交渉学を深める ~ 英知ある交渉とは

交渉学を深める ~ 英知ある交渉とは

さまざまなビジネスシーンで見られる「交渉」。よりスマートにお互いの利益を引き出す交渉を行うにはどのような知識とスキルが必要となるのでしょうか。また、現在持ち合わせているあなたの「交渉能力」をアップデートするためには、どのような「交渉術」を備えるべきなのでしょうか。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が「交渉」概念の基礎から、さらに深い「交渉学」の世界まで解説します。


関ケ原

就職して1年程経って、赴任先の京都から東京での友人の結婚式に出席しました。当日は実家に宿泊し、翌朝新幹線に乗り込み帰途の際、大雪のため関ケ原近辺で新幹線が立ち往生し、長時間車中で缶詰になったことがあります。冬には何度となくこの辺りで新幹線が動かなくなるのは知っていましたが、まさか自分までもが体験するとは思いませんでした。

関ケ原と言えば天下分け目の決戦が行われ、豊臣びいきである自分にとっては悔しくも豊臣家滅亡の要因ともいえる歴史的戦場です。小学校2年生の頃、親に買って貰った児童文学作家平塚武二氏の「ものがたり日本れきし」シリーズの第7巻は『太閤秀吉』。私を読書好きにさせた最初の愛読書です。すぐに全10巻を揃えて貰い、繰り返し読みました。源平、南北朝、戦国、幕末と激動期はハラハラしながら空想の世界を駆け抜けました。そんなことから、豊臣秀吉は未だに私のヒーローです。

関ケ原開戦にむけて、徳川家康も対する石田三成も各大名達と交渉し調略すべく、文を大量に乱発したようです。秀吉は調略という点でも大変な才能があり、戦わずして勝つ達人でした。歴史にもしもがあれば、この時期に三成の代わりに秀吉が家康と戦っていたら歴史はどう変わっていたかと思うとワクワクしてきます。

関ケ原

交渉と調略

特に戦国時代では、無駄な戦さを避けて無血で敵を破り、有能な家臣を迎え入れ、領地を拡大し、領国を安定化させるために重要な謀(はかりごと)である調略は盛んに行われました。敵方に内通者を作ることは「内応」といい、密かに動きを進めて調略を成功させる鍵となります。また、調略には交渉力・交渉術が第一で、そのためには的確な情報(謀報)収集が欠かせませんでした。戦国の世では黒田官兵衛や真田幸綱などが凋落の名人として有名です。交渉(negotiation)とは、相手との合意に達することを目指して討議することです。折衝・協議・談判・取り引き・駆け引き・話し合い・対話などと言い換えることもできます。

交渉を上手く進めるためには、①綿密な事前準備を行う、②交渉相手とのタイミングを図る、③相手と誠実に向き合う、等々が考えられます。交渉の事前準備ですが、①状況を整理する、②複数のシナリオを念頭にしたシュミレーションを行う、③交渉相手に対する理解を深める、④交渉の目的あるいはゴールを明確化する、などが重要です。交渉に挑む際には、どうしても勝ち負けに拘りたくなりますが、お互いが納得できる結果を探るという意識が大切です。お互いのWin-Winを目指すのであり、双方が得られる利益の最大化を心掛けることが肝要です。

また、交渉時の重要な点が7つ挙げられます。①感情的にならない、②お互いが求めているポイントを整理する、③わかりやすく説明する、④自分の意見に筋道を立てて話す、⑤交渉の状況や意図を理解する、⑥相手の感情にも配慮する、⑦相手の反応を見ながら適切な質問を行う、などです。交渉は多くの場合、交渉相手との信頼関係を構築するためのコミュニケーションのひとつであると考え、敵対的な交渉は避ける必要があります。

交渉スタイル

交渉力とは利害関係がある相手との間で、お互いに納得して合意できる着地点を見つけ出す能力です。似た言葉に折衝力があります。折衝力とは、物事の利害関係が一致しない相手との談判によって、問題を解決するために折り合いをつけるスキルです。折衝力が低い場合、相手の意見や気持ちを無視することとなり、結局は反感を買ってしまう可能性があります。

