競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

いつの世にも、どんな生物にもついて回る「競争」。とりわけ現代人の私たちにとっての「競争社会」とは何をもたらすのでしょうか。ただひとえに「競争」を繰り返しても、その先に待っているのは格差しかなく、皆の共存共栄を考えた時、どのようにこの世を処していくべきなのでしょうか。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が行動経済学における「ピア効果」や「利他心」を交え、あるべき「競争社会」の理想の姿を提言します。


競争体験

少年時代は高度経済成長の真っただ中でした。気がつくと競争社会の中をよろよろと何とか前向きに歩んできました。近所に小学校の運動会で出場する徒競走のために、親がかりで運動会の季節になると毎日のように練習させられていた友人もいましたし、自分でもわからなくなる位の数の習い事に通わされている友人もいました。

忘れもしません小学校4年生になる終業式手前の3月。毎日のようにじゃれ合っていた幼馴染から、4年生に進級したら学習塾に通うようになるので学校以外で一緒に遊べなくなると通告されました。当時私は学習塾が何なのかも知らず、また中学受験のために通うということまでの理解はできず、幼馴染が遠いところへ行ってしまったような気がして動揺しながら帰宅したことを覚えています。結局その幼馴染は目標の中学に合格。その後、殆ど交流しなくなりました。

受験勉強は辛い思い出です。無理やりする勉強は面白くありませんし、自分の記憶力に自信が持てず何度となく自暴自棄になりました。問題を解く時間を惜しみ、先に答えを見て解法を覚えるなど要領の良さも必要です。実際の試験でもどの問題から解答し始めるか、自分にとって答えやすい問題はどれなのかを素早く見定める能力が受験を制します。私にはその力が欠落していた気がします。今でも受験の季節になると全受験生にエールを送りたくなります。

競争体験

競争(生物学)

「生物の個体同士が生息域(=縄張り)や配偶相手、食料、水などを争うこと」が生物学における競争(competition)の定義です。同じ種や個体群に属する個体同士が争う種内競争と異なる種間に見られる種間競争の二つが存在します。生物の進化において最大の原動力となるのは、一般的には種間競争よりも種内競争と考えられています。同種の個体同士が同じ環境、同じ食糧、同じ配偶相手と対応しなくてはならず、自然に最も密接な競争関係になるためです。

異性をめぐる競争を通じて起きる進化である性淘汰あるいは性選択は、配偶の機会を巡った競争の例としてわかりやすい種内競争です。他にも、一見すると利害が一致しそうな個体間の利害対立に基づいた競争に「進化的な対立」があります。親子・兄弟間、つがい間、ゲノム間などに生じる対立です。

一方、植物における競争とは光合成に関するものです。全ての植物はお互いに競争関係にあるとさえいえます。光合成に必要な水や二酸化炭素は競争の対象にはなりにくく、通常は太陽光などの光に対する競争が存在します。光に向かって少しでも光を多く吸収するために大きな面積を確保する競争です。地面に密着・群生するコケ類や地衣類などは平面上での陣取り合戦が競争であり、陸上生態系では高く枝を伸ばして相手より高い位置に到達したものが優勢となります。植物ではありませんが、造礁サンゴも光合成する共生藻類と共生していて、同様な種間競争が存在します。また、自分の周囲の他の植物の成長を妨げる化学物質(アレロケミカル)を分泌するなど競争相手に積極的に攻撃する植物もあります。このように植物の個体同士にも厳しい競争が見受けられます。

競争(生物学)

ピア効果

新型コロナの感染症対策を機にテレワークを導入する企業が増加し、オンライン会議は通常化し、テレワークが本格的に普及しました。広いオフィスが必要無くなりオフィス維持の費用が減り、全国から優秀な人材を採用できるようになり人材の質が高まるなど、企業にとって多くのメリットがあります。また、子育てや介護と仕事の両立や通勤による疲労の減少、単身赴任や出張の不要など生産性が高まる環境が整備されました。しかし、オンライン化による問題点も明確になってきました。

