データと感性の「橋渡し」が顧客起点のDXを加速させる 花王のDXがブレない理由

データと感性の「橋渡し」が顧客起点のDXを加速させる 花王のDXがブレない理由

デジタル化の進展により膨大なデータが得られるようになった現代。しかし、高度なデータ分析が必ずしも顧客理解やビジネスの成果に直結するとは限らない。データ活用のROIに多くの企業が苦悩する中、花王はなぜ「顧客起点」の軸をブレさせずにデジタル変革を推進できるのか。30年にわたりシステム開発とマーケティングの現場の融合に挑んできた同社の佐藤満紀氏に、ヴァリューズ ゼネラルマネジャーの岩村大輝が聞いた。


(左)花王 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 佐藤 満紀 氏 (右)ヴァリューズ ゼネラルマネジャー 岩村 大輝

(左)花王 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 佐藤 満紀 氏
(右)ヴァリューズ ゼネラルマネジャー 岩村 大輝

30年のキャリアが証明した「現場」と「システム」の融合

佐藤:私の花王でのキャリアは、1990年の入社以来、一貫してシステム開発とデータ活用にあります。初期は生産・販売・物流という基幹業務をシステム側から学び、96年には当時500億円規模の宣伝予算を管理する広告宣伝業務システムの刷新に携わりました。

岩村:佐藤さんはシステム部門の出自でありながら、早くからマーケティングの現場にも深く入り込まれていましたね。

佐藤:転機は2004年、マーケティングにデータドリブンな意思決定を導入する少数精鋭のプロジェクトに、情報システム部門から唯一、送り込まれたことです。そのプロジェクトでは物理学や数理統計の専門家、コンサルタント経験者らと共に、広告宣伝費がどう売上に寄与しているのかをきっかけに、客観的な個々のマーケティング活動の最適解を導き出すために心血を注ぎました。

岩村:その頃はまだ、ビッグデータという言葉すら世になかった時代ですね。

佐藤:はい。心血は注いだものの当時の大きな反省点としては、我々が精緻な分析報告書を書き上げる一方で、現場が置き去りになっていたことがありました。データは正しい。しかし、現場がそのデータを持って「どう動くか」という視点が欠けていたのです。この時の教訓が、今の「現場の文脈に合わせたデータ活用」という私の信念につながっています。

岩村:2010年代半ばからデジタル化が急速に進展しましたが、顧客の変化をどう捉えていますか。

佐藤:「変化している部分」と「変化していない部分」を明確に分けるべきと考えます。大きく変化しているのは、SNSやECのレビュー、動画といった生活者とのタッチポイントです。一方で、「より快適に、安心して過ごしたい」というお客さまのインサイトは変わらずにあります

岩村:確かに、タッチポイントは大きく変化していますが、生活者のインサイトはやはり変わらないですよね。その「変わらない本質」をつかむのがいわば「顧客理解」になると思いますが、そのためのデータが断片的になっていることによって、なかなか顧客理解は難しいというのも事実ですよね。

佐藤:その通りです。デジタル化でデータは溢れていますが、一人の顧客の行動を完璧に捉えることは不可能です。だからこそ、ヴァリューズさんのようなソリューションを使い、Web行動ログなどの断片から「顧客が今、何を考え、どう動こうとしているのか」というドラマを推察していく。データは答えではなく、顧客を理解するための“きっかけ”にすぎないのです。

DXの迷子にならない「顧客起点」の花王の文化

岩村:多くの企業から「DXをどう進めていいか分からない」「ツールを入れたものの目的を見失っている」といった、“DX迷子”に陥っている声を非常によく耳にします。その中で、花王さんが常に軸をぶらさずにデジタルの取り組みを推進できている理由はどこにあるのでしょうか。私が普段、花王の皆さまと接して感じるのは、組織全体に「顧客のことが分からないのは、朝起きて歯を磨かないのと同じくらい気持ち悪い」という感覚が文化として根づいている点です。つまり、「顧客を深く理解したい」という強烈な目的意識が前提にあるからこそ、DXを単なる効率化の道具ではなく、その目的を達成するための強力な「手段」として迷いなく使いこなせているのではないでしょうか。

佐藤:それは光栄ですね。花王には「生活者・顧客を最も知る企業」というグローバル共通の理念が脈々と流れています。DXは手段であり、目的はあくまで顧客満足の最大化。この軸がぶれないことが大きいのかもしれません。

岩村:多くの企業は新しいデジタル施策を始める際、まず「データ活用のROI」という数字を先に問いますが、花王さんは「それは顧客理解のために本当に必要なのか」を先に問う。この姿勢の差が、施策の深さや生み出される価値の差に出てくるのだと思います。

マーケターに求められる「CQ(知的好奇心)」

岩村:今後、AIの進化によってマーケティングはどう変わっていくでしょうか。

佐藤:AIやデータ分析が民主化されれば、各社が導き出す正解は似通ってきます。そうなると、データに基づいた“金太郎飴”のような戦略ばかりが並ぶことになる。そこから一歩抜け出すために必要なのが、データやAIを取り入れたビジネスやマーケティングを設計する「デザイン力」と、それを技術で実現する「アーキテクト(建築家)」の視点です。

岩村:技術を理解しつつ、現場と共通言語で話せる「トランスレーター(橋渡し役)」の存在がますます重要になりますね。

佐藤:そして、何より欠かせないのが「CQ(Curiosity Quotient:知的好奇心)」です。IQ(知能指数)も大事ですが、変化の激しい時代には「なぜだろう?」「やってみよう」という好奇心が最大の競争源泉になります。私自身、44歳で統計検定、50歳を過ぎてからデータサイエンティスト検定やG検定(AIの検定)に挑戦しましたが、それは「世の中の基準で自分はどの位置にいるのか」を知りたいという好奇心からでした。

岩村:佐藤さんのように、まずは手が届く範囲から新しい技術を面白がって触ってみる。その「浅く広い経験」の積み重ねが、結果として専門性を超えた「総合力」に繋がっていくのですね。

佐藤:データを見れば見るほど、過去の延長線上の判断になりがちです。しかし、新しい顧客や価値を創るのは、データだけでは読み切れない「人間の意思」です。テクノロジーを使いこなしながらも、最後は「人がどう暮らしたいのか」という本質に立ち返る。そんな柔軟なマーケターがこれからの時代をつくっていくのだと信じています。

※この内容は『宣伝会議』2026年8月号で掲載されたものです

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この記事のライター

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