ブランドらしさをどう再現?スターバックスが追求する「さりげないテクノロジー」

ブランドらしさをどう再現?スターバックスが追求する「さりげないテクノロジー」

2017年にはロイヤルティプログラムの「Starbucks Rewards」を開始。2019年には一部の店舗から、モバイルオーダー&ペイのサービスを開始するなど、店舗でのブランド体験をデジタルの世界へと拡張し、顧客にとって新たな体験価値を提供すべく、DXの取り組みを進めてきたスターバックス コーヒー ジャパン。同社で、顧客起点のデジタル戦略の企画から実装までを担ってきたのが、濱野努氏だ。“スタバらしさ”を体現する、デジタル体験はいかにして設計されているのか。ヴァリューズの岩村大輝が話を聞いた。


(左)スターバックス コーヒー ジャパン Chief Digital Technology Officer 濱野 努 氏  (右)ヴァリューズ ゼネラルマネジャー 岩村 大輝 氏

(左)スターバックス コーヒー ジャパン
Chief Digital Technology Officer
濱野 努 氏

(右)ヴァリューズ
ゼネラルマネジャー
岩村 大輝

多様化する顧客ニーズを捉える「顧客起点」のデジタル体験

岩村:スターバックスさんといえば、店舗での心温まる接客やホスピタリティなど、「リアルな体験」がブランド価値の核として広く浸透しています。近年、消費者の来店行動やデジタルへのシフトが顕著になる中で、顧客がスターバックスに期待することにはどのような変化が起きているのでしょうか。

濱野:顕著な動きとしては、お客さまのモバイルオーダー&ペイのご利用をはじめ、デジタルシフトが起きていることが挙げられます。これまでは店頭のレジ前でお客さまと対面し、オーダーをいただくのがメインストリームの店舗体験でしたが、現在はモバイルオーダーやデリバリー、さらには一部の店舗でセルフオーダーのテスト運用を始めるなど、デジタルを介したオーダー体験を好まれるお客さまが増えています。

お客さまのニーズは多岐にわたるため、かつ細分化しています。例えば、オフィスへ向かう途中で1分1秒でも早くコーヒーを受け取りたいという方もいれば、言語の壁から店頭での注文にハードルを感じているインバウンドのお客さまもいらっしゃる。だからこそ画一的ではない細かいニーズに対して、デジタルが一定のサポートを提供することで、より快適な店舗体験を提供できると考えています。

岩村:顧客一人ひとりのその時々の意図を捉えるために、デジタル上でのデータ活用やパーソナライズはどのように設計されているのですか。

濱野:現在、ロイヤルティプログラムの「Starbucks Rewards」の会員数は約2000万人に達しています。この大規模な顧客基盤を背景に、デジタル戦略本部の中にあるデータアナリティクス部のデータサイエンティストたちが、統計的なアプローチでビッグデータを分析し、科学的なマーケティングを実践しています。

例えば、会員の方を対象とした「Bonus Star」キャンペーンでは、お客さまの来店頻度や好みの商品に応じて条件設定をパーソナライズしています。普段から非常によく来店される方と、そうでない方とでは、条件や特典を変えるなど、それぞれのお客さまにとって、手の届きやすい敷居に設定できるよう、きめ細かくコントロールし、PDCAを回しながらお客さま満足の最大化を図っています。

岩村:膨大な顧客データがあるからこそ、パーソナライズされた適切な体験が戻ってくるわけですね。データ活用というと、どうしても効率化や売上向上といった側面が注目されがちですが、スターバックスさんの場合は、それだけではないのですね。

濱野:もちろん売上や利用促進は重要ですが、それだけではありません。私たちが大切にしているのは、お客さまに少しワクワクしていただいたり、気持ちが前向きになったりするような体験をどうつくるかということです。社内では「Surprise & Delight」という言葉をよく使うのですが、デジタル上でも、そうした体験をいかに実現するかを常に意識しています。

例えば、Starbucks Rewardsやキャンペーン設計においても、単に来店を促すだけではなく、お客さまが「ちょっと嬉しい」「また利用したい」と感じられる体験になっているかを重視しています。データやテクノロジーは、そのための手段のひとつにすぎません。

岩村:効率化のためだけのデジタルではなく、お客さまをワクワクさせるためのデジタルという考え方ですね。

濱野:そうですね。テクノロジーそのものではなく、お客さまがどう感じるかが大切です。だからこそ、データ分析やパーソナライズも、お客さまにとって自然で心地よい体験につながるよう設計しています。

目指すのは「無機質さの排除」 AI時代も貫く“スタバらしさ”

岩村:テクノロジーがさらに進化し、昨今ではAIの活用も各所で叫ばれています。スターバックスが今後デジタルやAIを活用していく中で、どのような未来の顧客体験を構想されていますか。

濱野:まず大前提として、テクノロジーを使うことやAIを使うこと自体を目的にしたくない、という強い想いがあります。いかにも「AIが裏で動いて提案しています」といった、テクノロジーの存在感が前面に出すぎることで、お客さまに無機質感覚を与えることは避けたいと考えています。