例えば管理職には部下の働きぶりがよくわからない、あるいはオンラインでは正確に指示しないと部下に伝わらないといった問題です。実際、職場に出勤すると上司や先輩、同僚と一緒に仕事することで手抜きがしにくくなったり、優秀な同僚達から同調圧力を感じることで生産性も高まります。経済学では、意識の高い能力や集団に身を置くことで切磋琢磨し、競争し合い、お互いを高め合う効果をピア(peer)効果(同僚効果)と呼びます。ピア効果によりいい意味での競争が生まれ、特に同僚の働きぶりが目に入りやすい職場ではピア効果が観察されやすいとされています。しかし、負のピア効果も存在します。同僚の言動や仕事に対するふるまいが悪影響をもたらし、組織全体の生産性や能力を低下させるケースです。テレワークにより、ピア効果の減少を防ぐにはオンラインでの交流を増やすか、出社時のピア効果を高める準備など、それを補う工夫が必要です。

ピア効果

競争社会と利他心

資本主義の基本原理のひとつである資本、労働、技術など経済における資源配分の効率性の概念が競争原理です。限定された資源を獲得するために個人や企業、団体などが競争し、優劣を競い争い、勝者が資源を獲得できるという考え方です。最近になって綻びも目立ちはじめてもいる資本主義社会はこの考え方を基本に運営されています。また、この社会を競争社会とも呼んでいます。この社会では成功者は財産や地位を得られることになり、成功者が十分に報われる社会ではリスクを取って革新に挑む起業家が多く、経済活力が高まります。

最近では米国のテック企業を中心に米国株への集中は高まり、米国企業の合計時価総額が世界の半分に迫るほどになっています。この要因にはAI開発競争で米国の優位性が世界でも一歩上回っていることが要因です。その裏で、富の集中と格差が進み、中間層が減り貧困層が増えています。

欧州の知の巨人ジャック・アタリ氏は著作「2030年ジャック・アタリの未来予測」で今の世界は『憤懣(ふんまん)の社会構造』にあるとしています。グローバリゼーションが進展して市場が暴走。グローバルな市場を縛る仕組みや法律が存在しないため、成功者に富が集中し格差が拡がり世界は不安定化し、それが怒りを呼び、さらに憤懣へと進んでいると見ているのです。憤懣により、全体主義や宗教原理主義が跋扈し、戦争やテロを誘発する要因となっています。その結果、地球規模での戦争となれば人類は終焉してしまうでしょう。

ジャック・アタリ氏は希望もあると指摘しています。それは一人ひとりが利己主義の真逆として利他心を持ち、行動すること。我々は今こそ意識を改悛し、これから先に予想しうる最悪のシナリオを避けるため、お互いを認め合う共創社会を築き上げる必要があるのです。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

関連するキーワード


渡部数俊

関連する投稿


官民連携の智略 ~ PPP/PFI

官民連携の智略 ~ PPP/PFI

高い効率性が求められるのは今や個人の仕事や学業の範疇にとどまらず、国の施策運営である公共事業などにもその思考傾向は浸透しつつあります。その結果、国は民間企業の協力を得て「官民連携」で公共事業を進めることでそれらを効率化し、さまざまな事業を支えている例が多く存在します。本稿では、このような「官民連携」で効率化を目指す手法のPPPやPFIなどについて、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


ニューコンビネーション ~ イノベーションの本質

ニューコンビネーション ~ イノベーションの本質

「イノベーション」と聞くと「技術革新」と思いつきがちですが、その本質にはどのような意味があるのかをご存知でしょうか。実は技術だけを対象にした概念ではなく、幅広い革新となる「新機軸」を指すとのこと。では経済成長を促すこの「新機軸」となり得るものとは一体何か。広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、オーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター氏の「経済発展の理論」や大前研一氏の考えを引用しながら、「イノベーション」の本質や既存の商材などを組み合わせて新たな価値を創造する「ニューコンビネーション」について解説します。


意思決定論 ~ これからの組織運営

意思決定論 ~ これからの組織運営

「迅速な意思決定」が企業運営に重要であるということは、数多くの経営者には常識であることかと思われます。しかし、迅速な意思決定と一口に言っても、具体的には解決すべきものは何か、何から手をつけるのか、何に気配りしていかに実行するのか、明確に説明するのは簡単ではありません。本稿では、意思決定を「因数分解する」という考え方から始め、VUCA(不確実で複雑、不透明で曖昧な社会情勢)の時代を泳ぎ抜くための意志決定など、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、意志決定の真意と重要性について解説します。


