スマートフォン時代になぜ「チェキ」は選ばれ続ける?顧客起点の富士フイルムの変革

スマートフォン時代になぜ「チェキ」は選ばれ続ける?顧客起点の富士フイルムの変革

スマートフォンの普及により、かつて「記録」の代名詞だった写真は、無料で楽しめるものへと激変した。それに伴い、主力だったプリント事業が厳しい局面を迎えた富士フイルムだが、昨今は「チェキ」をはじめ、こだわりを持つ若い層を中心に支持が広がり、売上を伸ばしている。この復活の裏側には、これまでの「きれい·早い·安い」という常識を捨て去る、写真価値の再定義があった。データマーケティング支援を行うヴァリューズの辻本秀幸社長(元マクロミル代表)が、富士フイルムイメージングシステムズ 代表取締役社長の松本考司氏に話を聞いた。


<左>ヴァリューズ 代表取締役社長 辻本秀幸 <右>富士フイルムイメージングシステムズ  代表取締役社長 松本考司氏

<左>ヴァリューズ
代表取締役社長
辻本秀幸
<右>富士フイルムイメージングシステムズ
代表取締役社長
松本考司氏

お客さまのほうが先に “写真の価値”を見つけていた

辻本:まずは御社の事業全体について、改めてご紹介ください。

松本:当社は大きく分けてBtoCとBtoB、2つの事業を展開しています。
BtoCではデジタルカメラやインスタントカメラ「instax “ チェキ”」に代表される、カメラや写真プリントのソリューション事業を担っています。もうひとつのBtoBでは、デジタルサイネージ、クラウドサービス、IDカード関連システムなど、比較的幅広い領域を手がけています。

辻本:写真関連のBtoC事業は、スマートフォンの普及によって大きな環境変化を受けたのではないでしょうか。

松本:おっしゃる通りです。特に写真プリント領域は、厳しい局面を迎えました。かつてフィルム時代の写真は「記録」のためのもの。「きれい・早い・安い」を追求することで市場を広げてきました。しかしスマートフォンの登場で、それらは“無料”で実現できるようになった。結果として、プリント需要は大きく減少しました。

辻本:一方で、「チェキ」やミラーレスカメラは非常に好調ですよね。

松本:そこがまさに不思議な点です。「スマホで十分なはずなのに、なぜ?」と。考えていくと、お客さまの側に「もっとエモい写真を撮りたい」「スマホでは出せない表現をもっと出したい」という欲求が芽生えていることに気づきました。実は、お客さまのほうが先に、“新しい写真の価値”を見つけてくださっていたんです。

リテラシーが高まった結果 写真は「記録」から「表現」へ

辻本:写真の役割そのものが変わってきた、と。

松本:はい。SNSの普及で、日常的に誰もが写真に触れるようになり、写真リテラシーが一気に高まりました。その結果、「人と同じではなく、自分らしい表現をしたい」というニーズが顕在化した、と考えています。私たちはこの変化を、写真が「記録ツール」から「表現ツール」へ移行した瞬間だと捉えています。

辻本:それはマーケティングの前提も変わりますね。

松本:まさにその通りです。それにもかかわらず、私たちは長らく「きれい・早い・安い」という訴求を続けていました。しかし表現が価値あるものと語る上で、「安い」はむしろ逆効果です。100人に広く使ってもらうのではなく、こだわりを持つ10人に深く刺さる。クオリティや背景のストーリーを含めて伝えるマーケティングへ、根本的に転換する必要がありました。
但し、こうした価値は市場内だけを見て、競合他社と機能競争しているだけでは生まれてきません。「市場」ではなく、「社会」の中で自分たちの会社や商品の存在意義を見つめ直し「共感性」が鍵と考えるなかで、当社の新しいマーケティング戦略の方向性が見えてきました。

写真の価値を支えるのは 最終的に“主観”である

辻本:その転換の核が、2023年8月にスタートした「写真幸福論」プロジェクトですね。

松本:はい。私たちは「そもそも写真の価値とは何か」を社内で徹底的に議論しました。写真を撮ることで日常の幸せに気づき、プリントすることでその思いを“手触りのあるもの”として実感し、飾ることで幸せが更に増幅される。写真は人生の質を高める――この考えを「人は、写真で、幸せになれる。」という思いを込めて「写真幸福論」という言葉に集約させました。

辻本:社内外の反応はいかがでしたか。

松本:正直、最初は戸惑いもありましたし、「幸福論」という言葉に対する懸念もありました。ただ、生成AIが普及し、真偽の区別が難しくなる時代において、写真の価値を支えるのは最終的に“主観”だと考え、「その写真を見て幸せになれるか」という軸を社会に提示し定着させることが、未来に写真の価値を遺すための備えでもありました。

辻本:具体的な取り組みも印象的です。

松本:例えば「家に、幸せの居場所をつくろう。」という提案から生まれた、フォトフレームやカレンダー作成サービスは大きく伸長しています。また、2024年3月にはカルチュア・コンビニエンス・クラブさんとご一緒して、代官山 蔦屋書店で「一生モノのフレーム店」も開催しました。当社のコンシェルジュが、写真に込められた想いをカウンセリングして台紙をカスタマイズし、フレームに仕立てたりするイベントです。写真は非常に個人的なものですが、自己開示し語り合うことで人の表情が明るくなる。その力を実感しました。
この“一生モノのフレーム”をつくるイベント活動は、福島県や北海道など全国各地で展開。2024年1月の能登半島地震の際にはボランティア活動の一環として、被災地を訪問し実施しています。市場での競争や差別化だけではなく、社会の中で自分たちが果たせる役割を問い直す。これからのマーケティングには、繰り返しになりますが、「共感性」が不可欠だと考えています。

常にお客さまを向く構造を組織としてつくる

辻本:最後に、顧客起点の経営を実践する上で大切にされていることを教えてください。

松本:富士フイルムで商品開発を担当していた際に、年間100日以上ユーザー調査をしていた経験が原点にあるかもしれません。勘や経験は大切ですが、それはファクトの違和感を読み解く力があってこそ。仮説を立て、検証し続ける。そして社内ではなく、常にお客さまのほうを向いて仕事をする。その構造を組織としてつくることが、何より重要だと思っています。

※この内容は『宣伝会議』2026年3月号で掲載されたものです

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