1.調査会社の比較表とは
■概要
調査会社の比較表とは、リサーチ業務の発注先となる調査会社を選定する時の確認事項・判定要件をチェックリスト化したアウトプットです。(※この名称は私独自の呼び方です)
本図を作成することにより、調査の稟議や決裁において担当者から決裁者に至るまでの論点をすり合わせ、組織と案件にとって最適な調査会社の選定・判定を行うことができます。
この機能性により、リサーチを管掌する部門を中心に組織内のケイパビリティ(スキルセット)を意識し、調査の経費を使用して強化する領域や技能を見極めるようになります。
※なお、本稿のメインテーマである「調査会社」という言葉は、ユーザーリサーチの調査サービスを提供している、マーケティングリサーチ会社・UXリサーチやUXデザインの支援会社を念頭に置いています。幅広い表現ではありますが予めご承知おきください。
■構成要素
調査会社の比較表の構成要素は以下のようになります。
1.得意分野
・調査会社の特徴や実績
2.スピード
・調査会社のキャパシティや希望スケジュールとの合致
3.コスト感
・調査会社の費用と当社の予算感
4.実査品質
・インタビューやアンケートの実施における計画・実行の精度
5.分析品質
・インタビューやアンケートの実施における分析・示唆の精度
6.納品要件
・成果物の形状や取り扱い方
7.取引要件
・契約形態や取引実績など
8.担当所感
・商談時の印象や総合的な案件適性など
※実査品質・分析品質は実際に発注して仕事をともに行なってみないとわからないことも多いため、できるだけ事前に評判などを収集しておき、事後にはきちんと発注の成果を振り返ること。
■このアウトプットの導入が向いているケース
「どの調査会社がこの案件に適しているのか?」
⇒この質問に一枚で答えるためのアウトプット
①知名度と費用以外に選択の判断基準が無いケース
調査の発注先について、「知名度と費用以外の判断基準が無い」という状況は特に中小の事業会社に多いです。私も、「◯◯という会社の名前をよく聞きます。そこがいいですか?頼むといくらくらいですか?」という形でよく質問を受けます。
調査会社との商談を経てみても、「どのような調査ニーズにもお答えできます」という説明を受けて、結局、特徴がつかめず知名度と費用の話に戻ってしまうことも。一般的には発注機会がある程度限られる仕事なので実態がわかりません。
この例は直接的には新任の調査担当者における話ですが、実は「どの調査会社が良いのか?」という議論は組織としてずっと向き合うことになります。調査の発注を重ねていても、新しい調査領域やテーマのたびに見直す機会が訪れるからです。
②発注趣旨が作業労働のアウトソースにあるケース
調査予算が計上されている会社では、プロジェクトの担当者がディレクターとして調査業務を発注し、母体業務を推進する仕事スタイルも多く見られます。企画や実行が主務の仕事では専門工程をアウトソースするのは合理的な進め方です。
しかしこのケースで担当者が自身の作業労働の代替要員として発注をしていると(丸投げにしていると)、専門的な支援を受けているのに調査の技術や内容についてはよくわからない、という状況が起きます。(特に実査や分析の工程で)
発注とは本来、依頼する業務の全容やコツがおおよそわかっていて初めてオリエンや検収業務が成り立つもの。仮に調査予算があって発注できる環境だとしても、定期的に振り返りや創意工夫をしていないと自身と組織の成長はありません。
2.作り方
①評価軸を揃えて3社間比較を行う
・3社程度を目安にして情報収集をする
・情報収集は、サービスサイト・商談・提案書・見積書・人づての評判などから行う
・各項目の評価は、印(◎○△など)とコメント(良い・高いなど)を記入する
②真に期待できる領域を見抜く
・商談内容や代表実績から得意とする領域を特定する
・発注はできるだけ得意領域に対して行うようにする
<検討のヒント>
・得意とする調査手法は何か(サービスメニュー・人材構成・研究実績などの情報から)
・得意とする調査テーマは何か(サービスメニュー・人材構成・研究実績などの情報から)
・得意とする調査サービスのシステムはあるか(集計ツール・データ管理など)
・社内の人材ケイパビリティ(能力)とは補完関係があるか
③時期が計画と合うか吟味する
・着手までの対応期間が適切かを考える
・報告までの対応期間が適切かを考える
・発注先の基本的な対応キャパシティを把握する
<検討のヒント>
・案件の希望スケジュールと合うか
・調査実施までは適切な期間か
・連絡対応は早い(ちょうどよい)か
・書類や提案の準備対応は早い(ちょうどよい)か
