日本酒界隈
降りたことの無い駅が東京都内にまだまだ沢山あります。関東一都六県に限っては数えきれません。流石に日常の乗降者数が多い駅にはJRや私鉄を含めて一度は降りた経験がありますが、日頃乗車しない鉄道路線の特急や急行が停車せず普通のみ停車する駅にはわざわざでないと降り立つことはありません。
お酒が好きな友人は沢山いますが、東京では中野や赤羽、西荻窪、錦糸町界隈、横浜では野毛界隈、千葉では船橋界隈、埼玉では大宮界隈に安くて美味しい居酒屋が多く行きつけにしていると自慢します。
それ以上に日本酒好きでお店探しが達人の域に入っている友人は、乗降者が少ない駅にわざわざ降り立ち、そこに古くから続く評判のいい店を探し出すことこそ、醍醐味だとのたまわっています。
何故か自分も彼の影響を受けて時間があれば下北沢界隈、すなわち下北沢周辺の笹塚や幡ヶ谷、三軒茶屋の太子堂、代田橋辺りのお店の発掘を心掛けています。探せば探す程、それなりの味のある名店に出会えるのが不思議です。
日本酒愛好家のコミュニティを「日本酒界隈」と呼ぶそうで、日本酒に関心が深い人々が酒蔵巡りやおすすめの日本酒、美味しい飲み方、日本酒に合う料理、などをSNSで発信し、活発に情報を交換し合っているようです。まだまだ日本酒初心者レベルの私ですが、いずれ参加してみたいと思っています。
界隈とは
本来、界隈とは少なくとも明治時代には既に定着していた一般的な言葉で、その辺り一帯、近辺、付近といった場所を指し、地名+界隈のように使われます。
界隈の範囲は厳密では無く、その周辺を含むエリアというイメージです。
最近では使い方が広がり、特定の趣味、業界、ジャンルの分野、あるいはそのコミュニティに属する人々を指してもいます。ネットや若者言葉としてオタク界隈、BL界隈、VTuber界隈などがよく使われ、そのジャンルに関わる人達のコミュニティやゆるい仲間集団を示します。
2000年代前半、ネットスラングとして、オタク系を中心に、掲示板やブログの中でオタク界隈やジャニオタ界隈など特定ジャンルの人達をゆるくまとめる言い方として広まり始め、2010年代に入るとSNSの普及で「○○界隈」のような自己紹介やプロフィールでの使用が増えて定着しました。
2024年には新語・流行語大賞に『界隈』がノミネートされて話題となり、若者言葉としてメディアでも取り上げられるようになり、一気に一般化しました。
『界隈』は地理的な場所という意味から、物理的な場所すなわち同じ趣味・関心・文化を共有する人達の集まりへ拡がりを遂げました。現在では、コミュニティやクラスターに近いニュアンスで使用されています。
具体的な範囲が明確で無いアバウトに近い意味であり、ネガティブな文脈だと悪口みたいに聞こえ、フォーマルな場面ではくだけ過ぎた印象を与えるなど、日常会話で『界隈』を使うと、ニュアンスのずれもあり誤解されることが多々あります。
ただ、何となくその辺りといった、ぼかしたい時に使用するには有効な言葉といえます。
界隈消費
同じ趣味や興味でつながったコミュニティの中で、仲間や同好の士と一緒に愉しむための消費を「界隈消費」と呼んでいます。
アニメ界隈、サウナ界隈、コスメ界隈など共通の嗜好を持ったゆるやかな集まりの消費行動を指します。
特徴としては、①便利さより「共感」や「仲間意識」の重視、②界隈で話題の商品を購入することから生じる一体感を求める、③SNSの購入報告がトリガーとなり集まりを中心とした消費が一気に増加する、などがあります。
同じ界隈の人達はわかればわかる人達であり、その一員として加わり、一緒に盛り上がることに生き甲斐を感じるのです。
SNSの進化により、共通の趣味や推しを持つ人同士による狭くて濃いコミュニティが生まれ、その中で情報が密に交換され消費行動につながっています。趣味や興味の細分化は進み、熱量の高い小さなコミュニティが次々と誕生することから、自然に生まれた消費形態と考えられます。
マーケティングでは界隈消費はZ世代の特徴として注目され、それぞれの界隈の理解を深め、その価値観に寄り添うことが大切とされています。マス向けで無く従来のセグメンテーションをさらに細かくしたアプローチが必要です。
関わる界隈の数を増やしたくないという若年層も存在するため、少人数で深い界隈に如何に入り込むかはマーケティングの課題となっています。
CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)
界隈消費に関連が深いとされるマーケティングの概念が、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)です。消費者が特定のカテゴリーについて考え始める状況や目的、感情など記憶の入り口を指します。
プライバシーの規制強化によるターゲティング広告の精度の低下や広告費の高騰などにより、広告のコストは増加する一方です。今までの広告依存のマーケティングは限界に近づいていますし、情報過多や商品サービスのコモディティ化も進み「良いものを作れば売れる」とは言い切れなくなりました。
商品・サービスの魅力だけで無く、どのようなタイミングでブランドが想起されるかがポイントなのです。
消費者の購買意思決定の多くの場合、「その瞬間に思い出したブランド」が選択されます。
CEPとは、「商品を売るための入り口」では無く、「消費者の行動や感情の中にブランドが入り込むための入り口」です。
CEP戦略では消費者の無意識化の選択を制することであり、消費者の記憶というストック資産に注目し、外部環境に左右されにくいブランド基盤の構築を目指しています。
消費者のコミュニティには企業の想定外の嗜好や利用法、感情が存在するはずですし、企業の想定とは異なる様々な文脈で商品・サービスが売れ筋となっている状況も見受けられます。
CEP活用のメリットとしては、①価格競争から脱却して価格訴求が可能になる、②ブランドを発想する確率が高まる、③ブランドの市場浸透率の向上が期待出来る、などが考えられます。キャンペーンや一時的な話題よる販売促進では無く、日常生活の中で商品サービスを選択される機会を増やすことにもつながります。
CEPはブランドの持続的な成長を支える考え方であり、『界隈』で代表される趣味嗜好の合った集まりから生じるブランド想起を捉えることに、これからの企業戦略の鍵があります。







株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。