教育者たち ~ 名伯楽の存在

教育者たち ~ 名伯楽の存在

少子高齢化社会の今、目を向けるべきなのは高齢化だけではありません。未来の担い手である子供たちをどう育成するか、教育方針や教育を取り巻く環境も再注目されています。どのような人材が今求められているのか、どのような環境が必要なのか。その議論の中心に欠かせないのは「教育者」の存在です。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が「名伯楽」にフォーカスし、現在の「教育者」や教育を取り巻くさまざまな現状について解説します。


MICE ~ 国際会議が呼び込む観光・経済

MICE ~ 国際会議が呼び込む観光・経済

コロナ禍による激減を経た訪日客数は、2024年3月には308万人を超えるほどに回復しました。訪れる観光客の趣向も「モノ消費」から「コト消費」へと変貌を遂げつつあり、今や日本は『世界で最も魅力ある国』とも称されています。このように観光事業的に追い風である中、さらなる訪日客数の増加、またより魅力的かつ不可欠な都市とみなされるにはどのような策を講じるべきでしょうか。本稿では「MICE」というビジネスイベントを表すキーワードをもとに、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、これからの国際的観光都市のあり方について解説します。


最新の投稿


アパレル系の店舗アプリを知ったきっかけは「店員からの案内」が約6割【Repro調査】

アパレル系の店舗アプリを知ったきっかけは「店員からの案内」が約6割【Repro調査】

Repro株式会社は、アパレル系店舗アプリのインストール前後の利用状況に関するユーザー調査を実施し、結果を公開しました。


認知度の向上にはコンテンツマーケティングが必須と回答した人は9割以上!実施の結果、7割以上が成果を実感している【未知調査】

認知度の向上にはコンテンツマーケティングが必須と回答した人は9割以上!実施の結果、7割以上が成果を実感している【未知調査】

未知株式会社は、全国の企業に在籍する20〜60代の方を対象に「コンテンツマーケティングの実施・成果」に関する調査を実施し、結果を公開しました。


「美容成分オタク」のオンライン行動を分析!スキンケアの情報収集実態に見る、コミュニケーションのヒント|セミナーレポート

「美容成分オタク」のオンライン行動を分析!スキンケアの情報収集実態に見る、コミュニケーションのヒント|セミナーレポート

近年、美容インフルエンサーの発信により特定のスキンケア成分がフォーカスされ、「成分関心層」が増加しています。今回は、@cosmeを運営するアイスタイル社が保有する、日本最大級の美容に関する生活者データと、ヴァリューズが保有するオンライン行動データを活用。成分に関する情報感度の高いアーリーアダプター層に注目し、その裏にあるユーザーインサイトから、成分関心層と取るべきコミュニケーションを探ります。※本セミナーのレポートは無料でダウンロードできます。


官民連携の智略 ~ PPP/PFI

官民連携の智略 ~ PPP/PFI

高い効率性が求められるのは今や個人の仕事や学業の範疇にとどまらず、国の施策運営である公共事業などにもその思考傾向は浸透しつつあります。その結果、国は民間企業の協力を得て「官民連携」で公共事業を進めることでそれらを効率化し、さまざまな事業を支えている例が多く存在します。本稿では、このような「官民連携」で効率化を目指す手法のPPPやPFIなどについて、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


観るだけでポイントが貯まる「TikTok Lite」はSNSビジネスを革新するか。TikTokユーザーデータと比較調査

観るだけでポイントが貯まる「TikTok Lite」はSNSビジネスを革新するか。TikTokユーザーデータと比較調査

動画視聴を通じてポイ活を行うアプリ「TikTok Lite」が注目を集めています。「TikTok」に少し変化を加えただけに思えるこのアプリですが、実は「TikTok」と同じぐらい勢いがうかがえます。そこで、本記事では「TikTok Lite」と「TikTok」のアプリユーザーのデータを分析し、双方の違いから「TikTok Lite」の人気の要因を探っていきます。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

ページトップへ