窮地の家業を救ったEC 八代目儀兵衛が貫く顧客満足基点の経営戦略

窮地の家業を救ったEC 八代目儀兵衛が貫く顧客満足基点の経営戦略

業界の常識を打ち破り、「ブレンド米」のブランド化やお米の「ギフト需要」を創造した八代目儀兵衛。改正食糧法が施行され、米の販売が自由化されるなかで、家業である米屋のビジネスをどう成長させるかを考える中で生み出された方向性だったという。ギフトECで新たな米の需要を喚起した、同社のマーケティング戦略の背後には、顧客視点の経営がある。データマーケティング支援を行うヴァリューズの辻本秀幸社長(元マクロミル代表)が、八代目儀兵衛 代表取締役社長の橋本儀兵衛氏に話を聞いた。


<左>八代目儀兵衛 代表取締役社長 橋本儀兵衛氏  <右>ヴァリューズ 代表取締役社長 辻本秀幸

<左>八代目儀兵衛
代表取締役社長
橋本儀兵衛氏

<右>ヴァリューズ
代表取締役社長
辻本秀幸

窮地に追い込まれ辿り着いた ECという手段

辻本:八代目儀兵衛さんがECでお米を売ろうと思ったきっかけは何だったのですか。

橋本:私の実家は代々続く米屋でしたが、米の需要減少や大規模小売店舗法の改正、2004年の改正食糧法施行を受けて、競争が激化。米販売の自由化は、消費者にとっては購買チャネルの選択肢の拡大につながりましたが、米屋のビジネスは厳しく、経営難に直面しました。

どうしたら窮地を脱することができるのか。悩んでいるときに、インターネットが大きくビジネスを変える可能性を感じて、ECを始めてみようと考えるに至りました。以前の米屋は商圏に守られたビジネスでしたが、販売の自由化、その縛りもなくなった。ならば自分たちも商圏の外に出ていくべきだと考え、その実現に際してインターネットに大きな可能性を感じたのです。インターネットであれば、万人受けしなくとも、私たちの思いを伝え、それに共感してくださった人に買っていただけるのではないか。結果的にこの着想が、窮地に追い込まれた家業を復活させることにつながりました。

辻本:023年にはセブン-イレブンで八代目儀兵衛監修のおにぎりが発売され、全国的な知名度を獲得するに至りました。ブランド名に加え「ブレンド米」も世に広がるきっかけとなったのではないでしょうか。

橋本:私は八代目儀兵衛を立ち上げた当時から、産地・銘柄米ではなく、ブレンド米で勝負しようと考えていました。ただ、日本人は保守的な傾向があり、結局選ばれるのは産地・銘柄米という状況が続きました。地元の新聞などに広告を出しても思うような成果が得られない。そうした試行錯誤の結果、「第三者に認めてもらう」または「実際に食べてもらう」ことが広がる軸だと気づきました。そこで、ミシュランガイドで星を獲得している料理人の方々に、私たちの米を採用していただけるよう働きかけました。実際にご愛用いただくなかでお墨付きを得て、そのおいしさを料理人の言葉で伝えていただくことを目指したのです。米業界をより良くしたいという私たちの熱意が伝わり、応援いただける関係を築くことができました。セブン-イレブンでの監修も大きなきっかけになりましたが、初期の段階でブレンド米の認知を広めたのは、第三者である食のプロの皆さんの発信だったと思います。

もうひとつは、米屋のビジネスである玄米の仕入れから販売の先に進み、ご飯として美味しいと思ってもらう場所をつくりました。八代目儀兵衛直営の飲食店の開業です。土鍋で炊き、おこげもあるような非日常的な体験としてブレンド米を楽しめるサードプレイスの提供です。これが、私たちのブランドイメージを展開できた大きなきっかけです。

顧客とのワントゥワンでどこまでできるかを試したかった

辻本:お米のギフトユースをECで成立させたことも画期的だと思います。サイトを拝見しても、消費者に対するホスピタリティを強く感じました。

橋本:家業を継ぐ前は通販事業に携わっており、当時はカタログ通販全盛期で大量販売が「善」とされていました。しかし、私自身「もっとお客さま一人ひとりに寄り添える方法はないか」と考えていました。ECは、そのワントゥワンの対応をどこまで実現できるか試したかったのが始まりです。

当初はギフトといえばお中元やお歳暮といった季節商売でした。しかし、私が最もギフトを身近に感じたのは結婚式の引き出物で、そこにお米を選択肢として組み込めないかと考えました。お米は日本の文化に深く根ざしたものであり、日常的に食べるものであると同時に、特別性もある。この「日常性と特別性」という多様な側面をインターネットの世界で広げていくことができれば、大きな可能性があるのではないかと考えました。

自分たちのやりたいことを実現するため、既存のECパッケージは使用せず、システムはスクラッチで一から開発しました。私たちが満足できるシステムがなかったからこそ、この分野に勝ち目があったのだと思います。

辻本:ECの世界はどうしても顧客が絞られがちですが、先述のセブン-イレブンとのコラボレーションは、ブランドをより多くの人に知ってもらう機会になりましたね。

橋本:全国規模のセブン-イレブンとの取り組みは、これまでやってきたことの正しさを証明する一例となりました。先方の担当者の方が銀座のお店を見つけ、社内に提案してくださったんです。コンビニでの購買をきっかけに京都や銀座のお店で体験していただいたり、逆に、今後私たちが全国各地にお店を出したりすることも、可能性としては十分あると考えています。

辻本:業界の危機から成功された貴社は、似た境遇の企業にとって励みになります。当社はリサーチやデータで事業を支援していますが、今の日本のデータマーケティングについてはどのようにお感じですか。

橋本:従来、会社の意思決定は経営層の勘と経験に頼る傾向にありましたが、現在は年代を問わず、確度の高い意思決定が可能になりました。テクノロジーも整い、かなり進化していると感じています。

ECにおいて重要なのはユーザー評価です。期待が高いほど不満で評価が下がるため、私たちはシステム設計の段階から消費者の声を大切にする設計にしました。具体的には、「問い合わせ」の電話受付を目立つ場所に配置し、生の声を聴きやすく工夫しています。事象や印象を変えられなくても、不満を直接聞いて、顧客理解につなげられると考えています。

辻本:経営者ご本人がそこまで細やかに気を配っているというのは、滅多にないことだと思います。私は「神は細部に宿る」という言葉が好きで、BtoBビジネスにおいては「現場に神が宿る」と言い換えて大切にしてきました。今日お話をうかがい、改めてその言葉の意味を大事に思える機会になりました。

※この内容は『宣伝会議』2026年1月号で掲載されたものです

この記事のライター

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