2025年4月9日、アメリカのドナルド・トランプ大統領が推進する「相互関税」が全面的に始まりました。この政策は世界経済に大きな影響を与えており、米国へ品々を輸出する国に対して基本税率10%を課し、貿易黒字が大きい約60カ国・地域にはさらに上乗せ関税が適用されます。(この後、トランプ政権が相互関税の90日間停止を表明。ただし、中国を除く。)
例えば、(2025年4月9日時点)日本には24%、中国には累計104%という非常に高い税率が設定されています。特に中国との貿易摩擦が強まり、東南アジア諸国連合(ASEAN)への高い関税も注目されています。
これにより諸外国の間では緊張や混乱が広がっていますが、この政策の政治的背景や狙いはどこにあるのでしょうか。そして、グローバルマーケティングにどのような影響を与えるのでしょう。今回は、これらを論理的かつ専門的に分析し、分かりやすく解説します。
トランプ相互関税の政治的背景
トランプ相互関税が導入された背景には、いくつかの重要な政治的要因があります。まず、アメリカ・ファーストです。トランプ政権はこれまでずっとアメリカ・ファーストを掲げてきました。2010年代後半の第1期政権でも、中国への追加関税やNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を通じて、国内産業を守る姿勢を示してきました。2025年の相互関税は、この考え方をさらに強めたもので、輸入品に高い関税をかけることで国内生産を増やし、雇用を生み出そうとしています。
また、対中戦略と地政学的緊張があります。中国に104%(2025年4月9日時点)という高い関税が課されたのは、経済的な理由だけでなく、地政学的な対抗策でもあります。中国は米国の重要な貿易相手国であると同時に、技術や軍事での影響力を拡大しており、米中間の対立は「新冷戦」とも呼ばれています。トランプ政権は関税を使って中国の経済成長を抑え、特にハイテク産業やサプライチェーンでの依存を減らそうとしています。これにより、米国企業に中国からの撤退や生産拠点の分散を促す政治的な圧力が生まれています。
さらに、国際貿易秩序への挑戦です。トランプ氏は、第2次世界大戦後に築かれた自由貿易の国際秩序(GATTやWTO体制)に批判的です。相互関税は、多国間協定よりも二国間交渉を重視し、米国の利益を最大化する「力の外交」を示しています。ASEANへの高い関税には、中国とのつながりを弱め、米国に近づけようとする意図もあると考えられます。
トランプ相互関税の政治的狙い
この政策には、短期的・長期的な政治的狙いがあります。まず、短期的な国内支持基盤の強化です。トランプ氏はブルーカラー層や製造業地域の支持を受けて再選しました。相互関税は、そうした支持層に「外国からの搾取を終わらせ、アメリカの労働者を守る」というメッセージを強く伝える手段です。ホワイトハウスが公開した動画では、トランプ氏が「外国のハイエナを打ち負かす英雄」として描かれ、支持者から喝采を受けています。国内向けのパフォーマンスとしての役割が大きいです。
また、長期的な貿易構造の再編です。トランプ政権は、関税を交渉の「カード」にして、各国との貿易条件を見直そうとしています。例えば、日本やEUには関税率の引き下げを条件に新たな貿易協定を求める可能性があります。一方で、中国に対しては経済的な切り離しを進め、米国のサプライチェーンをアジアや中南米にシフトさせる長期的な戦略が見えます。
さらに、グローバルな影響力の再確立です。米国は関税政策を通じて、自国の市場アクセスの価値を再認識させ、他国に譲歩を迫る力を保とうとしています。ASEANへの高関税は、中国との経済的な結びつきを弱め、米国主導の経済圏に引き込む狙いもあるでしょう。これによって、グローバルなパワーバランスを米国有利に変えようとする意図が想像できます。

グローバルマーケティングへの具体的な影響
では、そのグローバルマーケティングへの影響は如何なるものでしょうか。まず、コスト構造と価格戦略の変容です。当然ですが、関税で輸入コストが上がると、企業の価格戦略に直接影響が生じます。
例えば、中国から米国に輸出される製品は104%の関税(2025年4月9日時点)で大幅に値上がりし、競争力が落ちてしまいます。企業は現地生産に切り替えるか、値上げで利益を維持するかを迫られますが、いずれにしても消費者価格に影響が出るでしょう。ASEAN諸国でも同じように、米国向け輸出品のコストが増え、低価格を強みとするブランドは戦略を見直す必要が出てきます。
また、サプライチェーンの再構築と地域戦略です。関税による貿易障壁の高まりは、グローバルサプライチェーンの見直しを加速させます。中国への依存を避けるため、企業は生産拠点をベトナム、インド、メキシコなどに移す動きを強めるでしょう。その結果、地域ごとのマーケティング戦略がより重要になります。例えば、米国市場向けには「Made in USA」を強調したブランド訴求が効果的で、中国市場向けには現地生産品を使ったコスト競争力が求められます。ただ、地域ごとの違いが強まると、グローバルブランドの統一性が崩れるリスクもあります。
次に、消費者行動とブランドイメージへの影響です。関税による価格上昇は、消費者の購買行動を変える可能性があります。特に米国では、輸入品が高くなる一方で国産品への需要が増えるかもしれません。そのため、グローバル企業は「ローカル志向」を取り入れたマーケティングが必要になります。
例えば、日系企業は米国での現地生産をアピールしつつ、日本ブランドの高品質イメージを保つバランスが求められます。一方、中国企業は米国市場でのイメージ低下を防ぐため、第三国経由の輸出や新興市場へのシフトを考えるでしょう。
最後に、デジタルマーケティングと代替市場の開拓です。物理的な貿易障壁が高まる中、デジタルマーケティングの重要性が増しています。関税の影響を受けにくいデジタル商品やサービス(ソフトウェアやコンテンツ配信など)は、新たな収益源になりそうです。
また、米国市場への依存を減らすため、アフリカや中東などの代替市場を開拓する動きも加速します。これらの市場では、現地の文化や購買力に合わせたデジタル広告やSNS戦略が鍵となり、グローバル企業には柔軟な対応力が求められます。

まとめ
トランプ相互関税は、米国の一国主義的な政治的背景と、中国への対抗や貿易構造の再編という明確な狙いを持った政策です。その結果、中国との貿易摩擦が強まり、ASEAN諸国にも高い関税が課されるなど、諸外国に緊張と混乱をもたらしています。
グローバルマーケティングでは、コスト増やサプライチェーンの変化、消費者行動への対応が急務となり、企業は地域特化やデジタル化を軸に戦略を見直す必要があります。
この政策が長期的にどんな成果を上げるかはまだ分かりませんが、世界経済とマーケティングの形を大きく変えるきっかけになることは確かです。
国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師
セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。