関ケ原
就職して1年程経って、赴任先の京都から東京での友人の結婚式に出席しました。当日は実家に宿泊し、翌朝新幹線に乗り込み帰途の際、大雪のため関ケ原近辺で新幹線が立ち往生し、長時間車中で缶詰になったことがあります。冬には何度となくこの辺りで新幹線が動かなくなるのは知っていましたが、まさか自分までもが体験するとは思いませんでした。
関ケ原と言えば天下分け目の決戦が行われ、豊臣びいきである自分にとっては悔しくも豊臣家滅亡の要因ともいえる歴史的戦場です。小学校2年生の頃、親に買って貰った児童文学作家平塚武二氏の「ものがたり日本れきし」シリーズの第7巻は『太閤秀吉』。私を読書好きにさせた最初の愛読書です。すぐに全10巻を揃えて貰い、繰り返し読みました。源平、南北朝、戦国、幕末と激動期はハラハラしながら空想の世界を駆け抜けました。そんなことから、豊臣秀吉は未だに私のヒーローです。
関ケ原開戦にむけて、徳川家康も対する石田三成も各大名達と交渉し調略すべく、文を大量に乱発したようです。秀吉は調略という点でも大変な才能があり、戦わずして勝つ達人でした。歴史にもしもがあれば、この時期に三成の代わりに秀吉が家康と戦っていたら歴史はどう変わっていたかと思うとワクワクしてきます。
交渉と調略
特に戦国時代では、無駄な戦さを避けて無血で敵を破り、有能な家臣を迎え入れ、領地を拡大し、領国を安定化させるために重要な謀(はかりごと)である調略は盛んに行われました。敵方に内通者を作ることは「内応」といい、密かに動きを進めて調略を成功させる鍵となります。また、調略には交渉力・交渉術が第一で、そのためには的確な情報(謀報)収集が欠かせませんでした。戦国の世では黒田官兵衛や真田幸綱などが凋落の名人として有名です。交渉(negotiation)とは、相手との合意に達することを目指して討議することです。折衝・協議・談判・取り引き・駆け引き・話し合い・対話などと言い換えることもできます。
交渉を上手く進めるためには、①綿密な事前準備を行う、②交渉相手とのタイミングを図る、③相手と誠実に向き合う、等々が考えられます。交渉の事前準備ですが、①状況を整理する、②複数のシナリオを念頭にしたシュミレーションを行う、③交渉相手に対する理解を深める、④交渉の目的あるいはゴールを明確化する、などが重要です。交渉に挑む際には、どうしても勝ち負けに拘りたくなりますが、お互いが納得できる結果を探るという意識が大切です。お互いのWin-Winを目指すのであり、双方が得られる利益の最大化を心掛けることが肝要です。
また、交渉時の重要な点が7つ挙げられます。①感情的にならない、②お互いが求めているポイントを整理する、③わかりやすく説明する、④自分の意見に筋道を立てて話す、⑤交渉の状況や意図を理解する、⑥相手の感情にも配慮する、⑦相手の反応を見ながら適切な質問を行う、などです。交渉は多くの場合、交渉相手との信頼関係を構築するためのコミュニケーションのひとつであると考え、敵対的な交渉は避ける必要があります。
交渉スタイル
交渉力とは利害関係がある相手との間で、お互いに納得して合意できる着地点を見つけ出す能力です。似た言葉に折衝力があります。折衝力とは、物事の利害関係が一致しない相手との談判によって、問題を解決するために折り合いをつけるスキルです。折衝力が低い場合、相手の意見や気持ちを無視することとなり、結局は反感を買ってしまう可能性があります。
日本及び日本人は交渉下手といわれ、古来から、「和をもって貴しとなす」という精神により、対立を極力避けようとします。そのため余計に事態が複雑化し、しばしば混乱が起こります。対立を避けようと自分を抑えた結果、「逆ギレ」のような感情の爆発が生じるケースもままあります。
交渉とは『果実』を当事者間で配分する活動です。その配分法として、「分配型」と「統合型」が存在します。「分配型」には勝ち負けが発生します。「統合型」は、当事者同士が勝ちとなるWin-Winの交渉です。これは最終的には当事者間での「連帯」を目指す交渉であり、「和」を尊び、「和」が築かれることになります。このVUCAの時代では、宗教や異文化などグローバル化による問題も増加し、交渉による解決も一筋縄ではいかなくなっています。そのために交渉スタイルも「分配型」は主流から外れ、「統合型」による解決法へと変化を遂げ、日本人の精神性と合致する潮流となりつつあるのは注目すべきです。
交渉学
生活や仕事においても、家族や社内においても、交渉する場面に出会うのは日常茶飯事です。このような身近な交渉から、国家間の外交交渉やビジネス上の世界的規模での交渉まで、学術的に研究・分析した学問が交渉学です。
交渉学では誰もが幸福になるための問題解決を目指しています。お互いに満足出来る交渉を行うためには、それぞれの要求のずれを把握し、如何に妥協できる点を見つけ出すかがポイントです。どのような交渉においても、達成できる満足度には限界があります。
イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが提唱した「資源を無駄なく配分された状態であること」がパレート最適です。「資源配分する際、誰かの効用(満足)を犠牲にしなければ、他の誰かの効用を高めることが出来ない状態」を指します。また、パレート最適により近い合意条件がパレート改善です。どのような交渉においても、達成できる満足度には限界があります。
さらに、交渉が決裂しても他の代替案があるのが通常です。代替案の中でも最も満足度が高いものをBATNA(Best Alternative to A Negotiated Agreement)と呼びます。交渉前にBATNAを知ることが重要であり、そのために①BATNAを明確化する、②交渉相手のBATNAを見極める、③いかに条件の良いBATNAを見出すことが出来るか、以上3点を心掛ける必要があります。交渉者同士の留保点(合意可能領域)をZOPA(Zone Of Possible Agreement)と呼びます。つまり、交渉はこのZOPAの間で合意に至ります。言い換えれば、両方が損をしない形で合意できる条件であり、この領域が広い程合意する可能性が高まるのです。
以上、交渉学の一部をご紹介しました。交渉学にも限界がありますが、対立の解消として重要度が高まる『現代の交渉』について、人類にとっても交渉学の進歩が望まれます。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。