション活動を加速化し、グローバル化のますますの進展を図ることは言うまでもありません。訪日観光客へ地域独自の日本食の魅力を示し、地域振興への取り込みを図るべきです。
さらに、食の輸出産業化も重要です。現状では訪日外国人が食べた地域の名産品などを母国へ輸入したいと考えても困難です。この機会を捉えて、サプライチェーンの構築や輸出手続きのサポートなど、日本食や加工食品の輸出を持続的に増やす工夫が必要です。
食品業界や料理業界ばかりで無く、他の業界を巻き込んでの食産業の高度化を推進するためには既存の分野を超えた政策パッケージの導入、科学的知見に基づいた新たな製品・サービスの研究・開発などを推進する必要もあります。
ただ、最重要ポイントとしては日本の食文化への理解を深めることが挙げられます。食には文化的要素が大きく関係します。単なる味だけでなく、「しつらい」や「もてなし」などサービス全体を含めた文化的要素が日本料理の基盤となっています。歴史を紐解きつつ、その現代的意義を考慮することが大切なのです。
人手不足の現在において、日本料理の職人技を如何に継承し、優れた料理人を育て、新しい時代へ発展させていくのも重要な課題です。日本料理は経済の活性化の隠れた武器であり、産学官の連携が必要です。
ガストロノミーの本来の意味は「フランスの食文化」。
名立たるフランスの美食文化に対応すべく、「日本の食文化」の奥深さや味わいを世界に広げるチャンス到来です。





株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。