「課題が分からない」から選択と集中に至るまで
株式会社ヴァリューズ 辻本 秀幸(以下、辻本):会社を継ぐと決断して動かれたのは28歳の時ですよね。最初に直面した課題は何でしたか。
今西酒造株式会社 今西 将之(以下、今西):最初は「課題すら分からない」ということが課題でした。課題は理想と現実のギャップから生まれますが、そもそも現実が見えていない。だから何をどう動けばいいのか分からないという状態だったんです。
辻本:まさに手探りのスタートだったんですね。まずは何からクリアしていこうと決断されたのでしょうか。
今西:父が余命3か月と告げられて、ほとんど引き継ぎもないまま、突然社長になりました。そもそも酒造りのことも、誰がお客様で、どうやって酒が売れているのかも分からない。しかも当時は宿泊業や飲食業も展開していて、どの事業も赤字。半年もつかどうか、そんな経営状態でした。
多角経営した状態で潰れたらご先祖様にも申し訳ないし、個人的にも嫌だなと思って、まずは事業の集中をしようと思いました。自分の命をどこに賭けるかでいうと、やはり原点回帰で本業の酒造りだと決めました。
辻本:そうだったんですね。その後どんな風に進めていかれたんでしょうか。
今西:まず現状を知ることから始めました。酒造業でどんな評価を受けていて、実際どんな味わいで、どこに届けられているのかということです。ただ、いざ向き合ってみたら現実は厳しかった。ブラインドでテイスティングをしたら、美味しくなかったんです。
親父が経営者として全体は見ていましたが、酒造業に関して決めていたのは今期に造る量だけで、酒蔵への設備投資が不十分だったことが大きいと思います。
辻本:なかなかハードな状況だったんですね。
今西:とはいえ、生き残るためには山のようにある在庫を動かさないといけない。当時は大手の卸会社との取引しかなくて営業に行きましたが、味を見てもらうこともなく「値引きは?」「協賛は?」という話ばかり。正直、虚しかったです。前職では仕事の楽しさを感じていたので大きなギャップを感じました。
そんな時、取引がなかった流通形態にも営業に行ったんです。いわゆる地酒専門店といわれる酒のセレクトショップです。冷蔵庫で丁寧にお酒を扱い、造り手の想いをお客様に熱く伝えていくお店でした。僕たちが持って行ったお酒も、見積書を一切見ることなく、味わいだけで判断をしてくれた。もちろん彼らもプロですから、ボロクソに言われて。すごく悔しかったんですが、心のどこかで「それはそうだよな」と思う冷静な一面もありました。
そして、これから命をかけて本気で酒造りをしていく、すべてを変えると決断しました。
特約店限定のひらがなブランド「みむろ杉」。
創業当時からある漢字ブランドの「三諸杉」も。
再建を可能にした今西社長の決断と行動
辻本:体制をがらりと変えようと決断されたんですね。どんなことが大変だったでしょうか。
今西:人も、設備も、コンセプトも、すべてを変える必要がありましたが、僕自身は酒造りの素人。だから自分で酒造りを覚えるしかないと思い、修行を始めたんです。経験は浅くても、お客様を思いながら真剣に取り組む方が、美味しく心に届く酒を造れるはずだと信じて。
辻本:その覚悟が今につながっているんですね。
今西:はい。3年目に入ったタイミングで、思い切って「これからはこだわりの酒造りをする。やり方も一新する」と宣言したんです。その後に僕の考えに共感してくれる仲間が集まり、今のチームができたんです。
辻本:今は三輪という土地の魅力を生かした酒造りをされています。
今西:奈良県の三輪という場所は、類まれなる「酒の聖地」なんです。酒の神様である大神(おおみわ)神社があり、世界で唯一、杜氏の神様が祀られる活日(いくひ)神社があり、全国に届けられる杉玉発祥の地でもある。そんな「酒造り発祥の地」で酒造りができるのは、世界広しといえども僕たちだけです。だからこそ、この三輪の地を表現する酒を追及していきたいと考えました。
辻本:原材料にもこだわりを感じます。
今西:酒の原料は水と米だけです。水は創業から360年以上、普遍的に湧き続けている三輪山の湧水を使っていましたが、米は全国から買って加工していました。でもこの地を知れば知るほど、地元の米で造る意味を感じました。そこで田植えや稲刈りをしている農家さんに「今西酒造です。この地で酒米を作ってほしいんです」というお願いを始めました。
辻本:リクルートでの営業経験も活かされていそうですね。
今西:そうですね。前職のリクルートではお客様の期待に自分の能力を合わせるな、自分を型にはめるなということを勉強させてもらいました。それはお客様の期待に合わせて自分を変えること、仲間を巻き込んで価値を最大化するということです。
酒造業におけるお客様の期待を考えたら、「美味しいお酒」だけなんですよね。だから自己犠牲をいとわず、周りの方にたくさん協力をお願いしました。
辻本:米農家さんまで巻き込むのはすごいですね。方向性やビジョンを掲げながら口説いていかれたんでしょうか。
今西:はい。最初は契約した農家さんに作ってもらい、仲間が増えていきました。でも段々、僕たちが酒造りで感じた課題感をフィードバックできないという、もどかしさを感じてしまって。
