競争体験
少年時代は高度経済成長の真っただ中でした。気がつくと競争社会の中をよろよろと何とか前向きに歩んできました。近所に小学校の運動会で出場する徒競走のために、親がかりで運動会の季節になると毎日のように練習させられていた友人もいましたし、自分でもわからなくなる位の数の習い事に通わされている友人もいました。
忘れもしません小学校4年生になる終業式手前の3月。毎日のようにじゃれ合っていた幼馴染から、4年生に進級したら学習塾に通うようになるので学校以外で一緒に遊べなくなると通告されました。当時私は学習塾が何なのかも知らず、また中学受験のために通うということまでの理解はできず、幼馴染が遠いところへ行ってしまったような気がして動揺しながら帰宅したことを覚えています。結局その幼馴染は目標の中学に合格。その後、殆ど交流しなくなりました。
受験勉強は辛い思い出です。無理やりする勉強は面白くありませんし、自分の記憶力に自信が持てず何度となく自暴自棄になりました。問題を解く時間を惜しみ、先に答えを見て解法を覚えるなど要領の良さも必要です。実際の試験でもどの問題から解答し始めるか、自分にとって答えやすい問題はどれなのかを素早く見定める能力が受験を制します。私にはその力が欠落していた気がします。今でも受験の季節になると全受験生にエールを送りたくなります。
競争(生物学)
「生物の個体同士が生息域(=縄張り)や配偶相手、食料、水などを争うこと」が生物学における競争(competition)の定義です。同じ種や個体群に属する個体同士が争う種内競争と異なる種間に見られる種間競争の二つが存在します。生物の進化において最大の原動力となるのは、一般的には種間競争よりも種内競争と考えられています。同種の個体同士が同じ環境、同じ食糧、同じ配偶相手と対応しなくてはならず、自然に最も密接な競争関係になるためです。
異性をめぐる競争を通じて起きる進化である性淘汰あるいは性選択は、配偶の機会を巡った競争の例としてわかりやすい種内競争です。他にも、一見すると利害が一致しそうな個体間の利害対立に基づいた競争に「進化的な対立」があります。親子・兄弟間、つがい間、ゲノム間などに生じる対立です。
一方、植物における競争とは光合成に関するものです。全ての植物はお互いに競争関係にあるとさえいえます。光合成に必要な水や二酸化炭素は競争の対象にはなりにくく、通常は太陽光などの光に対する競争が存在します。光に向かって少しでも光を多く吸収するために大きな面積を確保する競争です。地面に密着・群生するコケ類や地衣類などは平面上での陣取り合戦が競争であり、陸上生態系では高く枝を伸ばして相手より高い位置に到達したものが優勢となります。植物ではありませんが、造礁サンゴも光合成する共生藻類と共生していて、同様な種間競争が存在します。また、自分の周囲の他の植物の成長を妨げる化学物質(アレロケミカル)を分泌するなど競争相手に積極的に攻撃する植物もあります。このように植物の個体同士にも厳しい競争が見受けられます。
ピア効果
新型コロナの感染症対策を機にテレワークを導入する企業が増加し、オンライン会議は通常化し、テレワークが本格的に普及しました。広いオフィスが必要無くなりオフィス維持の費用が減り、全国から優秀な人材を採用できるようになり人材の質が高まるなど、企業にとって多くのメリットがあります。また、子育てや介護と仕事の両立や通勤による疲労の減少、単身赴任や出張の不要など生産性が高まる環境が整備されました。しかし、オンライン化による問題点も明確になってきました。
例えば管理職には部下の働きぶりがよくわからない、あるいはオンラインでは正確に指示しないと部下に伝わらないといった問題です。実際、職場に出勤すると上司や先輩、同僚と一緒に仕事することで手抜きがしにくくなったり、優秀な同僚達から同調圧力を感じることで生産性も高まります。経済学では、意識の高い能力や集団に身を置くことで切磋琢磨し、競争し合い、お互いを高め合う効果をピア(peer)効果(同僚効果)と呼びます。ピア効果によりいい意味での競争が生まれ、特に同僚の働きぶりが目に入りやすい職場ではピア効果が観察されやすいとされています。しかし、負のピア効果も存在します。同僚の言動や仕事に対するふるまいが悪影響をもたらし、組織全体の生産性や能力を低下させるケースです。テレワークにより、ピア効果の減少を防ぐにはオンラインでの交流を増やすか、出社時のピア効果を高める準備など、それを補う工夫が必要です。
競争社会と利他心
資本主義の基本原理のひとつである資本、労働、技術など経済における資源配分の効率性の概念が競争原理です。限定された資源を獲得するために個人や企業、団体などが競争し、優劣を競い争い、勝者が資源を獲得できるという考え方です。最近になって綻びも目立ちはじめてもいる資本主義社会はこの考え方を基本に運営されています。また、この社会を競争社会とも呼んでいます。この社会では成功者は財産や地位を得られることになり、成功者が十分に報われる社会ではリスクを取って革新に挑む起業家が多く、経済活力が高まります。
最近では米国のテック企業を中心に米国株への集中は高まり、米国企業の合計時価総額が世界の半分に迫るほどになっています。この要因にはAI開発競争で米国の優位性が世界でも一歩上回っていることが要因です。その裏で、富の集中と格差が進み、中間層が減り貧困層が増えています。
欧州の知の巨人ジャック・アタリ氏は著作「2030年ジャック・アタリの未来予測」で今の世界は『憤懣(ふんまん)の社会構造』にあるとしています。グローバリゼーションが進展して市場が暴走。グローバルな市場を縛る仕組みや法律が存在しないため、成功者に富が集中し格差が拡がり世界は不安定化し、それが怒りを呼び、さらに憤懣へと進んでいると見ているのです。憤懣により、全体主義や宗教原理主義が跋扈し、戦争やテロを誘発する要因となっています。その結果、地球規模での戦争となれば人類は終焉してしまうでしょう。
ジャック・アタリ氏は希望もあると指摘しています。それは一人ひとりが利己主義の真逆として利他心を持ち、行動すること。我々は今こそ意識を改悛し、これから先に予想しうる最悪のシナリオを避けるため、お互いを認め合う共創社会を築き上げる必要があるのです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。