人生の証し
人は誰しもがそれぞれの運命を生きるのが定めです。運命とは人が生きてきたエビデンス(証し)です。
功成り名を遂げた政治家や企業家達が年を重ねると勲章を欲しがるのは、自らが生きてきたエビデンスを改めて世間に認めさせることを、人生の幕引きとする行為に他なりません。
恵まれた人生であっても辛く険しい人生であっても、等しく人は与えられた運命に沿った道を歩むのです。運命とは人に運を命ずるという意味ですが、読み替えれば命を運ぶ、すなわち人の生殺与奪も運が握っているのです。
運は必ずしも万人に平等に分配される訳ではありません。人種、性別、時代、取り巻く境遇など多元的な要素によって運命は左右されます。我々が平等な社会を目指す限りにおいては人それぞれに幸運も不運もある程度平等に訪れる可能性が高いはずです。
このところの世界的な風潮としては民主主義の国々でさえ、「自由」という概念は重視されているものの残念ながら「平等」という概念がおざなりになり、万人平等という通念を失いつつあります。
また、アメリカンドリームのようにたゆまない尊い努力の結晶により、誰もが成功を成し遂げられるといった思考そのものが現実的では無い、とシニカルに思われがちなのが現状です。
しかし、今でも小説や映画でも艱難辛苦に耐えながらも最終的には成功するといったナラティブ(物語)は古今東西で伝え継がれ、その希望の光こそが人類を進歩させてきたのも事実です。
シェイクスピアの「この世はすべて舞台、人はただの役者にすぎない。出入りがあり、一生で多くの役を演じる」。人生とそのエビデンスを感じさせる代表的な格言です。
エビデンス(evidence)とは
エビデンスとは、主にある治療法が科学的根拠に基づくことを説明する上で使用される医学用語として、頻度が高い言葉です。一般的にはある主張や判断を裏付ける「根拠」、「証拠」の意味であり、特に科学的あるいは客観的な裏付けデータに基づく根拠を示す際に使用されます。
最近、書店を巡ると書名や目次などにエビデンスという単語が目立ち、主観的な意見や体験談よりも客観的な根拠による判断を下そうとする市井の風潮がそこから垣間見られます。同時に情報源を十分に精査せず、疑うこと無くエビデンスを取り入れてしまう傾向に危惧も高まっています。
かつてはエビデンスに関する本は医療従事者の専門書が殆どでしたが、今や自己啓発や子育て、教育、食事法など専門書以外の様々な分野でのエビデンス本が増加傾向にあります。
エビデンスという言葉がメジャー化したきっかけは新型コロナ禍です。感染対策やワクチン接種などを巡って、情報が溢れ錯綜して日夜メディアやSNSを賑わしました。広告のコピーや歌詞にもエビデンスは使われ、一気に拡がっていったのです。エビデンスという単語の検索量を数値化すると2020年が突出して多いようです。
エビデンスはあくまでも判断材料にすぎず、依存し過ぎてはなりません。複数の情報にあたるなど、情報の信頼性を見極めて取捨選択するリテラシーが必要です。
エビデンスと政策形成
統計データや調査結果など合理的な根拠に基づいて政策を立案・評価する手法として、EBPM(Evidence Based Policy Making)が日本でも行政の意思決定や自治体政策で着手されています。慣例や直勘では無く、データや統計、実証研究の結果などを駆使して政策を決める手法であり、行政が説明責任を果たす際に高まる透明性(トランスペアレンシー)への要求に対処すべく用いられています。
また、少子高齢化の進展や限られた財源で効果的な施策を選ぶ必要があり、過去の施策の失敗を検証して改善につなげるためでもあります。
EBPMのプロセスは、①課題の明確化、②エビデンスの収集、③分析と政策立案、④実施と評価、といった流れです。
EBPMを導入する際のポイントとして、①データの入手と質の確保、②現場の経験値や暗黙知とデータ分析の擦り合わせ、③結果を住民や議会へ説明する際の工夫、などが挙げられます。
しかし、様々な取り組みが進む一方で、ロジックモデルづくりや指標設定・測定が「目的化」あるいは「作業化」してしまい、政策の改善にはつながりきれないとも指摘されています。
日本におけるEBPMの課題は、①エビデンス需要の喚起が小さい、②エビデンスの需要調整のメカニズムが弱い、③内部における専門人材が不足がち、などが挙げられます。
EBPMは政策の見直しや新しい政策の立案にも有効であり、米国の成功例などと比較の上、機能させることが望まれています。
エビデンスとビジネス
ビジネスにおけるエビデンスとは「判断の正当性や信頼性を裏付ける情報」を意味します。他にもファクト(fact)、ソース(sauce)、プルーフ(proof)など幾つかの同義語が使用されますが、どれも「納得させられる材料」を表しています。
ビジネスの現場では、エビデンスに基づいた情報収集と意思決定が欠かせません。エビデンスを嫌うワクチン忌避派に代表される科学否定論者のように、多様なバックグラウンドや価値観を持つステークホルダーの声に耳を傾け、対立では無く合意形成を目指すプロセスも必要です。
ビジネスでのエビデンスの重要性は20世紀に入り認識を深め、「EBM(Evidence Based Management)」の概念が提唱され、現在では多くの企業や組織で採用されています。EBMの活用により、意思決定者の個人的な経験や直感に基づく認知バイアスを遠ざけ、意思決定の透明性を高めることが可能です。
注目されるXAI(説明可能なAI)でも、「AIが出した答えだから正しい」のは誤りで、エビデンスが不可欠であり、根拠が無ければ、その回答を実行に移せません。
エビデンスは数値による「定量データ」と言葉やカテゴリーで表される「定性データ」に分類され、それぞれの特性が異なり、活用法によって意思決定の制度が変わります。定量に偏らず互いのデータの適切な組み合わせにより、補完し合うことでより深い洞察が可能です。
今後はAIとデータサイエンスの進化により、膨大なデータが分析され、エビデンスの未来は大きな変貌を遂げるでしょう。
同時にEBMやEBPMも進展し、企業や行政の意思決定の質の向上が期待されます。それはエビデンスの適切な活用とエビデンスを残すことによるリスク回避を丁寧かつ慎重に取り扱う限りにおいて可能となります。






株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。