2020年初頭からの新型コロナウイルス感染拡大防止措置として、政府より度々発令される「緊急事態宣言」は人々の暮らしに未曾有の変化を与えています。
「新しい生活様式」や「3密の回避」といった標語も叫ばれて久しいですが、社会に対して与えた最たる影響は"人々の移動に対する自粛要請"です。外出や観光に対する警鐘が大きくなるにつれ、観光・演芸といった娯楽や、外食産業、そして移動そのものを支える交通機関も経済的な逆境に立たされている最中です。
今回は、そういったコロナ禍の人々の移動に焦点を当て、緊急事態宣言の前後で起きた移動手段の変化について分析をしていきます。ヴァリューズの市場調査ツールである「Dockpit」と「eMark+」を用い、主要なモビリティ分野に関するマーケットの今昔を探っていきます。
電車乗り換え案内アプリのユーザー数から見る緊急事態宣言の影響
まずは、コロナ禍および緊急事態宣言が人々の移動にどのような影響を与えているのか、簡明なデータから見ていきましょう。以下のグラフはeMark+で抽出した、電車など交通機関の乗り換え案内アプリを使うユーザー数のデータです。
「eMark+」で「Google マップ」「Yahoo!乗換案内」「ナビタイム」の3アプリのユーザー数を集計
期間:2019年4月〜2021年3月
デバイス: スマートフォン
グラフから、感染拡大が本格化し、第1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月~5月にかけて、各アプリのユーザー数が激減したことが見て取れます。その後、どのアプリでもユーザー数はおしなべて減ってしまったまま推移しています。
ただし、特に「Google マップ」のグラフでは非常に顕著に確認できますが、2020年秋ごろには3つのアプリそれぞれでユーザー数が一時的に復調する動きを見せているのも特徴的です。
これには、秋の行楽シーズンで外出する人が増えたことや、「Go To トラベルキャンペーン」が大々的に打ち出されていたことなどが影響していると推察されます。
飛行機に新幹線…コロナ禍の長距離交通手段の状況
続いて、長距離の移動に利用される交通手段についても現状を見ていきます。Dockpitを用いて、主要な長距離移動手段である「飛行機」「新幹線」の2キーワードを検索するユーザー数の推移データを抽出します。
「Docpit」で「飛行機」「新幹線」の2キーワードのユーザー数を集計
期間:2019年4月〜2021年3月
デバイス: PC・スマートフォン
飛行機、新幹線の双方のキーワードともに、緊急事態宣言発令直後の2020年4月から検索数が激減している様子です。
特に状況が芳しくないのが「飛行機」のキーワードで、ここ1年の検索回数は減ってしまったまま低く推移していることがわかります。航空各社の業績不振が度々メディアで取り上げられる現状から察するに、飛行機を利用した遠路の移動を忌避するユーザーが多い、というのが現状であると言えます。
なお、「新幹線」の検索数は前項で触れた乗り換えアプリのユーザー数同様に、昨年秋ごろに一時回復する動きを見せており、ここにもやはり「Go To トラベル」等の影響があったと思われます。その後、第三次感染拡大が起きた2021年冒頭に検索数が落ち込むも、ここ数か月で再び数値が伸びてきている様子です。
■近距離移動手段の利用ユーザー数では明暗が分かれる
長距離移動の交通手段は落ち込みが大きいですが、近場の移動を支える交通手段の状況はどうなのでしょうか。
今度は、「電車」「タクシー」「レンタカー」の3語に関して、Dockpitから検索ユーザー数の推移データを抽出してみます。
「Docpit」で「電車」「タクシー」「レンタカー」の3キーワードのユーザー数を集計
期間:2019年4月〜2021年3月
デバイス: PC・スマートフォン
上記グラフから、やはり3つの交通手段のすべてで、2020年4月~初夏までの数値の落ち込みが確認できます。
乗り換えアプリのデータにもあった「電車」や「タクシー」については、2019年の平均的な検索回数の半分ほどまで落ち込み、大きく回復すること無く1年が経過しようとしている様子です。
一方、「電車」「タクシー」とは異なり「レンタカー」は初夏から晩秋ごろまで検索数が回復し、一時、緊急事態宣言発令前の2019年水準まで戻っていたことが見て取れます。第三次感染拡大が起きた2020年末には再び落ち込むも、引越し需要期でレンタカー利用が増える2月・3月にかけては検索数が伸びてきていることもわかります。
このように、短距離~中距離の移動手段においては、その動向に明暗が分かれる結果となっています。推論にはなりますが、「電車」「タクシー」が落ち込んだままで「レンタカー」は復調を見せているのは、"移動において他人との接触があるか否か"という点に対する人々の心理も影響していそうです。
不特定多数の人が乗り合う電車は感染リスクも大きいですし、タクシーについても運転手との接触が起きてしまいます。 また、そもそもタクシーを利用する人の動線には、電車使いの人が終電を逃すなどのやむを得ない事情で、代替的に利用するというシーンも多かったのではないかと思います。
これに対し、家族や友人といった見知った間柄と乗車し、車移動で密集地を避けられるレンタカーは、電車やタクシーよりも感染リスクに対しての警戒が緩む心理があるのかもしれません。
