下北沢の地の利
下北沢に住んでから久しいのですが、街の姿はここ数年で大きく変貌を遂げました。何といっても下北沢のシンボルというべき、駅前に闇市の名残りを残した下北沢駅前食品市場が駅周辺の再開発で消滅しました。
終戦直後、近隣の農家が駅前に屋台を出して農作物を売るようになり、下北沢に行けば食料が手に入れられると、次第に人々が集まり始めていつの間にか闇市が出来上がったそうです。
他の地域の闇市が徐々に閉鎖される中で米軍から横流しされた酒やたばこ、衣類などの舶来品の販売へ売り物を転換するなど、若者中心に余裕が生まれた人々の購買欲を刺激し続けた下北沢駅前食品市場は活況を呈してきました。
小田急と京王井の頭線が交差し、交通の便の良さと沿線に大学などの学校も多いという地の利もあり、若者が東京に出て来る際の下宿先としても下北沢は人気でした。下宿人という言葉が死語となった今では演劇や音楽の街として存在感を高めています。
どこで調べたかインバウンド観光客も下北沢に押し寄せ、再開発が進む駅前は毎日ごった返しています。イベントも多く、最近では古着とカレーをメインに若者やインバウンド観光客にむけて街全体でこれでもかと消費を煽っているような有様です。
新宿、渋谷、吉祥寺、三軒茶屋などの繁華街を周りに控え、都市間競争程の規模では無いにしろ街間競争ともいうべき争いの中で、地の利と独特のバランスやユニークな街ブランドが際立つ下北沢。
ただ、下北ツウ(通)の私としては少々騒がし過ぎて決して住み心地は良くはありません。
地経学とは
国家間対立が激化し、混迷深まる世界情勢。米中対立、ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナ問題、スーダン内戦など様々な問題が地球上で乱立しています。その中で経済を武器として、経済の相互依存を利用して自国の利益の最大化を図る強かな国も存在しています。
現在、地経学(geoeconomics)が世界の注目を集めています。地経学とは経済や資源の時間的あるいは空間的、政治的側面の研究をする学問です。地政学の一分野として考えられ、地政学的な利益を経済的手段で実現しようとする政治・外交的手法が主たる研究内容です。
その前に地政学(geopolitics)とは国家の地理的条件が政治、経済、国際関係、軍事に与える影響を分析し国際政治を考察するにあたり、その地理的条件を重視したリアルな学問です。
地経学における経済的な手段は、①輸出規制。特定の技術や資源の輸出の制限、②経済外交。経済的な影響力を行使して外交目標を達成、③重要資源の取り扱い。サプライチェーンの確保と強靭化を図り安定供給を実現、などが挙げられます。
現代社会で産業のコメと称される半導体などの先端技術や、レアアースといった重要鉱物を巡る国家間の競争や争奪戦が激しさを増し地経学的な視点が求められています。
国家間の経済的なつながりを政策的または外部的要因によって減少させる「デカップリング(経済分断)」を遠ざけるためにも、地政学だけでは読み解けない国際関係の理解に必要な学問といえます。
地経学的リスク
特定の国や地域の政治的・社会的な緊張の高まりにより、特に周辺の国々や地域に経済面で先行きを不透明にするリスクが生じます。解決が困難な中東情勢や台湾情勢しかり、このような地経学的リスクの高まりは、地域紛争やテロへの懸念により原油価格などの商品市況の高騰や為替通貨の乱高下を招き、株式市場は敏感に反応します。また、企業の投資活動や個人の消費者心理に悪影響を及ぼしかねません。
安定的な航海が望まれる海上輸送においても、エネルギーや食料などの重要物資の輸送には以下の8つの地域は特にリスクが高いとされます。①ホルムズ海峡、②台湾海峡、③喜望峰、④パナマ運河、⑤スエズ運河、⑥マラッカ海峡、⑦ルソン海峡、⑧バベルマンデブ海峡、です。
過去、1990年の湾岸戦争や2001年の同時多発テロなどが地経学的リスクに該当します。
最近の日本でも、2022年のロシアのウクライナ侵攻で世界の資源や食料の価格が高騰し、輸入物価も高まり同時に生活必需品の価格も上昇しました。
2025年には米中対立の余波を受け、中国政府がレアアース輸出規制を発令しました。世界的には供給の殆どを中国に依存している状況です。
2012年の尖閣諸島問題で日本に向けてレアアースの輸出規制を発令した過去もあり、今回も日本の自動車製造業をはじめとした国内産業の活動に影響を及ぼしたことは、記憶に新しいと思います。
地経学的リスクが起こると金のような安全資産が買われるのです。
企業経営と地経学
地政学が地理的条件から国際情勢を分析するのに対し、地経学は地政学的な課題を経済的な手法での解決を目指します。地政学が現状分析に重点を置くのに対し、地経学は政策の実践に重点を置くのが特徴です。
企業が地経学を実装するためには、①グローバル戦略の立案。国家戦略を念頭に国家が投資する分野は民間が投資してもよい分野という仮説を確認することが大切です。②リスク管理の強化。地経学インテリジェンスを企業の日常的な意思決定に組み込むことが求められます。③国際制度を読み込む力。その制度が見ている将来の社会像や、設けられた政治的背景などの理解を深め読み込む鍛錬が大切です。
このように環境の変化に先んじて動くためにも、地経学的な強さを企業が身につけるべきなのです。
超大国アメリカが衰退し、中国の台頭に対抗せざるを得ず、アメリカを中心とした世界秩序が不安定化しています。さらに、不安定化の要因にアメリカや中国に割って入るかのようにグローバルサウス(インドやブラジル、南アフリカなど)と呼ばれる新興勢力国の成長が著しく、国際社会の極は北から南へとシフトする「ポーラーシフト(Polar Shift)」の時代に突入し、従来の常識も覆ってきました。
当然、国家と企業の関係も揺らぎ出し、国際制度やルールの土台そのものが塗り替えられています。企業戦略においては理想を捨てず現実をしっかり見つめ直す必要があり、今後ますます地経学的思考が重要となるのは間違いありません。地政学も地経学も混迷する国際情勢に有効な示唆を与えてくれるはずです。
私達がよく見かけるメルカトル図法という投影法を使用した世界地図。逆さにするなど、見方によって欧米こそが世界の中心といった発想が錯覚であることに気づかされます。





株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。