このままでは良くないなと思って始めたのが、自社田の取り組みです。自分たちが田んぼを持って農家になって、米を作る。その米で作った酒造りをして、感じた課題感を言語化し、全契約農家さんにフィードバックをしました。
今西:三輪の大地で作る米作りの特徴や、みむろ杉にとって良い米作りとは何なのか。言葉で情報共有することによって全体のレベルが上がり、お客様の「美味しい」につながっていく。今はそういった取り組みをしています。
さらに酒粕を肥料として使い、できた米で酒を造るという循環型の農業にも取り組んでいます。酒粕は肥料としても栄養分が高いんです。ただ、産業廃棄物になることが圧倒的に多い。3年間、試行錯誤を繰り返した結果、やっと田んぼの力になるよう改良できました。イノベーションというより、昔の蔵元が自然にやっていたことを、現代の形で取り戻している感覚ですね。
経験よりも情熱。「清く、正しい、酒造り」がすべて
辻本:今西酒造の組織づくりについても教えていただけませんか。
今西:「情熱は経験を凌駕する」と思っていて。リクルートの営業として、全社トップを取れた時もそうです。周りの方のいろいろな支えがあってこそですが、お客様のために良いサービスを届けたいという圧倒的な情熱をもって取り組んだ結果、経験が長い方よりも良い成績を出すことができた。
酒造りに関しても同様です。改革を始めて13年。お蔭様で味わいを大きく向上させることができ、全国の数々のコンペティションでも高い評価をいただくようになりました。
今西: 社員を採用する際も経験は関係なく、情熱や価値観の軸が合うかを重視しています。30人の方を面接して1人採用というぐらい、こだわっていますね。
辻本:実際、採用面接ではどんな点を重視されていますか。
今西: 過去・現在・未来が一本の軸でつながっているか、そして酒造りに対してどれだけ愛があるかという点です。
僕たちの醸造哲学は「清く、正しい、酒造り」。効率を優先せず、手間を惜しまず、正しいことをやり抜いていく。すごく耳障りのいい言葉ですが、いざやっている側からすると、レンガを一つ一つ積み上げるような仕事を毎日、何年間も行っていく。酒への愛がないと続かないんです。
辻本:ブランディング戦略で大切にされている点もお聞かせいただけますか。
今西: 実はブランディングは意識していません。大切にしているのは「三輪らしいかどうか」。酒の神様である大神神社や三輪山のそばで、清らかで丁寧な酒造りをするのが僕たちの在り方です。だから営業担当もいません。「研ぎ澄ました酒造りをして美味しいから、いかがですか」と、どっしり構えるのが三輪らしいと考えています。
辻本:新しい社員の方には「三輪らしさ」をどんな風に伝えているんでしょうか。
今西:すべては「清く、正しい、酒造り」という言葉に集約されています。例えば蔵が少し汚れていたら「これは清いのか」と聞く。設備投資を検討するときも「それは正しい酒造りのためか」と確認する。判断の基準はすべてこの言葉なんです。神社の麓にある蔵なので、体感で僕たちの酒造りはこれだというのを確かめるために、よく参拝にも行きます。
酒造りを通して描く故郷・三輪の未来
辻本: 今後のビジョンや、三輪の地への想いも聞かせてください。
今西: 現在は「三輪を酒の聖地へ」というビジョンのもとに事業を進めています。多くの方にまだこの場所の魅力が伝わっておらず、情報ギャップが大きいと感じています。そのため酒造りを通じて、このギャップを埋めたいと考えているんです。
この春には大神神社の参道に新しい酒蔵「三輪伝承蔵」を開蔵しました。訪れる人が三輪の空気を肌で感じられる場所にしたい。さらに5年後には、次の拠点も構想中です。最終的には、世界中の酒ラバーが大神神社に訪れ、お参りしている姿をSNSに投稿する。そんな「酒の聖地・三輪」を実現したいと思っています。
辻本:胸が熱くなるようなお話に心を打たれました。今回はありがとうございました。
創業1660年。酒の神が鎮まる地 奈良 三輪で360有余年醸す酒「みむろ杉」「三諸杉」 古来より酒の神様として信仰されている日本最古神社・大神神社のお膝元で酒造りに精進しております。 酒造りのコンセプトは「三輪を飲む」。 仕込み水は蔵内井戸から湧き出る御神体「三輪山」の伏流水を使用し、米はその仕込み水と同じ水脈上で契約農家の方々と共に育てています。 世界でも類まれな酒の聖地で酒造りができることに誇りと喜びを感じ、三輪を表現する日本酒を醸し続けています。
CULTURE-PRENEURS 30 2025 | Forbes JAPAN(フォーブスジャパン)
https://forbesjapan.com/feat/culture-preneurs30-2025/「カルチャープレナー」とは「文化起業家」のこと。文化やクリエイティブ領域で新ビジネスを展開し、豊かな世界を実現しようとする人たちだ。彼らの挑戦が混沌の時代を照らす新たな光となる。





大学卒業後、損害保険会社を経て、通販雑誌・ECサイトのMD、編集、事業企画に従事。その後独立して、国家資格キャリアコンサルタントを取得。自身のキャリアを通じて、一人一人のポテンシャルを引き出すことが組織の可能性に繋がることを実感したことから、現在はマーケティングとキャリア・人材を軸に、人と組織の可能性を最大化できるよう支援をしています。