シニアの「気持ち」が届かないシニアマーケティング|あしたのシニア

シニアの「気持ち」が届かないシニアマーケティング|あしたのシニア

2025年、団塊世代全員が後期高齢者となる時代。しかし世間が思い描く“シニア”と、当事者の気持ちにはギャップがあります。筆者が当事者として、シニア割引の恩恵を受けながらも感じる複雑な心境や、変化する高齢者マーケティングの現場から、リアルな「あしたのシニア」像を探ります。本当の「今どきのシニア」とは何か、本連載を始めた想いや目指す場所を紹介していきます。


割引と引き換えに失うものは?誕生日は「シニアにされた日」

シニア・マーケティングと聞いて、あなたは何歳くらいの人を思い浮かべますか。

個人的なことで恐縮ですが、近所のドラッグストアの「シニア感謝デー」で初めて恩恵にあずかったときは「60になるのも悪くない」と思いました。自分は昨日と何ら変わっていないのに、誕生日を境に世間が勝手に「シニア」扱いしてくれるようになり、あれこれ割引してくれるのですから。しかし、変わっていないと思うのは自分だけ。さらに変わっていくからこその「シニア割」。数百円の「お得」の代償は何なのでしょうか。うまい話ほど怖くなります。

そうした葛藤を秘めながら、このたび、そんな「シニア」を巡るあれこれを当事者として紐解いていくこととなりました。

2025年、団塊世代全員後期高齢者

団塊世代の定年が意識されだした頃から、にわかに「シニア・マーケティング」が注目されるようになりました。そして今年、主に医療や介護等の側面から「2025年問題」と呼ばれていたように、団塊世代が全員後期高齢者(75歳以上)となります。常に新しい大衆カルチャーとともに存在していた世代が今年、いよいよ全員後期高齢者となるのです。もはや「これまでの典型的な高齢者像(イメージ)」とは異なる人たちこそが、リアルな高齢者の時代です。

にもかかわらず。大手メディア にとってはわかりやすくもありがたい高齢者像を、巣鴨の商店街から「概念としてのお茶の間」向けに発信しています。知らず知らずのうちに、あなたの頭にも刷り込まれていませんか、「巣鴨のおばあちゃん」像が。頭の中のおじいちゃん、おばあちゃん像、ちゃんとアップデートしていきましょう

竹野内豊が変えた“わたしの休日”

一方で、2025年、シニア像を大きく刷新する広告が登場しました。JR東日本「大人の休日倶楽部」のイメージキャラクターの交代です。60歳目前の2005年から約20年間その役を務めてきた吉永小百合さんから、竹野内豊さんへ。「いつかは吉永小百合さんのような出で立ちで旅をしたい」と憧れていたにも関わらず、東京在住・アラ還のわたしは、瞬時にLUMINEカードから「大人の休日倶楽部」カードへと切り替えました。「大人の休日倶楽部」が自分ごとになった瞬間です。

大人の休日俱楽部の公式サイト

実は「大人の休日倶楽部」は50歳以上が会員になれます。が、いくら割引特典があると言ってもその一員になることは、なにやら「わたしはもう年寄り」宣言をするに等しく、今でなくてもいいかな、と申込みを先延ばしにしていました。そのような人は多いのではないでしょうか。

以前からの登録情報に基づき自動的にシニア割引をしてくれるドラッグストアと、自ら入会の意志を持って申請する「大人の休日倶楽部」。同じシニア割引でもその意味合いは大きく異なるのです。

届かないのは「機能」ではなく「気持ち」

こうした気持ちは、商品の機能に魅力を感じつつも「この一線を超えたら”もう年寄り”」とターゲット当事者に思わせてしまう、さまざまなシニア対応商品にしばしば見られる感情です。ニーズもウォンツも捉えているのに、今ひとつ狙った人たちに受容されていないモノやサービスは、こうした「感情デザイン」を見直すといいかもしれません。

話を「大人の休日倶楽部」に戻します。竹野内豊、1971年生まれの54歳。タクシーのGO、JR東日本、とくれば残るは飛行機か、と楽しみになりますが、ここで注目したいのは定年後の時間とお金にゆとりがある人たちをターゲットにしていながら、若々しくイキイキとした姿(いわゆるイケオジ)を示すことで、上の年代からは共感を、下の年代からは憧れを、それぞれ狙っている点です。

“シニア”という言葉の限界

この「竹野内豊事件」は令和時代のシニア・マーケティングの象徴のように感じました。つまり、シニア感との決別です。

この連載では、今を生きる50歳以上を対象として、毎回ひとつのテーマに沿って「その内側にあるもの」を紐解いていきます。「シニア」という巨大なかたまりをいろいろな角度から崩していく試み、どうお付き合いください。果たして何が見つかるか、楽しみですね。

この記事のライター

戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。

近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業

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