老いを感じる瞬間
「うわ、自分も年とったな」と感じる瞬間、ありませんか?
個人的な話で恐縮ですが、わたしにとってこうしたことはもはや日常茶飯事、なんなら10分に1回くらいは実感する今日この頃です。数秒前にやろうとしていたことを忘れる、固有名詞が行方不明になる、「それ、昨日も言っていましたよね」とスタッフから指摘される、などなど。
それでも、自分のことはまだいいのです(いや、良くはない)。近居の母(85)も、当然のことながら短期記憶力が迷子になるときがしばしばあります。前日にわたしが教えたニュース情報を、翌日、さも自分が見つけてきた特別情報であるかのようなドヤ顔で「ねえねえ、知ってる?」と自慢げに話し出すこと数知れず。まあ、わたしも大人になったので、もはや「それ、昨日わたしが教えたヤツ」と指摘することもなく、「へえ~、そうなんだ!?」と初めて聞くかのような相槌を打てるようになりました。
■「老い」にまつわる複雑な感情
しかしそうした場面、つまり、親や近しい年長者の方に対して「あ、年とったな」と感じる際に、言いようがない独特な感情…寂しさとも切なさとも哀しさともちょっと違う気持ちを覚えることもしばしばあります。今回はそうした「年をとる」、その不可避の現象について考えてみます。
加齢と成長。同じ時間でも意味は違う
地球上でもっとも誰に対してもどこにあっても平等なのが時間の流れです。そして、過ぎていく時間の分だけ誰もが等しく年をとっていきます。時間の経過とともにできることが増えていく子どもの場合、それは「成長」と呼ばれ、周りの人たちからも歓迎されます。一方、できないことやマイナス要素が増えていく大人の場合は「加齢」「老化」「老い」などと呼ばれ、衰退モードを漂わせていく。同じ時間の長さであっても、その意味は残酷なほど異なります。
■加齢と老い|言葉のニュアンス
さらに、「加齢」と「老い」の間にも印象の違いがあります。「加齢」が多くの場合、健康や美容などの身体に関する客観的な変化についてドライに用いられるのに対して、「老い」は単なる見た目だけの問題ではなく、人としての内面にも踏み込んだ変化を表しているかのようで、その分、インパクトというかダメージというか、ウエットで重さを感じる言葉です。加齢は自覚しやすいけれども、老いは自覚しにくい(自覚したくない)という違いもあります。
働き続ける時代の到来
しかし、いまや50歳以上人口が5割以上を占めるに至り、超高齢化については世界最先端の日本。人生の前半ではなく後半が伸びたことで人生100年時代と言われるようになり、健康寿命延伸は国をあげての取り組みとなりました。そのうえ70〜74歳における就業率も35.6%となった今、老いの衰退モードに甘んじるわけにはいかなくなりました。
昭和や平成の前半あたりまでは「定年後は第二の人生、悠々自適に暮らしていこう」というライフスタイル・イメージが強くありましたが、いまや第二の人生というよりはセカンドキャリア、働き続けることが暗黙の了解となり、働かざるを得ない人も含め、60代以上の就業率は高まる一方です。
「あしたのシニア」の道しるべ①「稼ぐ」から「楽しむ」働き方に
それを後押しするかのように転職支援サービスの市場規模も拡大し、就業形態も近年急増中のスキマバイトやリゾートバイトなども含め多種多様、選択肢は増えています。
「Dockpit」※で分析すると、スキマバイト・マッチング大手の「タイミー」を自ら検索している人の年代比率を見ると、50代は20代の17.1%を上回る19.7%、60代も8.6%にのぼります。
※Dockpit:国内最大規模250万人のWeb行動ログデータをもとに、競合・市場調査、ユーザー分析が行える、株式会社ヴァリューズの分析ツール
「タイミー」の検索者数の年代
集計期間:2024年9月~2025年8月
デバイス:PC、スマートフォン
また、最近話題のシニアのリゾートバイトについても、「リゾートバイト」と自ら検索している人の年代別構成比は20代の31.6%には及ばないものの、50代17.8%、60代10.7%と決して低い数字ではありません。
「リゾートバイト」の検索者数の年代
集計期間:2024年9月~2025年8月
デバイス:PC、スマートフォン
スキマバイトやリゾートバイトは、安定的な収入確保を第一の目的とする働き方ではありません。そのため、50代以上では、経済的な理由以上に「健康維持」や「気分転換」「社会との接点づくり」といった、余暇や趣味に近い動機が上位を占めていると考えられます。カラダの無理が利くうちに存分に楽しみながら働く、という選択肢は非常に魅力的でしょう。まさに趣味や健康維持との一石二鳥、ときに一石三鳥を楽しんでいるようです。加齢の末に手にした時間ではあるけれど、その時間を自分の意志で好きなように使っている様子は、「老い」からはかけ離れた印象を受けます。
関連記事:スキマバイトのヘビー層は40~50代?タイミー・シェアフル・メルカリ ハロを分析
https://manamina.valuesccg.com/articles/4180自分の都合に合わせた柔軟な働き方が可能なスキマバイト。2024年末に登録ワーカー数が1,000万人を超えたスキマバイトサービスもあります。本記事では、調査対象のスキマバイトサービスを「タイミー」「シェアフル」「メルカリ ハロ」とし、利用者の分析を行いました。
「あしたのシニア」の道しるべ②「成長実感」のある趣味を
次に、金銭の授受を伴わない純粋な趣味活動についても見てみましょう。総務省統計局の令和3年社会生活基本調査によると、趣味的活動に対し50・60代は8割を超える高い参加率を示し、70代に入ると参加率は低下するものの78.9%、75歳以上でも67.2%の人が行っています。
