ステークホルダーマップ(組織運営のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

ステークホルダーマップ(組織運営のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

リサーチャーの菅原大介さんが、ユーザーリサーチの運営で成果を上げるアウトプットについて解説する「現場のユーザーリサーチ全集」。今回は、「ステークホルダーマップ」(組織運営のアウトプット)について寄稿いただきました。


フレームワーク

1.ステークホルダーマップとは

●概要

ステークホルダーマップとは

ステークホルダーマップとは、組織が提供するサービスの開発や提供を取り巻くステークホルダー(利害関係者)の関係性を相関図で可視化したアウトプットです。

本図を作成することにより、組織全体を広く見渡してリサーチの立ち位置や貢献度合いを可視化できます。定常業務の活動実績ではアピールしにくいような当期の主要な功績や、今後に向けた論点を提示する機能にも長けているのです。

この機能性により、担当者が社内あるいは社外に対してリサーチ活動を説明する負荷を軽減することができます。機能がよく似た汎用的な資料の中に組織図やワークフロー図がありますが、上記のような双方向性のある用途には向いていません。

なお、作図にあたっては組織の活動の全容が見えている必要があり、かつ、活用にあたっては組織に対する発言権が必要なので、この図を運用するのはマネージャー以上の職位のスタッフが適しています(クライアントワークでも同様)。

●種類

ステークホルダーマップには、あまり定型のフォーマットが無いのが実情です。これは、そもそも作成している組織がそれほど多くないことや、組織の方針や体制によって最適なモデルが異なり類型化しにくいことが原因だと考えられます。

ですが大まかに、
①顧客へのデリバリー体制を中心にサービスモデルを説明するモデルと
②社内組織・パートナー企業を中心にプロジェクト体制を説明するモデルがあり、リサーチを軸に描く場合は後者のモデルの方がより適しています。

※概念上の重要度で言うと、前者の方に重みがありますが、顧客(ユーザーやクライアント)を中心にするアウトプットには他にもカスタマージャーニーやサービスブループリントがあり、それで運用する方が適していると私は思っています。

●構成要素

ステークホルダーマップの構成要素は以下のようになります。

※繰り返しになりますが、以下はリサーチ業務を中心に考えた構成要素であり、組織や役割によって構成要素は大きく変わってくるため、一例としてご覧ください。

①所属部門(自部門)
・自身の所属組織

➁所属本部(自本部)
・自身の所属組織

③パートナー部門(機能組織)
・デザイン部門
・開発部門
・カスタマーサポート部門

※上記はリサーチ管掌組織にとっての一般的なケース
(カスタマーサポート部門は事業組織であることもある)

④パートナー部門(事業組織)

・商品企画部門
・マーケティング・セールス部門
・事業企画部門

※上記はリサーチ管掌組織にとっての一般的なケース
(マーケティング部門は機能組織であることもある)

⑤外部パートナー企業
・マーケティングリサーチ会社
・UXリサーチ会社
・マーケティング支援会社
・広告代理店
・PR会社
・デザイン制作会社

※上記はリサーチ管掌組織にとっての一般的なケース

●このアウトプットの導入が向いているケース

必要なケース

「リサーチの仕事はどのような役割設定になっているのか?」
⇒この質問に一枚で答えるためのアウトプット

①リサーチの役割設定や貢献対象が曖昧なケース

リサーチの仕事は、組織の業務としては確実に存在していても、対応範囲や決裁体制が不明瞭なことがあります。この状況は、定常業務としての認識はあるものの発生ベースで対応している、という仕事の定義付けが甘い状態から生まれます。

特に大きな組織ほど、組織名や業務名に「リサーチ」と入っていても、実際には誰がどのような調査しているのか、字面からはわからないもの。ましてリサーチ業務は分業体制で行われやすいため、非効率な動きが発生しやすい面があります。

こうした連携不足の部分は組織でもよく認識されていますが、それにより困るスタッフはごく少人数なので、残念ながらあまり気にされることもないのが実情です。そしてその状況を放置していてもリサーチの役割や成果は不明瞭なままなのです。

②リサーチの貢献対象プロジェクトがスケールできていないケース

リサーチの仕事は、リサーチ業務単体で動くことはあまりありません。多くの場合は、伴奏する重要プロジェクトの企画立案・運営改善に貢献するミッションを担っています。事業会社でユーザーリサーチを行う場合はほとんどがそうです。

ところがこの母体となっているプロジェクトがスケールしないケースも珍しくありません。ステークホルダーが多くて先に進まない、プロジェクトオーナーがリーダーシップを取れない、仕事の完了の定義が変わり続けてしまう、などなど…

こうなると、プロジェクトの成果が上がっていない=リサーチの成果が出ていない、という周りからの理解になり、業務の価値が認識されづらくなります。ですので、プロジェクト側の成果を普及させる動きと連動した展開も必要になります。

③リサーチ業務のステークホルダーが多いケース

リサーチの仕事では、業務を取り巻くステークホルダーが多すぎて、相反する要望や利害をリサーチ担当者がまとめている、ということがよくあります。企画部門と営業部門、経営層と現場層などは、確認や決裁の場面で対立が起きがちです。

もちろん、調整業務もリサーチ担当者の仕事ですが、調査以前の話(ビジネススキームやターゲット設定など)をどうするかが設計段階で話し合われることも多く、担当者がこうした内容を一手にまとめるというのは負荷が高すぎます。

