定年後の"ご褒美"はどこへ?70歳就業時代、これからの「悠々自適」とは|あしたのシニア

定年後の"ご褒美"はどこへ?70歳就業時代、これからの「悠々自適」とは|あしたのシニア

かつて定年後のご褒美だった「悠々自適」な生活。しかし、70歳就業が努力義務となった現在、シニアのライフスタイルは激変しています。「定年=リタイア」という図式が崩れ、働き方の選択肢が広がる中、彼らは何に価値を見出しているのでしょうか。そこにあったのは、仕事と自由な時間をブレンドして心地よさを選ぶ「くらしの自分最適化」でした。本記事では、令和版「悠々自適」の正体とシニアの新たなインサイトに迫ります。


失礼ながらうかがいます。「悠々自適」という単語をご存知でしょうか。どのようなイメージをその言葉から描くでしょうか。
もはや絶滅危惧種になりつつある庶民にとっての「悠々自適」について、今回は考えてみたいと思います。

定年後のご褒美だった「悠々自適」

個人的な話で恐縮ですが、わたしもそろそろ「年金」というものがリアルに感じられるようなお年頃になってきました。
もうすぐ「年金」を受給できる!
わたしはずっと、「悠々自適」の四文字に憧れ、夢見てきました。数年前まで新年には書き初めをしていましたが、「悠々自適」と太い文字で書いたこともあります。
かつては年金生活者こそ「悠々自適」の象徴的ライフスタイル実践者でした。
それは長年働いてきた人たちへのご褒美のような時間。いずれその時が訪れれば、自ずと「悠々自適」が待っていてくれると信じていた時期もありました。

しかし、いまだにその四文字とは巡り会えていません。
いったい、どこにいるのでしょう。
いつになったら、巡り会えるのでしょう。

ひと昔前まで、定年後の悠々自適生活の代表的シーンは「蕎麦打ち」でした。本気で自宅を改装して蕎麦店を開く人もいましたが、多くの定年後男性が「蕎麦打ち」に傾倒する時代が確かにあったのです。
その後、「蕎麦打ち」ブームは「バリスタ」に代わり、公的職業訓練機関でもシニア対象のバリスタ養成クラスができたものでした。

しかし、この頃ではめっきりそのような話も聞かなくなりました。原料高騰のせいか、蕎麦打ち人口が飽和したのか。それとも、定年したら仕事を手放し、趣味の世界へ移るという「人生の一本道」そのものがなくなったのでしょうか。
一般的な長い勤め人期間を経たのちに手に入れる「悠々自適」。組織や役割に長いこと属してきたからこそ、「自分の思うまま過ごせる時間」の価値がありました。
そう、つい数年前までは。

「55歳定年」から「怒濤の70歳就業」時代へ

みなさんもご存知の通り、「悠々自適」が待ち遠しかった時代と比べ、日本の就業状況は激変しました。
日本の多くの企業では、かつて55歳定年が一般的でした。この連載でも何度も登場している竹野内豊さんがまさに1971年生まれの55歳。かつては彼の年齢で定年していたのです。

その後、1986年に60歳定年が努力義務となり、1998年には60歳未満の定年が禁止されました。年金の支給開始年齢の引上げと歩調を合わせ、2013年には希望者全員の65歳までの雇用確保が企業に義務づけられ、2021年からは70歳までの就業機会確保が努力義務になっています。
いやはや。知っていたこととはいえ、こうして改めて書くと「怒濤の」という修飾語が似合いすぎるほどの変化です。

2025年の厚生労働省調査によると、65歳までの雇用確保措置を実施済み企業は99.9%に達し、65歳以上定年、または定年制を廃止した企業も34.9%にのぼります。一方で、雇用確保措置の実施方法として65.1%が継続雇用制度を採用しています。つまり、多くの人にとって「定年」というゴールが消えたのではなく、いったん区切られた後、雇用形態や賃金・役割を変えて働き続ける「モードチェンジ」のタイミングになったのです。

実際、2024年の65歳以上の就業者は930万人で過去最多(総務省)。働く人のおよそ7人に1人が65歳以上です。就業率は65~69歳で53.6%、70~74歳でも35.1%。もはや「60歳で一斉に仕事を終える」という風景そのものが消滅しています

参考:厚生労働省「令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」
参考:総務省 統計トピックスNo.146「統計からみた我が国の高齢者」

働き続ける「あさっての次期シニア」

さらに、そのような60代を見つめている約844万人の55~59歳が控えています。就業率は87.6%とまだまだ働き盛りですが、彼ら彼女らにとって果たして「60歳」はどのような意味を持っているのでしょうか。
単なる通過点、あるいは、仕事は大して変わらないのに給与がガクンと減る魔のタイミングか。または、責任からの解放により心身の調子が良くなりはじめる時期ととらえる人もいるでしょう。

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、就職氷河期世代の中核が55~64歳に入る2035年には、この年齢層は約1,773万人になります。2024年(約1,597万人)から約176万人、11%の増加です。

