覆水盆に返らず
子供の頃はいたずら好きで、両親や小学校、幼稚園の先生方によく叱られたのを想い出します。落ち着きがなく、悪ふざけばかりでしたが、明るく懐の深い担任の先生にお会いできたことがきっかけで小学校高学年になるとそれなりに成長し、クラスのリーダー格になりました。小学4年生に進級する際、通学していた小学校はマンモス小学校で生徒数が多過ぎたことにより、3つの小学校に分校しました。私は元の小学校に通学し続けましたが、今まで一緒だった多くの友達と別れ別れとなり、この際に不思議と高学年に相応しい存在になろうと心に定めました。ただ、数々のいたずらは今でも思い起こしては反省しています。「覆水盆に返らず」や「覆水収め難し」のことわざの如く、今頃反省していては手遅れで取返しがつかないことは理解しているつもりですが。
近年、教育の現場で注目されるのが創造性を伸ばす教育です。子供に自由を与えながら、子供から目を離さず、どのように行動しているかを見守りながら、口を出さずに手も貸さないという教育方針です。子供のいたずらとはいい意味では、研究心や探求心の現われであり、自発性や創造性の発達している子供は盛んにいたずらをするようになります。また、スケールの大きないたずらは知性の源とも考えられます。毎日、泥だらけになり、夕方遅く暗くなるまで遊んだ懐かしい日々が忘れられません。
プレーワーカー
ウオーキングのコースのひとつに、梅で有名な世田谷区立羽根木公園を巡るコースがあります。世田谷区は1979年に羽根木公園の一角に「羽根木プレーパーク」を開設しました。翌年、専任のプレーワーカーを置いて常設化しました。プレーパークは木登りや穴掘り、水遊び、火起こし、遊具づくりなど自然と一緒になって子供がやってみたいことを自分の責任のもとに実現していく遊び場です。禁止事項は極力減らして大人のプレーワーカーが見守る仕組みが多く、子供が思いっきり遊べる場所として、新型コロナウイルス禍を経てプレーパークは首都圏で再注目されています。都市部の公園では、「ボール遊びは禁止」や「大声を出さない」など禁止事項が増え、子供の遊び場としては窮屈になってきています。また、高齢者を想定し、遊具の代わりに健康器具の設置も増え、公園の使い方や目的も変わりつつあります。子供にとって、先生でも親でもない大人のプレーワーカーの存在は大きく、不登校の子供から悩みを聞き、厳しい家庭環境の発見につながることもあるようで、単なる遊び場以上の効用もあります。
首都圏では他にもより良い教育環境を求めて他の地域に移り住む教育移住が広がっています。国際的な感覚を磨くため、あるいは多様性を求めて海外へ移住する人も増加の傾向です。自然豊かな環境でのびのび子育てしたい、生きる力を身に着けられるような教育を受けさせたい、など予測不可能な社会を生き抜くことを目指し、自治体や企業も様々な取り組みを仕掛けています。偏差値教育に偏重している都心の教育から子供を救い出し、地域と共生しながら親子共に成長できるエリアの人気は今後高まりそうです。
STEM
21世紀型の新しい教育としてSTEM(科学・技術・工学・数学)教育が世界各国で導入されています。STEMは科学技術開発に重要な分野であり、STEM人材の育成は喫緊の課題ですが、日本の出遅れ感は否めません。
STEM教育とは、子供の頃からIT技術やロボット、ロケットなどに触れ、自分で学ぶ力を養う新しい時代の教育方法です。また、科学・技術・工学・数学を統合的に学習することで、将来、「科学技術の発展に寄与する人財」を生み育てることにつながります。日本では、技術の進化するスピードに人材のスキルが追いつかない状況でAI技術や創薬、自動運転技術など世界中で開発競争が繰り広げられている最先端分野における人材不足が深刻化しています。
日本にはひとつの専門分野を深く研究・追求することをよしとする傾向やスタイルがあります。世界的に企業が人材に求めるスキルは高度化し複雑化しています。語学やビジネススキルなど、現在の専門分野に加えていくつかの専門分野を併せ持つ人材が必要とされています。中央教育審議会は2023~2027年度の教育行政の指針となる「第4期教育振興基本計画」に「イノベーションを担う人材育成」を掲げ、STEM教育の充実をはかろうと動き始めました。今後に注目したいと思います。
名伯楽
中国の故事に由来する伯楽とは、優れた人物の知遇を受けたり、有力な知遇を得て世に埋もれていた者が才能を発揮する機会が開けることのたとえです。伯楽は中国春秋時代の人物で、馬が良馬か否かを見抜く技術に優れていました。日本の科学の発展を振り返っても、学術の基盤づくりには名伯楽は欠かせない存在でした。
名伯楽とは、①人としての魅力がある、②大局観を持った優れた研究者である、③創造的精神がある、④打算的でない、⑤若い研究者を好み、囲い込まない、⑥人の特徴を掴み、相応しいテーマを与える、⑦知的好奇心に溢れる、などが挙げられます。
日本の物理学の礎を築いた長岡半太郎氏は1949年に日本で初めてノーベル賞を受賞した京都大学教授湯川秀樹氏やKS鋼を発明した東北大学教授本多光太郎氏を見出しました。誰もが名伯楽と認める京都大学教授早石修氏は、2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学特別教授本庶佑氏などを育てあげました。
名伯楽とは、優れた若手を起用する目利きであり、強固な研究グループをつくるリーダーでもあります。また、自分のためではなく、新しい発見にこそ意義を生み出し、科学の発展に貢献する若手の弟子たちの活躍を心から喜んで応援・支援する存在です。名伯楽の存在は、①夢を抱く若手を集める、②内外の優れた人材の交流を促す、③人材が輩出できる強い分野を確立する、④所属するグループを研究の中核とする、ことを実現します。最近の日本では名伯楽の存在が減ってきているようです。これが日本の科学の低迷につながっている要因のひとつなのかもしれません。ただ、分野が専門化し一人ではカバーしきれない、短期間で社会課題を解決する成果が求められている、業績を数値で評価する傾向が高まっている、などから名伯楽が生まれにくくなっていることは否めません。
優れた教育者とは、教育される側の自分より優れた能力を見出し認める者なのです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。