日本及び日本人は交渉下手といわれ、古来から、「和をもって貴しとなす」という精神により、対立を極力避けようとします。そのため余計に事態が複雑化し、しばしば混乱が起こります。対立を避けようと自分を抑えた結果、「逆ギレ」のような感情の爆発が生じるケースもままあります。

交渉とは『果実』を当事者間で配分する活動です。その配分法として、「分配型」と「統合型」が存在します。「分配型」には勝ち負けが発生します。「統合型」は、当事者同士が勝ちとなるWin-Winの交渉です。これは最終的には当事者間での「連帯」を目指す交渉であり、「和」を尊び、「和」が築かれることになります。このVUCAの時代では、宗教や異文化などグローバル化による問題も増加し、交渉による解決も一筋縄ではいかなくなっています。そのために交渉スタイルも「分配型」は主流から外れ、「統合型」による解決法へと変化を遂げ、日本人の精神性と合致する潮流となりつつあるのは注目すべきです。

交渉スタイル

交渉学

生活や仕事においても、家族や社内においても、交渉する場面に出会うのは日常茶飯事です。このような身近な交渉から、国家間の外交交渉やビジネス上の世界的規模での交渉まで、学術的に研究・分析した学問が交渉学です。

交渉学では誰もが幸福になるための問題解決を目指しています。お互いに満足出来る交渉を行うためには、それぞれの要求のずれを把握し、如何に妥協できる点を見つけ出すかがポイントです。どのような交渉においても、達成できる満足度には限界があります。

イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが提唱した「資源を無駄なく配分された状態であること」がパレート最適です。「資源配分する際、誰かの効用(満足)を犠牲にしなければ、他の誰かの効用を高めることが出来ない状態」を指します。また、パレート最適により近い合意条件がパレート改善です。どのような交渉においても、達成できる満足度には限界があります。

さらに、交渉が決裂しても他の代替案があるのが通常です。代替案の中でも最も満足度が高いものをBATNA(Best Alternative to A Negotiated Agreement)と呼びます。交渉前にBATNAを知ることが重要であり、そのために①BATNAを明確化する、②交渉相手のBATNAを見極める、③いかに条件の良いBATNAを見出すことが出来るか、以上3点を心掛ける必要があります。交渉者同士の留保点(合意可能領域)をZOPA(Zone Of Possible Agreement)と呼びます。つまり、交渉はこのZOPAの間で合意に至ります。言い換えれば、両方が損をしない形で合意できる条件であり、この領域が広い程合意する可能性が高まるのです。

以上、交渉学の一部をご紹介しました。交渉学にも限界がありますが、対立の解消として重要度が高まる『現代の交渉』について、人類にとっても交渉学の進歩が望まれます。

交渉学

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

関連するキーワード


渡部数俊

関連する投稿


競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

競争社会を生きる ~ 利他心とピア効果

いつの世にも、どんな生物にもついて回る「競争」。とりわけ現代人の私たちにとっての「競争社会」とは何をもたらすのでしょうか。ただひとえに「競争」を繰り返しても、その先に待っているのは格差しかなく、皆の共存共栄を考えた時、どのようにこの世を処していくべきなのでしょうか。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が行動経済学における「ピア効果」や「利他心」を交え、あるべき「競争社会」の理想の姿を提言します。


話す、聴く、伝える、表現する ~ コミュニケーションの源

話す、聴く、伝える、表現する ~ コミュニケーションの源

ITやAIと、何もかもが機械化自動化に流れて行こうとしている現代。そのような時代だからこそ、人間本来のコミュニケーション能力の真髄が問われるのではないでしょうか。「話す、聴く、伝える、表現する」これらのアクションを起こす際に本当に必要なこととは何なのか、どうしたらより有効的な効果が得られるのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


