1.カスタマージャーニーマップとは
■●全体像イメージ

■●概要

カスタマージャーニーマップとは、ユーザーの利用体験を時系列でスライド一枚の中に可視化して、施策運営や機能改善を通じてプロダクトで提供するユーザーシナリオを定義するアウトプットです。目的・用途によって、現在の出発点をAS-IS版として描いたり、未来の到達点をTO-BE版として描いたりして使い分けします。
マップの横軸にはフェーズ・タッチポイントを、縦軸には行動・思考・感情・課題を設定し、インタビューやアンケート、行動ログの調査結果を当てはめていきます。特定セグメントのユーザーシナリオを描く場合はターゲット分析に、エクストリームユーザーのシナリオを描く場合はN1の分析に、それぞれ役立てます。
プロダクト運営業務における用途としては、アプリダウンロード~オンボーディング(初回訪問・初回登録など)時の作り込みや、大型施策や機能改善の企画・検証に当たって作成されることが多く、それゆえに、制作・開発部門だけでなく、サービス企画・マーケティング部門に至るまで幅広い職種で使用されています。
カスタマージャーニーは普及が進んでいる分、総合力が問われる成果物です。プロダクトに関連する市場・事業・商品・顧客・施策・機能・導線などの構成要素を一手にまとめる必要があり、実は難易度の高い作業になります。作成者の立場や役割により上記いずれかの情報に偏りやすいことも成果物の品質に影響します。
バランスの取れたカスタマージャーニーを描くために有効なのが普段からのリサーチ活動です。複数部門と協力して多様なデータを揃えていると、ジャーニーを描く時に「この要素は盛り込む」「割愛する(省略する)」という判断を適切に下せるようになります。網羅性と同時に客観性のある内容は信頼につながります。
■●種類
カスタマージャーニーは調査目的・分析用途によって以下の種類に分類することができます。
①AS-IS版
・現在の出発点を描くために作成する
・現状がしっかり掘り下げられていること(事実関連の情報量が少ないと浅いジャーニーになりやすい)
②TO-BE版
・未来の到達点を描くために作成する
・打ち手や勝ち筋を提示できていることが条件(事業者視点だけで構成してしまうと実態と乖離しやすい)
<ポイント>
・AS-IS版とTO-BE版のどちらを描くのか、ユーザー調査の実施前に定義しておく。
・情報源となるインタビュー時間の制約から、一度の調査で両方に対応するのは難しい。
・もしどちらかを描くかで迷ったら、「AS-ISのポジティブ版」にすると使い勝手が良い(AS-ISをベースにすることで実態と乖離せず、適宜TO-BEの要素を織り交ぜる方法)
■●構成要素

カスタマージャーニーマップの構成要素は以下のようになります。
※以下の構成要素はネットショッピングのサービスモデルをベースとした内容です。業態によって構成要素は大きく変わってくるため、一例としてご覧ください。
●1.フェーズ
A.アクセス
B.全体理解
C.情報探索
D.比較検討
E.商品購入
F.シェア・再購入
●2.タッチポイント
A.アクセス(プッシュ・クーポン・メルマガ・SNS・検索・広告)
B.全体理解(グランドトップ・カテゴリトップ・LP・アプリタブ・チュートリアル・利用ガイド)
C.情報探索(検索機能・検索結果・閲覧履歴・購入履歴・特集・ランキング)
D.比較検討(商品ページ・店舗ページ・レビュー・お気に入り・レコメンド・価格比較)
E.商品購入(カート・購入内容の確認・購入完了)
F.シェア・再購入(シェア・購入履歴・カスタマーサポート)
●3.行動
・ユーザーの行動(自身の生活そのもの)
・ユーザーの行動(サービスの利用方法)
●4.思考
・ユーザーの思考(評価・不満・疑問点)
・ユーザーの思考(利用に伴う感情変化)
●5.AS-IS→TO-BE
・現状からあるべき姿に転換するためのアイデア(仮説)
●6.ペルソナ情報
・ジャーニーの主人公となるペルソナの簡易情報
■●よくある課題

「ユーザーにどのような体験を提供するのか?」
⇒この質問に一枚で答えるためのアウトプット
※カスタマージャーニーは既に何らかの形で作成していることが多いと思われるため、以下では改善を要するケースを中心に説明します。
①調査の報告書では討議が活性されないケース
ユーザー調査の結果は一般的にはレポート形式で共有され、作成者はこの成果物によって討議が活性されることを期待します。しかし残念ながら、調査結果そのままのデータや発言録を羅列したレポートだとあまり参照されません。
調査レポートに収録されるデータや発言録は基本的に読解カロリーが高く、同一プロジェクトのメンバーなら精読してくれるかもしれませんが、経営層や関係者などのステークホルダーを巻き込むには情報量が多すぎてしまいます。
情報の共有のみを目的とする報告では上記のような提出方法も考えられますが、もし討議の時間を充実させたいと願うなら、できるだけ資料と目線が行き来する進行を避けるべく、一枚で現状と未来を伝える成果物を必要とします。
②事業者に都合の良いシナリオになっているケース
カスタマージャーニーは、マーケティング・セールスのようなビジネス職種を含め、幅広い職種で使用されている成果物です。それだけに、プロジェクトオーナーの想いや意見が強くてユーザーインサイトの記載が無いものもよく見かけます。
例えば、事業者が提案するオンボーディング施策にはすべて乗ってきてくれて、販促を通じてためらいなく最後まで利用してくれる模範的シナリオがそうです。カスタマージャーニーというよりも「施策のはめ込みチャート」の趣きです。
現実にはもちろんこのような直線的なシナリオになるはずはなく、プロダクトの使い勝手も含めて紆余曲折があります。こうした例を見ていると利用フェーズの設定がユーザー体験ごとではなく自社の施策ごとになっていることが多いです。
③担当者により作図の品質が安定しないケース
カスタマージャーニーはベーシックな成果物でありながら、担当者により作図の品質にばらつきが出やすいアウトプットでもあります。情報がスカスカだと見ても得るものが無く、情報が多すぎると消化不良を起こします。
情報がスカスカな場合には、ユーザー情報を言語化できておらず、スペースを埋め合わせるように挿絵のオブジェクトが入っていたりします。
情報が多すぎる場合は、フェーズの区分が細かすぎて(横長で)一度に見切れず、いちいち画面の拡大・縮小の操作が必要だったりします。
このように、カスタマージャーニーの作成に当たっては、複合的な情報を一枚にまとめつつ視認性も両立させる情報整理の技術が必要です。
2.作り方

