名画座
高校から大学まで、時間があると名画座へ通うのが楽しみでした。当時、名画座は大抵2本立てでしたが中には3本立てもあり、結局1日中その映画館で過ごしたような日もありました。
日本映画も洋画も問わずとにかく観まくりました。ミーハーなため、日本の映画では黒澤明監督や小津安二郎監督、溝口健二監督、洋画ではジョージ・ロイ・ヒル監督やヒッチコック監督、ヴィスコンティ監督の作品を好んで観ていました。
中でもジョージ・ロイ・ヒル監督の「スティング」と「明日に向かって撃て」は最も印象に残った2本立てです。主演のロバート・レッドフォードとポール・ニューマンの二人が何といってもやんちゃでおしゃれでカッコいいし、その組み合わせが絶妙でした。
先日に亡くなったロバート・レッドフォードの作品では他に「大統領の陰謀」が忘れられない作品です。ウオーターゲート事件を取材した新聞記者の手記の映画化を出版前から決めていたレッドフォードは制作も兼ねて主演しています。
ベトナム戦争終結やニクソンショックで名高いリチャード・ニクソン大統領が1972年6月に起こしたウオーターゲート事件は政敵への盗聴事件であり、政権の屋台骨を揺さぶるスキャンダルに発展しました。映画も原作も大変魅力的な作品でしたが、ストーリー自体が大統領の陰謀を暴くことだけに、未だに陰謀家の代名詞として悪役としてニクソン大統領を思い浮かべてしまいます。今頃になって、ロバート・レッドフォードに関わる作品でまだ観ていないものを全て観たくなりました。
陰謀とは
改めて、陰謀(conspiracy)とは人に知られないように秘密裏に企てられる計画や策略のことです。ほぼ同じ意味に「謀略」や「謀議」などがあります。
陰謀には悪のイメージがつきものですが、計画を練っている側はそれを陰謀とは言わず、単に「計画」や「戦略」、「極秘作戦」などと呼んでいます。権力闘争が行われている場合、片方の計画実行が密告などで計画が漏れたりするなどして不成功に終わり、それを計画した者が滅ぼされた時にその計画は陰謀であったとされます。
逆に計画実行が成功して、計画した者が敵対する側を滅ぼせば、「改革を進めた」や「革命を起こした」、「維新を成功させた」などと宣言されます。
陰謀には大きく3つの種類があります。
①君主にとっての陰謀。君主が命を落としたり権力を失う原因は秘密裏に進められる陰謀によるものが多く、良い君主であれば本来は陰謀を恐れる必要はありませんが、独裁者の多くは非常に陰謀を恐れ、無実の人に罪があるとした結果、自ら陰謀を誘発しているケースが歴史上に数多く見受けられます。
②市民にとっての陰謀。市民の視点から見て好ましくないと感じられる企業活動や団体行動、アメリカのCIAやロシアの対外情報庁(旧KGB)などの情報機関や諜報機関の計画や戦略は陰謀と見なされます。企業スパイも同様です。
③行政から見た陰謀。行政府や国家の視点から見て敵対的なもの、すなわち内乱やクーデターなどを陰謀と呼んでいます。
陰謀論とその背景
第1期トランプ政権が誕生して以降、ディープステート(闇の政府)の存在を肯定する「Qアノン」と呼ばれる陰謀論が支持者の中で広く共有され、政治的な意思決定にまで影響を及ぼしています。また、最近になって世界中で陰謀論が急速に広まり、我々の身の回りにまで影響を与えるようになってきました。
その背景として、①情報環境の変化。SNSの利用拡大により、SNSで発信される情報は新聞やテレビなどの信頼性の高いメディアと異なり、情報の真偽のチェックを受けることは無いため、陰謀論がひとたび発信されると多くのユーザーに拡散され、人々が受け入れられやすいように形を変えながら広がります。誤情報が正しい情報以上の速さで拡散されているとも指摘されています。
②政治や社会を取り巻く環境の変化。政治的な分極化が進み、特にアメリカではイデオロギーの対立が深まり続け、政敵への強い嫌悪感を生み出し、その原因となる陰謀論を信じる土壌が培われています。
③サイバーカスケイド(cyber cascade)。集団極性化(group polarization)の一種で、インターネット上で発生する社会現象と捉えられ、特定のウェブサイトに同種の考え方を持つ人々が集まると、閉鎖的な環境で議論が進んだ結果、陰謀論と呼ばれるような極端な世論が形成される傾向があります。
以上、現実社会では様々な要因が複雑に絡み合って、陰謀論の影響力を強めています。
広がる陰謀論
2000年代にはインターネット上で多くの人々が情報発信出来るようになりましたが、2010年代に入るとフェークニュースと呼ばれる偽情報の存在が問題視されるようになり、真実よりも個人的な心情へのアピールが重要視されるようになりました。2010年代半ばにはポストツルース(Post Truth)の時代に入ったとさえいわれています。
それから10年以上経ち、真実を見極めることはますます困難になっています。
人々は情報を正しさでは無く理解しやすいものを求めるようになってきています。受け入れられるナラティブ(物語)を求め、そこから情報の信頼性を決めるようになったのです。陰謀論はその最たるものといえます。
インターネット上で自分と似た興味や価値観を持つユーザーと交流することで、同じような意見にばかり触れ、自分の考えが正しいと信じ込むエコーチェンバー現象により、様々な陰謀論が無数に存在するコミュニティの中で肯定化されています。また、現在では動画サイトが陰謀論の入り口とも指摘されています。
このような状況をもたらす一因が関心(アテンション)を得ることが主の経済活動を促進するアテンションエコノミーであり、現代の情報空間の根底にある経済システムそのものが陰謀論にはまる源流となっているのです。
陰謀論は一度、そのコミュニティに入ると脱出が困難になります。様々なきっかけが存在するために十分な知識を持たなければいつの間にかコミュニティに参加してしまう可能性が高いのです。
陰謀論に囚われないためには、陰謀論を見抜く力を身につける必要があります。まずは、情報空間がどのようなものなのかを見極められる基礎知識・情報を持つことが大切です。





株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。