自分とは何者か ~ 他者とバイアス

自分とは何者か ~ 他者とバイアス

「自分とは何者か」という命題は人生において大きなものではないでしょうか。そして、「自分は何者と思われたいか」という意識・無意識も、社会生活を営む上での他者との関わり方に深く関係するようです。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、「セルフ・スキーマ」や「バイアス」という概念を用い、自己確立のロジックやそれらの必要性を解説します。


自分とは何者か

「自分」はいったい何者なのでしょうか。物心ついた頃から「自分」という存在をそれなりに認識してきたつもりですが、果たして「自分」とは誰なのかと問われると即答出来兼ねます。「自分」とは寝食共にずっと一緒に暮らしてきたはずなのですが、二重人格ではありませんが他人行儀なところもあるし、勝手に判断して振り回されたり、認識しているはずの「自分」を常に演じている心持ちにもなります。

仕事に忙しい時分、「自分の時間を持つこと」を周りから勧められました。仕事と出来るだけ無関係の時間を作り、大切にして保持することが精神的にも肉体的にも必要であり、仕事オンリーだと見失しないがちになる本来の「自分」を取り戻せるということです。『暇』な時間を過ごすことで、一見合理的で無い遊びの部分の重要性が身に染みてわかります。
同時に、「自問自答」の習慣が必要とも教えられました。「自問」すると「自分」の中に存在するもう一人と向き合い対話することになります。「自問」を重ねて、必ずしも相応しい「自答」が無くとも熟慮する癖がつきます。

常々「自分」は沢山の他者と出会い交流することで、その影響を互いに受け合いながら変化し続け、「自問自答」しながら成長するのです。

AIの進歩により、人間の思考力は減退する可能性が指摘されています。我々は思考力を鍛え直す必要性に迫られています。「自分」という存在について沈思黙考の如く、その存在価値や他者との関係について、深く考えてみる機会や習慣が求められているのが現在であり、必要な習性なのです。

自分とは何者か

セルフ・スキーマ

生まれてから現在に至るまで「自分」について知っていることは、その行動スタイルや他者からの「自分」についての評価など、様々な「自分」の体験についての記憶です。このような体験した事実についての記憶を心理学ではエピソード記憶と呼びます。

「自分」を焙り出すには、大量のエピソード記憶を取捨選択し、共通項を「自分」なりに抽出して、それに概念を当てはめるといった精神的な作業が求められます。共通項を抽出することにより、知っている性格についての概念の中から「自分」に当てはまりそうなものを取りあげて、はじめて「自分」の性格が見つけ出せるのです。

性格が存在するのはひとつの考え方であり、自明の事実では無いとされてもいます。
性格という概念はむしろ他者の行動を説明したり予測したりするために使われますが、もちろん「自分」の行動を説明し、「自分」を理解するためにも使われます。「自分」に対する理解が出来上がると、それを記憶の中に蓄積し必要に応じて使用します。その積み重ねが自己を認知すると共に認知の内容を日々更新することに繋がります。さらに、自分自身について「自分」なりの理解の枠組みである長期的で安定した自己記憶セットを編み出し、維持します。

社会心理学ではこれを「セルフ・スキーマ(自己スキーマ)」と呼びます。自己を認知するには高度な心の働きが必要なことがわかります。ここに抽象的な認知がゆがむ「バイアス」が存在します。

自分ビジネス

ITの進歩や消費・サービスの多様化、グローバル化の影響から個人事業主も含めた自分ビジネスの起業が身近なものになっています。スモールビジネス開業の目的は老若男女問わず生き甲斐を求めたチャレンジです。
その現状は、個人の技術や専門知識、起業への情熱を活かして大企業が目を向けていないニッチな分野にむけ、独自性や地域密着型のサービスを中心とした小回りの利くものです。ユニークでニッチな業態やアイディアは尖れば尖るほど特徴が明確化して話題を呼び、新しい価値を提供します。

政府は多様な働き方を求める声や人手不足を背景に、2018年に副業・兼業を促進するガイドラインを策定し、副業・兼業を容認する方針を打ち出しました。かつては原則禁止の職場が多かったのですが、副業・兼業先での業務による新しい知見・知識や技能・技術を本業に取り入れ活かすことを目的に積極的に推進する企業も現れています。

全体的には労働時間を細かく管理する企業のルールが妨げとなり伸びは小さいですが、本業とは別の収入を得る仕事として認識されています。

さらに、空き時間・スキマ時間を有効活用する働き方、「スポットワーク」も注目されています。家庭の事情やライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を求める人が増加し、単発かつ単純で特別なスキルや経験の必要ない仕事が多い「スポットワーク」は、仕事探しには主にスマートフォンのアプリを使い、支払いはデジタル給与払いというケースもあります。

一方で、①受け入れる職場でマニュアルが整っていない、②仕事を教えるのが困難、③労働条件が最初に示されたのと違う、など様々な問題もあります。

副業

自分と他者

公私共に最も有益なことわざのひとつが、古代中国の「彼を知り己を知れば百戦殆からず」です。他者を認識してはじめて「自分」が理解出来ます。

他者の視点に立って物事を見ることが極めて困難なのは、それぞれの立場からそれぞれの見方があるからであり、そこには多様なバイアスが認められます。

他者の目から見た「自分」の印象を頭に行動するあるいは「自分」の見え方をコントロールする「スポットライト効果」。さらに進んで内心まで見抜かれていると感じるバイアスが「透明性錯誤」です。

また、「自分」が正しいと思ったら、間違っているのは他者であるとした「自己中心的公正バイアス」。人は「自分」の行動と同じように他者も行動すると考える傾向を「合意性バイアス」と呼びます。
既に起こってしまった事実について「自分」に都合よく考えるのが「セルフ・サービング・バイアス(自己奉仕バイアス)」であり、近いバイアスが「自分」に有利で他者に不利なように帰属したいという動機から成り立つ「行為者観察者バイアス」です。

以上、「自分」に関わる幾つかのバイアスについて紹介しましたが、人は常に客観的で合理的な認知を行うわけでなく、都合のいいように歪めて受け取ったり、後から認知内容を変更したりする存在なのがわかります。
著しい社会環境の変化に生きる我々ですが、まずは他者との立ち位置を確認し、「自分」のアイデンティティを確立することが大切です。そのためにも立ち止まり、ゆっくり考える『暇』を持つ習慣が必要とされています。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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渡部数俊

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