一方で、15~64歳人口全体は減少するため、生産年齢人口(15~64歳)に占める55~64歳が占める割合は、現在の「約5人に1人」から「約4人に1人」へと拡大します。働く可能性の高い次期シニアは、ますます就業環境で存在感を増していきます。

参考:総務省「労働力調査(基本集計)」年齢階級別就業率の推移
参考:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」

「収入のために働く」が55.1%、という現実

当然のことながらこの中には「生きていくために働く人(ライスワーク)」も「生きがいのために働く人(ライフワーク)」も含まれます。

内閣府調査によれば、現在働いている60歳以上に主な理由を聞くと、「仕事が面白いから」は12.4%、「自分の知識・能力を生かせるから」は4.8%でしたが、「収入のため」が55.1%で最多でした。経済的な事情で働き続ける人、続けざるを得ない人は、今後も増えていくでしょう。

参考:内閣府「令和6年度 高齢社会対策総合調査」収入を伴う仕事をしている主な理由

働き方は、既に『なんでもあり』

しかし、働き方の選択肢は拡がっています。ここでは、その先にある「働くことの意味」という、もう一つの視点から考えてみます。

制度の変化や多様化だけでなく、「タイミー」のようなスキマバイトアプリの普及や、「おてつたび」のような地域の手伝いをしながら旅する新しいサービスの登場など、中高年の「働く」を取り巻く環境も激変しています。

スポットバイト「タイミー」「シェアフル」の利用者数のデータ(データ元:Dockpit)

スポットバイト「タイミー」「シェアフル」の利用者数のデータ(データ元:Dockpit

副業を解禁する企業も64.3%になり、終身雇用という前提が薄れる中、定年を待ちわびるまでもなく自分の都合で働き方を選べる時代になりました。もはや「悠々自適」を待ちわびること自体が意味を成さなくなっているのかもしれません。

果たして、あしたのシニアたちにとって「悠々自適」な生活とは、何なのでしょうか。

仕事や働き方の選択肢自体が極めて限られていた時代は、それらからの解放は大きな意味を持っていました。それが「悠々自適」が輝いていた時代。
しかし、仕事や働き方においても「なんでもあり」の現在、働くことの価値や意味も変わり、好きな仕事で好きなように働くことも「悠々自適」の範疇となりました。

同時に、かつてよりも不安も多様化しています。高齢出産の増加は親の介護も含めたダブルケアの増加となり、時間も家計も圧迫します。あんなに納めた社会保険料も、先行きは暗雲の中です。

令和版「悠々自適」の正体とは

人生100年時代といわれ、「いまの年齢は昔(昭和)の7掛け」とよく耳にします。いまの60歳ならかつての42歳程度。確かに、いまどきの60代は見た目だけでなく、意識も若々しい人たちが増えました。
しかし、本人たちは実感しています。

体力や記憶力の低下を。
筋力や回復力の低下を。
集中力や持久力の低下を。
シワや白髪が増えることよりももっとダメージが大きい、こうした「本人だけが実感できる加齢現象」と向き合いながら、こう思うのです。
「悠々自適な生活を思い切り楽しむためには、実は何よりも体力や気力が必要なのだ」と。
だからこそ、続けられるうちは何らかの仕事をして収入を確保しつつ、しかし自由な時間も増やし、自分の好きなことを今のうちに先取りしなければ、と焦るのです。

令和版「悠々自適」を、もう一度捉え直してみます。
かつては我慢や辛抱の末に手にするご褒美としての「大きな自由」のイメージでした。しかし、あしたのシニアたちが既に手にしつつある「悠々自適」は、もっと身近で日常的な、そしてより具体的な「自分の選択」の積み重ねです。

スキマ時間に少しだけ働いて得られる小さな収入、旅先で誰かの役に立てた小さな達成感、再雇用先で若手に新しい知識を教えてもらえる刺激。
そうした時間と、仕事とはまったく関係ない時間が明確な区切りではなく、曖昧な輪郭をもつさまざまな時間が隣り合わせで同居しながら「自分にとっての心地よさ」を模索していく。
あくまでも選択権を持つのは自分である、というのが令和の悠々自適の正体なのかもしれません。

悠々自適は、もう手の中にある

「悠々自適=リタイア」という単純な図式はもうありません。いまどきの言葉で表現するならば「くらしの自分最適化」なのでしょう。
体力や健康、介護や子育て、働きたくても働けない人たちも確かに存在する中で、自分の意志とやり方で「働く」ことを選択肢として持てていること自体が、実はかなり恵まれています。
あしたのシニアたちの悠々自適は、もう既にその手の中にあるのかもしれない。という、まるで「青い鳥」のような結論になってしまいました。

数年前の書き初め、「悠々自適」の四文字。
そうか、ここにあったのか(と、じっと掌を見る)。

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この記事のライター

戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。

近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業

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