企業イメージ経営 ~ キャラクターの威力

企業イメージ経営 ~ キャラクターの威力

企業イメージと聞き、最初に思いつくのはロゴでしょうか、色でしょうか、それともキャラクター?昨今では、キャラクターを用いての広告戦略は企業だけでなく、地域おこしなど、あらゆるところで目にするようになりました。誰も彼もが深い意味もなく「かわいい」と愛着を感じてしまう「ゆるキャラ」や企業のイメージキャラクター。実はそこに認知心理学が深く関わっているようです。本稿では人心を捉えるために計算尽くされたキャラクターの威力について、株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


森と生きる ~ 山、川、海

森と生きる ~ 山、川、海

日本の国土のどれほどが森林かをご存知でしょうか。その面積は実に3分の2。しかしながらこの森林も、今では林業従事者の減数などで十分な管理が行き届かないのが実情です。また里山の暮らしも変貌を遂げ、昨今では野生生物が人間の生息域へ出現し、大きな混乱を招くニュースも多数見聞きします。本稿では山、川、海のそれぞれの作用をあらためて見直し、それらからの恩恵の上に経済があることを気づきとして、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が自然と現代の融合について解説します。


スマートな街を目指して ~ コンパッションと健康

スマートな街を目指して ~ コンパッションと健康

近年、人口の集中・過密化による過疎、そしてインフラの老朽化や少子高齢化により、生活環境が激変しているという都市問題が私たちの国・日本でも大きくなりつつあります。変わりゆく都市は、その機能や姿をどのように変貌させてゆけば良いのでしょうか。人が集い生活を営む集合体である「都市」の、本来のあるべき姿とは。本稿では、「コンパッション都市」「健康都市連合」といった新たな概念をもとに、望まれるスマートシティの形について、株式会社創造開発研究所所長を務める渡部数俊氏が解説します。


最新の投稿


約5割の企業経営者がGoogleマップ活用の成果を体感!約3割が売上増加【トライハッチ調査】

約5割の企業経営者がGoogleマップ活用の成果を体感!約3割が売上増加【トライハッチ調査】

株式会社トライハッチは、飲食・医療業界の経営者を対象にデジタルマーケティングの意識調査を実施し、結果を公開しました。


Increasing popularity among men? Investigating the needs for “sunscreen”! Latest Edition [2024]

Increasing popularity among men? Investigating the needs for “sunscreen”! Latest Edition [2024]

As men's cosmetics receive increasing attention, what are the consumer needs for sunscreen? Also, does the quality of sunscreen differ depending on the season, with summer and winter? We will analyze changes in needs and consumer psychology for sunscreen based on the behaviors during the consideration stages.


生成AIの時代におけるWEBライティング業界の健全な発展及び進化を実現する「日本AIライティング協会®」設立

生成AIの時代におけるWEBライティング業界の健全な発展及び進化を実現する「日本AIライティング協会®」設立

生成AIによるテキスト創出「AIライティング」の急速な普及に伴い、情報の正確性や倫理基準の劣化のリスクがある中で、WEBライター集団を抱える団体を中心に構成する「日本AIライティング協会®(英称:JAPAN AI Writing Association 略称:JAIWA)」を発足したことを発表しました。本協会では、前述の課題がある中で、「AIライティングの新たな規範の樹立」と「WEBライターと生成AIが共存共栄できる未来の探究」を目的に活動するといいます。


日々の生活で「時間不足」と感じている女性は7割以上 1日に自分のために使える時間は1時間以上2時間未満が最多【SHE株式会社 調べ】

日々の生活で「時間不足」と感じている女性は7割以上 1日に自分のために使える時間は1時間以上2時間未満が最多【SHE株式会社 調べ】

SHE株式会社は、SHElikesで学ぶ女性を対象に、時間の使い方や環境が変化する新生活・新年度のタイミングに、タイパ時代の「女性のスキマ時間の関する調査」を実施し、結果を公開しました。


ギブリー、企業の生成AI開発ををサポートする共創ラボ「Givery AI Lab」を設立

ギブリー、企業の生成AI開発ををサポートする共創ラボ「Givery AI Lab」を設立

株式会社ギブリーは、生成AIを活用した開発プロジェクトを総合的にサポートする共創型ラボ開発機関「Givery AI Lab(ギブリーAIラボ)」を設立したことを発表しました。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