①フェーズ区分はファネル設定と同期を取る
・フェーズ区分はファネル分析の項目と同期を取る(自社でファネル分析を行なっていない場合、展開している業態一般におけるファネル分析の項目を参照する)
・ファネル分析をベースに作図することで広く関係者の共通言語になる
・作成者がオリジナルの区分に変えると伝わりづらくなるので注意する
②物理的な接点と情報面の接点を並べる
・ユーザーが利用するシーン・ページ・デバイスなど、接点となり得るコミュニケーションチャネルを書く(非ログイン期間も含めた想定接点)
・タッチポイントの情報により具体的な課題シーンを個々人が認識できる
・課題を理解したうえでアクションを考えやすくなる
<記入のヒント>
・メディア
・デバイス
・ページ
・機能
・サービス
③時間を軸に生活シーンを描く
・日常生活やプロダクト利用に関する時間帯の情報を書く
・時間を切り口にすると商品やサービスが出てくる経緯をより自然に描ける
・商品と販促に関する情報はその種類とスペックまでわかるとリアリティが出る
(金額・割引率・ポイント数・クーポン額・購入点数・商品の入数や重量など)
④体験に伴う感情を矢印で表す
・体験に伴って発生する感情のポジネガを矢印マークで表す(上昇・維持・下降)
・感情の項目は、プロダクトの利用工程あるいは使用している機能を特定して書くのがポイント
・インタビューの発話で出てきた表現をうまく活かすとリアリティが出る
※感情の変化をカーブで描く感情曲線を使用するのも良い方法ですが、スライドやボードのスペースを大きく取ってしまう懸念があります。このフォーマットでは思考の欄に被せることで評価や変化の意味合いが伝わりやすくしています。

⑤仮説のアイデアを提示する
・AS-ISからTO-BEへと導く仮説(改善に結びつく手がかり)を提示する
<記入のヒント>
・各フェーズの課題認識
・改善の方向性や打ち手
・ユーザー環境や競合環境の補足情報
・定量調査や市場調査による関連情報
⑥ペルソナを主人公に据える
・フッター欄にペルソナの簡易情報を添える(名前・職業・属性・キーフレーズなど)
・行動欄の左上にも写真を掲示してペルソナの行動であることを意識づける
・思考や感情はペルソナのボイス&トーン(口調・性格)で表現する
3.使い方

①ユーザー調査結果を説明する一枚絵に使う
カスタマージャーニーを使うと、調査結果のまとめを一枚で説明できます。調査テーマが「利用実態調査」や「ユーザーテスト」などベーシックなものである限り、データや発言録を並べるよりもこの成果物の方がわかりやすいでしょう。
企画会議では、カスタマージャーニーが一枚あるだけでユーザー調査を受けた課題の認識や今後の展開を皆で討議することができます。一度作成しておくとしばらくその情報は有効なので、リサーチの仕事成果が浸透しやすい面もあります。
②体験設計・シナリオの共通理解促進に使う
カスタマージャーニーは事業部門でも機能部門でも共通して使う成果物です。成果物を普及させるうえで、努力に関係なくもともと見る習慣・作る習慣があることは大きなアドバンテージとなります(他の成果物だとまずこうはいきません)
この特性を活かして、成果物の中にユーザー要件を織り交ぜて自然と吸収できるようにしておき、関係者の間で体験設計・シナリオの共通理解を促すのに役立てます。制作や開発に入る前の、リサーチ報告の場で行うのがポイントです。
③全部門共通の報告フォーマットとして使う
前述のようにカスタマージャーニーは各部門ごとの目的に偏重した内容になりがちで、特にユーザー観点の情報が薄いことが少なくなく、見え方としては「施策や機能のワークフロー」とほとんど変わりがない状態になる懸念があります。
ユーザー調査の実施はこの状況を変える格好の機会です。ユーザー観点を盛り込んだ作例を作り、それを全部門共通のフォーマットに採用しましょう。既視感のあるワークフローではなく討議が活性される新しい情報を皆が得られます。
リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内有数規模の総合ECサイト・アプリを運営する企業でプロダクト戦略・リサーチ全般を担当する。
デザインとマーケティングを横断するリサーチのトレンドウォッチャーとしてニュースレターの発行を行い、定量・定性の調査実務に精通したリサーチのメンターとして各種リサーチプロジェクトの監修も行う。著書『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)
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