お産婆さん
自宅の周辺でのご近所づき合いはあまり活発ではありません。
下北沢には幾つかの商店街がありますが、商店主達が熱心に街を盛り上げようとするイベントやお祭りが年中開催されるため、商店間の交流は深そうですが、永きにわたり経営し続ける店も最近は減り、入れ替わりが目立ちます。特に以前あった八百屋や肉屋、本屋、文房具店などは数える程となり、古着やラーメン、カレーなどの店で溢れかえっています。
住宅街も相続や転居の関係でマンションやアパートへの建て替えが増え、主だったご近所の方々でさえいつの間にか姿を拝見し無くなっているのが残念です。
子供の頃、母の実家がある鹿児島へ行くとご近所づき合いが盛んで、東京からはるばる帰省したことを喜んで野菜や果物、お菓子などを山のように頂いたり、近くの川に釣りに連れて行って貰ったり、親戚など大勢で宴会を開いたりと楽しく過ごした思い出があります。
亡くなった祖母はお産婆さんで地元自治体から表彰される程、自宅で出産する多くの女性から赤ん坊を取り上げたそうで、まさしくビジネスウーマンのはしりでした。毎日、昼夜関係無く忙しく動き回っていたとのこと。自分の利益を犠牲にしてでも、他人の幸福や利益のために尽くし、家族全体でそれを支えていたようです。
その有難さを知る親戚やご近所も様々な形で協力・支援し、強い絆が生まれていたようで、常に祖母が「つながり」の中心にいたようです。
利他的な行動は自己犠牲とは異なり、自分の幸せも大切にしながら他人の利益を考える姿勢です。
一世を風靡したNHKのドキュメンタリー番組プロジェクトXではありませんが、世間に広く知られず輝いた亡き祖母とそれを支えた仲間達を身内ながら尊敬し、利他の心を学びます。
利他の心
利他の対義語は利己です。すなわち、利己とは自分自身の利益や幸福を最優先し自分のことしか考えない態度をとることであり、まさしく利他とは対照的です。
利他の心で判断すると周囲の人々から協力が得られ、視野も広がり正しい判断に通じます。利己の心では、周囲からの支援は得られません。
さらに、日々の行動や意識の積み重ねによって利他の心を育むことは誰にでも可能ですが、他者への意識的かつ積極的な働きかけと自己の幸福を両立させる姿勢が重要であり、自分自身が満たされていることで、より自然に利他の精神が発揮されるのです。
利他の意味合いには「思いやり」、「自分よりも他人を優先する心」、「他愛」などを含みます。
ただ、仏教においての利他は「人々に功徳・利益を施して救済すること」で、利己の対義語と捉えるのは筋違いであり、根本思想の一つである「自利利他」とは自己と他者の利益の両方を追求することです。
仏教に限らずヒンズー教や道教など様々な宗教においても同様な教えが説かれています。
アメーバ経営で知られる京セラの創業者稲盛和夫氏は京セラフィロソフィーとして利他の心に注目し、常々語ったことから経営者やビジネスマンだけで無く一般にも利他が知られるところになりました。
利他的行動(altruism)
進化生物学で注目される利他的行動。生物の中でヒトだけが自分に何らかのコスト(時間、労力、お金他)を負いながら他者に利益を与える行動を示すとされています。
経済学においても寄付行為(ボランティア活動や献血など)は古くから重要な研究対象とされています。
自然選択の基本原則からすると自分が何も得ないにもかかわらず他者を助ける個人は生存に不利であり、そのような特性は進化しづらいと考えられ、何故ヒト特有の利他的行動が進化したのかは興味深い問題とされています。
脳科学においては、報酬に関係する脳の部位が寄付することを報酬として感じているという温情効果(warm glow effect)が利他行動を支えているとしています。
また、社会心理学・実験経済学の研究成果として、「自分の評判を良くしようという動機」が温情効果に加えて利他的行動を促し、さらに実際に他者に見られている場合など匿名性の低い状況では利他的行動の頻度が増えるとしています。
脳科学では他にも利他的行動を促進するメカニズムとして「共感」をあげています。困っている他者を見てその痛みを自分の痛みのように感じて助けたいといった「優しさ」や「思いやり」です。
脳の実験により他人の痛みをどれだけ自分の痛みとして感じられるかは利他的行動に大きく影響を与えることが研究成果として発表されています。
活躍する起業家
「社会課題の解決を通じた経済の活性化」は国の政策のキーワードです。
最近、社会課題の解決が重視される理由は、非金銭的な価値を重視する姿勢の高まりと共に、経済全体が目指すべき目標も金銭的な成果や価値の増大だけでは無いという意識の高まりがあることも事実です。
社会課題の解決を目指すことが企業の収益や経済成長にプラスに働くという「プラスの相互作用」も注目されています。
金融分野ではインパクト投資が脚光を浴び、金銭的なリターンだけを求め無い社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)と呼ばれる経営者も増えています。
彼らは社会変革の担い手(チェンジメーカー)であり、社会の諸問題を認識し、起業という手法で解決を目指します。
社会課題の解決にはビッグチャンスも存在します。短期的な利益を得るのは難しくとも、その潜在的ニーズを正確に焙り出し、解決に資するサービスや技術を探し出すことで長期的に利益を確保します。そのためには熱い起業家精神の発揮と周囲を巻き込む力が必要です。
多くの社会課題は、財やサービスの提供によって得られる社会全体の便益に対して企業が得られる利益が少なく、コストをかけて提供すると割に合わないといった経済学でいう「外部性」が存在する場合が殆どです。
クラウドファンディングが、小さな善意を大きな善意に集約することを可能にしたように、技術活用とそれを認める制度整備も大切です。
利他的意識をテクノロジーの活用で「見える化」すれば、その活動が世間に理解され支持を集め、同時に投資家の信頼を高めます。社会イノベーションを生み出すにはアジャイルな規制・制度改革が必要なのです。社会課題の解決には起業家精神ももちろんながら利他的動機が鍵です。
今こそ、利己的な「私中心」社会から利他的な「われわれ皆」社会への移行が期待されています。






株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。