・連絡手段にストレスは無いか(メール・電話・グループウェアなど)
④継続効果や拡張性も考慮する
・継続発注による費用や情報のメリットを考える
・事業や会社のスケールに合った発注先を考える
<検討のヒント>
・案件の予算と合っているか
・相見積もりで他社よりも高いか低いか
・予算に合わせた見積り項目の調整も可能か
⑤実査品質は実績や評判で判断
・定量調査は回収目標・過去実績を基準に考える
・定性調査は業界理解・仕様理解を基準に考える
<検討のヒント>
・案件で希望する調査対象者を適切な条件と数で確保できるか(アンケートの希望回収数、インタビューの協力者数など)
・調査票作成時の提案精度は高いか(案件特性に合った質問や選択肢の提示、時勢や状況に合った設計方法への意見など)
・アンケートの回答内容は信頼できるか(自由回答の内容など)
・モデレーターの進行技量は確かであるか(状況に合わせた深堀りができるかなど)
⑥分析品質は成果物情報で判断
・事前段階は想定成果物イメージから読み取る
・実施後の活用段階にどの程度関わってもらうかを考える
<検討のヒント>
・報告書や成果物の構成は希望イメージと合うか
・市場理解や顧客理解は深いか
・調査結果から示唆やアイデアまで提示してもらえるか(そこも求めるかどうか)
・専門的な技法を用いる際に、自社の知識レベルに合わせて解説してもらえるか
⑦使途から納品形式を規定する
・ファイルの種類や容量の規定をすり合わせる
・データの使用範囲の制限などを確認しておく
<検討のヒント>
・納品形式は希望と合うか(ファイルの種類・スライドの縦横比・データ容量など)
・使用する範囲に制限はないか(データの編集権限・公開時のクレジット掲載など)
⑧契約条件や各種実績等を吟味
・業務委託における請負・準委任などの契約形態の適性を法務部と確認する
・過去取引実績があればその時の評価も参照する
<検討のヒント>
・契約形態は希望と合うか(請負・準委任など)
・知名度はあるか(社内で気にする場合)
・上場しているか(客観的な期待品質の判断材料)
・業界団体に加盟しているか(客観的な期待品質の判断材料)
・代表的な取引実績(客観的な期待品質の判断材料)
・自社での過去取引実績での評判はどうか
3.使い方
①組織と案件に合った取引先選定の判断材料用に
本図を使うと、発注の観点や論点が整理され、決裁時の議論が深まります。費用と予算が合うかという大原則のほか、大企業であれば細かい取引要件などが、スタートアップであればスピード感が、それぞれ特別な検討要因になるでしょう。
実のところ、相手の力量は一度仕事を共にしてみないとわかりません。ただ、観点や基準が明らかであれば判断に後悔が残りません。どの程度の期待を込めて、その期待にどの程度のリスクを取るか、発注の蓋然性を高めることができます。
調査会社側でも真に万能というケースは珍しく、どうしても得手不得手があります。それを考えると、発注とは相手の得意領域と当社の保有能力の組合わせであり、良い会社・悪い会社があるというより相性の話ということになります。
②担当者と部門長が持つ業務経験値の結晶として
調査業務を発注するメリットは、第一には専門的な分野について担当者の作業部分を軽減する効果がありますが、他にも、知識部分を意見交換できる効果もあります。実案件を通じて調査業務を理解していく実地研修のようなイメージです。
特に、担当者は企画と分析の工程は自分でもできるだけ知恵を絞るようにします。そうして調査に対する見識や発注時に重要な観点を磨いていると、調査会社の提案や実務の技量レベルがわかるようになり、選定の精度も上がっていきます。
自身の立場がリサーチを管掌する部門長クラスであれば、リサーチに関わるメンバーの苦手や不足を把握しつつ、上手に経費を使ってこのような教育効果を狙っていきます。自身がリサーチ畑の出身でない場合はなおさらおすすめします。
リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内有数規模の総合ECサイト・アプリを運営する企業でプロダクト戦略・リサーチ全般を担当する。
デザインとマーケティングを横断するリサーチのトレンドウォッチャーとしてニュースレターの発行を行い、定量・定性の調査実務に精通したリサーチのメンターとして各種リサーチプロジェクトの監修も行う。著書『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)
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