| 年齢階級 | 2021年(%) |
|---|---|
| 10~14歳 | 95.5 |
| 15~19歳 | 94.4 |
| 20~24歳 | 95.2 |
| 25~29歳 | 92.0 |
| 30~34歳 | 93.1 |
| 35~39歳 | 93.0 |
| 40~44歳 | 91.7 |
| 45~49歳 | 90.2 |
| 50~54歳 | 89.7 |
| 55~59歳 | 88.2 |
| 60~64歳 | 85.7 |
| 65~69歳 | 83.0 |
| 70~74歳 | 78.9 |
| 75歳以上 | 67.2 |
「趣味・娯楽」の年齢階級別行動者率(2021 年)
もともと取り組んでいたことや好きだったことに割く時間が増えているのはもちろんですが、新たな学び直しやスキルの習得も拡大傾向にあります。デジタルスキルの習得もそのひとつでしょう。シニア世代のインスタグラマーやYouTuberも増加中ですし、スマホやタブレットを用いたアプリ学習にも意欲的です。
■英語学習も若者より意欲ありか
登録者数が世界一だという英語学習アプリ「Duolingo」。「Duolingo」と自ら検索している人の年代構成比を見ると、20代よりも50代の方が高く、また60代も10代とほぼ同じ比率です。
「DUOLINGO」の検索者数の年代
集計期間:2024年9月~2025年8月
デバイス:PC、スマートフォン
また、「Perscope」※のデータによると、60代以上のDuolingo検索者はありたい自分像として重んじている価値観「個人的成長と充実」が高く表れていますが、やればやっただけの成果がスコアとして成長が見える化されるアプリ学習は、やりがいやハリに直結しています。
※Perscope:Web行動データとアンケートデータを用いた分析を行える、株式会社ヴァリューズの分析ツール
「DUOLINGO」で検索した人のありたい自分像
集計期間:2024年8月~2025年7月
デバイス:PC、スマートフォン
■自己実現を達成するための「シニアの筋トレ」
「筋肉は裏切らない」とされる「筋トレ」についても同様です。「筋トレ」と自ら検索した60代以上の人たちは、感じていたい気持ちとして「自己実現」が強くでています。将来の健康不安に備えての筋トレだとしても、将来の自分に積極的に近付こうという意欲が50代よりも強く表れています。
「筋トレ」で検索した人の感じていたい気持ち
集計期間:2024年8月~2025年7月
デバイス:PC、スマートフォン
関連記事:「趣味」検索者を分析!新たな趣味に挑戦したい若者、趣味で交流したい中高年
https://manamina.valuesccg.com/articles/4076初対面で必ずといっていいほど話題にのぼる趣味。年代によって趣味にどのような傾向があるのでしょうか。「趣味」検索者を調査しました。また「編み物」を例とし、若者と中高年の取り組み方の違いも分析しました。
自分に「期待する」シニアたち
新たな体験や刺激を求めてスキマバイトやリゾートバイトを行う60・70代も、アプリ学習や筋トレに意欲を示す60・70代も、衰退どころか成長まっしぐらです。
確かに子どもの頃のような成長スピードではありませんし、思うとおりにいかないもどかしさやかつての自分と比較して落ち込むことも多分にあるでしょう。しかし、そのうえでなお彼ら彼女らを行動に駆り立てるもの、それは「成長」の実感ではないでしょうか。成長を諦めていない、いえ、自分自身を諦めていないのです。
■老いのラベリングは誰のものか
子どもの加齢は成長で、大人の加齢は老いである、との見立ては修正しなければなりません。当事者は新たな経験や成長することに前向きであり、そのために時間をつかっています。
シニアに限らず、わたしたちは往々にして自分の事は若く見積もりがちです。自分の事は棚に上げて、親に対して「あ、年とったな」と勝手にセンチメンタルな感情を味わうことも親孝行のきっかけになるのであれば、まんざら悪いことではありませんが、そう思われる当人たちはどう思うでしょうか。
実は、加齢や老いによる「マイナス要素への支援」を、その年代ならではの「成長支援」として再定義するだけで見えてくるインサイトは変わります。あしたのシニアたちはわたしたちが思っている以上に「成長期」にある人たちなのだ、と忘れずにいたいものです。
〈あしたのシニア 感情デザインのチャレンジ〉
第三者ワードで書かれたシニアの「老い」にまつわる描写を「当事者ワード」に書き直してみましょう。
書き直しに違和感があったり、どう書き直したら良いものかと戸惑ったりした部分にこそ、無意識のラベリングが潜んでいるかもしれません。老いという経年変化を成長として捉え直すと、何を見つけることができるでしょうか。







戦略コンサルタント。株式会社ウエーブプラネット代表取締役。
慶應義塾大学卒業後 、商業施設の企画開発会社にてターゲット戦略やコンセプト開発 、未来のくらし研究を担当。
1993年に株式会社ウエーブプラネットを設立。生活者研究、各種インサイト探索調査、コンセプト・ナビゲーション、コンサルティングなどを通して、トイレタリー ・飲料・食品・化粧品・住宅・家電・住設など、 さまざまな大手企業のマーケティング支援に携わっている 。時代と生活者の価値観やインサイト、企業理念等を言語化していくプロセスに定評がある。
近著『いちばんわかりやすい問題発見の授業』