目指しているのは、お客さまがアプリを使っていて「なんだか自分にフィットしているな」「さりげなく自分に合っている提案がされているな」と感じられる、スムーズで自然な心地よい体験の提案です。店頭でお客さまの様子を察したパートナーが、「これ、おすすめですよ」とさりげなく声をかける――あのスターバックスならではの情緒的なコミュニケーションを、デジタルあるいはAIの力を使って後ろ側でどう再現できるか、という挑戦です。

岩村:「テクノロジーを前面に出さず、後ろに隠してさりげなく機能させる」というのは、まさにブランドの誠実さを体現するUI・UX設計ですね。こうした「スターバックスらしさ」へのこだわりは、組織全体にどのように浸透しているのでしょうか。

濱野:根幹にあるのは、グローバルで統一されている「Our Mission, Promises and Values」の存在です。日本にそれらを導入する際も、半年ほどかけてサポートセンターや店舗のメンバーが何人も集まってプロジェクトを組み、「この言葉の真意は何か」を徹底的にディスカッションして、誠実な日本語の言葉を紡ぎ出しました。

入社時には店舗のパートナーも長い時間をかけてこれらを深く学習します。自分たちがお客さまと接するときに、このバリューに沿ってどのように体験を提供するのかを一人ひとりのパートナーが考え抜いているのです。

こうしたミッションやバリューの軸があるからこそ、デジタルという新しいチャネルにおいてもブレずに、「お客さまにどう過ごしていただきたいか」という顧客体験価値を最優先にした設計ができるのだと思います。

※この内容は『宣伝会議』2026年9月号で掲載されたものです

\Googleでマナミナをフォロー!/

この記事のライター

マナミナは" まなべるみんなのデータマーケティング・マガジン "。
市場の動向や消費者の気持ちをデータを調査して伝えます。

編集部は、メディア出身者やデータ分析プロジェクト経験者、マーケティングコンサルタント、広告代理店出身者まで、様々なバックグラウンドのメンバーが集まりました。イメージは「仲の良いパートナー会社の人」。難しいことも簡単に、「みんながまなべる」メディアをめざして、日々情報を発信しています。

関連する投稿


データと感性の「橋渡し」が顧客起点のDXを加速させる 花王のDXがブレない理由

データと感性の「橋渡し」が顧客起点のDXを加速させる 花王のDXがブレない理由

デジタル化の進展により膨大なデータが得られるようになった現代。しかし、高度なデータ分析が必ずしも顧客理解やビジネスの成果に直結するとは限らない。データ活用のROIに多くの企業が苦悩する中、花王はなぜ「顧客起点」の軸をブレさせずにデジタル変革を推進できるのか。30年にわたりシステム開発とマーケティングの現場の融合に挑んできた同社の佐藤満紀氏に、ヴァリューズ ゼネラルマネジャーの岩村大輝が聞いた。


直感を「勝てる戦略仮説」へ翻訳する。積水ハウス イノコム流・理論×実践ツール活用法

直感を「勝てる戦略仮説」へ翻訳する。積水ハウス イノコム流・理論×実践ツール活用法

積水ハウス イノベーション&コミュニケーション株式会社の日ノ澤恵莉氏と株式会社ヴァリューズ取締役副社長・後藤賢治が対談。日ノ澤氏が提唱する5Sフレームワークとその実践について語り合いました。


ポストコロナの若者像とは。東大生3人のリアルボイス|Z世代インタビュー

ポストコロナの若者像とは。東大生3人のリアルボイス|Z世代インタビュー

2020〜2022年のコロナ禍に高校生だった世代が、大学を卒業し、いよいよ新卒としてビジネスの世界に入ってきます。学生時代に大きな環境の変化を経験した彼らは、あの特別な日々を経て、現在どのような価値観を抱いているのでしょうか。今回は、彼らの視点から「ポストコロナの今」を紐解くため、東大生3名に等身大のインタビューを行いました。


仮説を数字で可視化する。亀田製菓D2CチームのDockpit活用法

仮説を数字で可視化する。亀田製菓D2CチームのDockpit活用法

1946年に新潟で水飴製造から始まり、現在は米菓を中心とした食品の製造・販売を行っている亀田製菓。「亀田の柿の種」「ハッピーターン」など米菓業界において国内トップシェアを持つ国内最大の米菓メーカーです。2021年からWeb行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」も活用し、EC販売や競合分析、ブランド価値の向上などに力を入れる同社。Dockpit導入後にマーケティングはどう変化したのか、マーケティング戦略部の米川大佑氏に伺いました。


約8割の自治体が「紙や電話」に逆戻り?DXツール定着を阻む壁とは【rakumo調査】

約8割の自治体が「紙や電話」に逆戻り?DXツール定着を阻む壁とは【rakumo調査】

rakumo株式会社は、庁内ツール(グループウェア・ワークフロー等)を導入済みの自治体において、DX推進や情報システム管理、ツールの導入・運用・活用に責任者または担当者として携わっている方を対象に、自治体DXにおける庁内ツールの活用・定着に関する実態調査を実施し、結果を公開しました。


ページトップへ