また、リサーチ業務は付帯的な業務として見なされやすいため、「実施費用は下げて」「報告品質は上げて」のような無理な運営体制を求められることもあり、この観点からもリサーチ担当者にはエンパワーメントが必要です。

2.作り方

作り方(構成要素)

<手順>
①長方形と円形を組合わせて部課を表現する
②指示系統・業務工程を軸に配置を定義する
③相対部門を線で結んで貢献範囲を明示する
④当期の業務実績を記入して成果を訴求する
⑤来期の改善事項を記入して討議を促進する
⑥組織全体の重要概念を記入して意識づける

①長方形と円形を組合わせて部課を表現する

・あらかじめ組織図や業務管掌表などを用意する。
・組織の単位を揃えておく。(本部・部門・グループ・チームなど)
・大きな組織単位(本部など)を長方形で作成する。
・小さな組織単位(チームなど)を円形で作成する。

<作図のヒント>
・全体レイアウトは縦3行・横3列にすると見やすさを保ちやすい。
・組織の図形を円にしておくと矢印で結ぶ際に角度をつけやすい。
・全体的に箱と線が多い図になるので下地は薄いグレー色にする。

②指示系統・業務工程を軸に配置を定義する

・所属部門(自部門)は図の中心か起点となる場所に配置する。
・所属部門(自部門)の上下は指示系統を考慮した配置にする。
・所属部門(自部門)の左右は業務工程を考慮した配置にする。

<配置のヒント>
・所属本部(自本部)は所属部門(自部門)の上に置く
・パートナー部門(機能組織)は所属部門(自部門)の左に置く
・パートナー部門(事業組織)は所属部門(自部門)の右に置く
・外部パートナー企業は所属部門(自部門)の下に置く

※組織によって最適な配置が異なるため、この位置配置を考えるのがとても難しい。
(試行錯誤しているとかなり時間を使うので、いったん上記を目安に進めると良い)

③相対部門を線で結んで貢献範囲を明示する

・リサーチ業務の依頼元・報告先となる相対先部門を線でつなぐ。
・通常業務は実線で横断業務は破線で書き分けると認識しやすい。

④当期の業務実績を記入して成果を訴求する

・当期または記入時点の業務運営実績や組織貢献実績を記入する。
・業務名称の見出しに絵文字・記号を付けて業務種別を表現する。

<記入のヒント>
・アンケート→メモ
・インタビュー→マイク
・データ分析→グラフ
・デスクリサーチ→虫眼鏡
・ツール→工具
・セキュリティ→鍵

⑤来期の改善事項を記入して討議を促進する

・来期の改善や変更を検討する項目は吹き出しを設けて記入する。
・担当者個人で言い出しづらい希望や葛藤も周知できる。

⑥組織全体の重要概念を記入して意識づける

・所属本部が組織全体に浸透させたい概念を左上に配置する。
・図をアップデートするたびに活用が奨励される機会を作る。

<記入のヒント>
・戦略部門→ブランドガイドライン
・企画部門→コンセプトブック
・デザイン部門→デザインシステム
・人事部門→MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)

3.使い方

得られる効果

<事例>
①所属部門におけるリサーチ業務のプレゼンス向上用に
②ブランドやデザインに関するアウトプットの促進用に
③調査でのクライアントワーク時のインプット強化用に

①所属部門におけるリサーチ業務のプレゼンス向上用に

本図により、所属部門におけるリサーチの活動が全体に対してどのようにワークするのかを示します。量的需要に応えているなら貢献部門の広さを、質的需要に応えているなら意思決定や資料作成への貢献を、それぞれ訴求できるのです。

仮に現在が量と質のいずれでも認識・評価されていない場合もこの図は有効。数ある組織活動の中でもリサーチはどこに照準を絞るべきか、という話が可能になるからです。組織都合で調査の下請け業務に振り回される状況を回避できます。

②ブランドやデザインに関するアウトプットの促進用に

ブランド組織にとってのブランドガイドラインや、デザイン組織にとってのデザインガイドラインは、作った後にどう組織内に浸透させるか、という難題と向き合うことになります。重要性は認識されていても、日常業務とは断絶しがちです。

ステークホルダーマップの中にこうしたブランド・デザインの重要概念を記載しておくと、リサーチの組織編制や実行体制を考えるたびに参照機会を設けることができます。これが、よく似た図である組織図や業務管掌表との違いです。

③調査でのクライアントワーク時のインプット強化用に

マーケティングやデザインの支援会社サイドでは、クライアントの事業の全体像や担当者の役割を正確に把握ができます。この図の要素がわかると組織理解がかなり進むので、ミッション等を尋ねるよりはるかに提案精度が上がるのです。

ただし、図の元になる情報のヒアリング負荷はかなり高いので、この役割を買って出るときは一定の覚悟が必要です。クライアントのビジネスモデルやブランド体系が複雑だったりすると理解に時間がかかるため主要顧客に限ると良いでしょう。

この記事のライター

リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内通信最大手のグループ企業で総合ECアプリのUX戦略/サービスデザイン/ResearchOpsを担当する。

個人でリサーチに関する著作を持ち、リサーチプロジェクトの監修、リサーチ業務のスポット研修、リサーチセミナーへの登壇/モデレーター、リサーチノウハウの連載執筆、リサーチトレンドを伝えるニュースレター「リサーチハック 101」の発行などの活動を行う。

X(Twitter):@diisuket
note:https://note.com/diisuket
ニュースレター「リサーチハック 101」:https://diisuket.theletter.jp/

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