なお、ヴァリューズが行った「電車の使用頻度」についてのアンケート調査からも、利用回数が減っている傾向は顕著に表れていました。
「毎日電車を利用する」という回答は2019年6月から2021年1月にかけて約半数に減少、「週に5~6日利用する」という回答も17%ほど減っています。
一方、「週に3~4日利用」「週に1~2日利用」という回答は伸びていることから、週の半分ほどは電車で出勤し、残りは在宅ワークを行うといった日常を送っている人が増えていそうです。
■3密回避で追い風を受けるカーシェアリング分野
ここまで緊急事態宣言が与えた交通機関へのマイナス影響を見てきましたが、一方で「カーシェアリング」の分野はここ1年で利用者の高まりを見せています。マナミナでは、昨年8月に「withコロナでカーシェアサービスに新たなニーズ?カーシェア業界Webサイトの最新動向を調査」 という記事を公開しています。
上記の記事から以後、およそ1年のカーシェア市場はどうなっているでしょうか。
Dockpitによって、「タイムズカー」と「カレコ」のカーシェア業界の2サービスのサイト訪問者数を見てみます。
「Dockpit」で「タイムズ」「カレコ」のサイト流入数を集計
期間:2019年4月〜2021年3月
デバイス: PC・スマートフォン
どちらのサイトも、1回目の緊急事態宣言が明けた2020年5月以降、サイト訪問ユーザーが伸びている様子が窺えます。顕著なのは「カレコ」で、2020年初頭までは月間10万人ほどだったユーザー数が、この1年は70万人以上まで大きく伸びている様子です。
カレコを運営する三井不動産リアルティのアンケート結果によると、2020年4月以降のカーシェアサービス入会者の20%弱が「新型コロナウイルス感染予防のために公共交通機関の利用を控えるため」という動機であったと報じています。これは前述した電車移動などを避けるために、カーシェアの利用を検討しているユーザーが増えていることを示唆します。
なお、マイカー所持以外の自動車利用の選択肢は年々広がりを見せており、カーシェアリング以外にも「カーリース」「サブスクリプション」といったサービスが存在しています。それぞれの検索数についてもDockpitでデータを抽出してみましょう。
「Docpit」で「車 サブスク」「カーシェア」「カーリース」の3キーワードのユーザー数を集計
期間:2019年4月〜2021年3月
デバイス: PC・スマートフォン
上記グラフを見ると、「カーシェア」の検索数の増加に対し、「カーリース」や「車 サブスク」といったキーワードの伸びはそれほど顕著ではありません。3つの利用形態の伸びに差異があるのは、前述のカレコのアンケートにもあった「公共交通機関の利用を避ける」という点が重要なポイントのようです。
例えばカーリースやサブスクリプションモデルの場合、自動車本体の購入には至りませんが、普段使いする燃料費や駐車場の費用を契約者が負担しなければなりません。片や、カーシェアは利用したい際に近場のステーションから車を持ち出し、燃料の給油なども必要なく返却することが可能であるという大きな違いがあります。
すなわち、あくまで「公共交通機関の利用を避ける」という"一時的な代替手段"として車通勤などを検討する人にとっては、カーリース等よりもカーシェアのほうが適している、ということになります。
「自動車を手に入れたい」「車を使って移動したい」という欲求が大きいというよりはむしろ、人々の関心の主体は感染予防であるということかもしれません。
まとめ
今回は新型コロナウイルスの蔓延と、緊急事態宣言の与えた人々の移動・交通手段への影響について調査しました。コロナ禍は移動という概念に大きな影響を及ぼし、これまで交通系インフラを支えてきた各種機関や、モビリティ産業にも変革の時が訪れています。本調査でも浮き彫りになりましたが、人々の「感染したくない」「他人に接触したくない」という強い心情に適した利用環境を用意できなければ、現状の苦境を脱する機会は生まれないでしょう。
また、カーシェア躍進の事例でもお伝えした通り、市場動向を捉えるキーワードとなるのは「元の移動手段の代替」という観点です。電車で通勤していた人が車を利用する・自転車を利用する、といったように、afterコロナを見越して代替案を選択している消費者が一定数いることを捉え、安価かつスムーズな利用ができる移動サービスや製品が提供されれば市場に受け入れられていくと感じました。
既存の仕組みに捉われずに柔軟な思考で消費者の思惑を読み取り、自社サービス・製品を時節に合わせてカスタマイズさせていくことが重要でしょう。
本調査が、皆さんのマーケティング業務や市場調査などに役立ちますと光栄です。
【調査概要】
・全国のモニター会員の協力により、ネット行動ログとユーザー属性情報にもとづき分析
・行動ログ分析対象期間:2019年4月〜2021年3月の検索流入データ
※ボリュームはヴァリューズ保有モニターでの出現率を基に、国内ネット人口に則して推測
※対象デバイス:PC・スマートフォンの両デバイス
国内大手の採用メディア制作部を経てフリーライターとして独立。現在はWebマーケティング、就職・転職、エンタメ(ゲーム・アニメ・書籍)等の各種メディアにて記事制作を担当。「マナミナ」では一人でも多くの読者に楽しく読んでもらえるマーケティングコンテンツを提供していきます。