意思決定論 ~ これからの組織運営

意思決定論 ~ これからの組織運営

「迅速な意思決定」が企業運営に重要であるということは、数多くの経営者には常識であることかと思われます。しかし、迅速な意思決定と一口に言っても、具体的には解決すべきものは何か、何から手をつけるのか、何に気配りしていかに実行するのか、明確に説明するのは簡単ではありません。本稿では、意思決定を「因数分解する」という考え方から始め、VUCA(不確実で複雑、不透明で曖昧な社会情勢)の時代を泳ぎ抜くための意志決定など、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、意志決定の真意と重要性について解説します。


組織と意思

新型コロナの感染源は中国発で蝙蝠(コウモリ)から人間に感染したなどと噂されていますが、未だにはっきりとはしません。感染拡大が日本でも話題になり始めた頃、私の仕事は小さな組織のトップでした。部下達へのマスク着用の義務化やうがい手洗いの徹底、それぞれの出社の回数や頻度、オンラインでの会議や打ち合わせの準備、部下自身やその家族の健康および感染状況、ワクチン接種、仕掛けていたセミナーや講演会の参加者募集や準備状況など、次々と生じる案件に意思決定する必要に迫られました。小さな組織の運営は、些細な判断ミスにより組織自体が動かなくなる可能性が高く、慎重な検討と迅速な意思決定が望まれました。今考えると誤った判断もありましたが、大きな支障なく切り抜けられたと当時を思い起こします。

VUCAの時代に生きる我々は、先行きが見通せない難しい決断が求められます。幅の広い視野での情報収集の必要性や迅速な判断・検証もさることながら、誤った方向へ進んだ場合の素早い対応が必要となります。現代社会は日進月歩で進化を続けるITのもと、正しからぬ情報も溢れかえっています。真の情報交換には贈与と返礼の精神が必要です。適切かつ貴重な情報を何処から手に入れるか、また如何に分析して意思決定に活かすか、企業経営においても人生においても常に頭の片隅に残した行動が求められます。

組織と意思

意思決定とは

「人や団体が目標を達成するために、ある状況において複数の代替案から、最善の解を求めようとする人間の認知的行為」が意思決定(decision making)の定義です。そのプロセスを表すと、問題の発見⇒問題解決に必要な情報の収集⇒可能な限り様々な解決法を予想・予測⇒起こりうる結果・成り行きを予想・予測⇒決定して行動⇒行動の評価、となります。意思決定はあらゆる場面・状況で行われていますが、特に経営や軍事などの領域においては合理的な選択を行うことが重視されています。また、消費者にとっての意思決定とは、個人の価値観や金銭感覚などと深い関係を通して、どのように生活していくかを選ぶことです。

「バカの山、絶望の谷」という俗語があります。これは、ある判断において自分は決して間違っていないと思う時に、その判断そのものをよくわかっていない状態を指します。これはダニング=クルーガー効果(Dunning-Kruger effect)と名付けられた認知バイアスについての仮説です。能力や専門性が低かったり、経験が浅い人は自分の能力を過大評価する傾向があり、逆に能力が高い人は自分の能力を過小評価するといった傾向を示した仮説です。

日本企業の意思決定では、伝統的にコンセンサス(合意形成)を重視するあまり、意思決定そのもののスピードが遅いといわれています。また、業務の役割分担や責任の範囲が明確化されておらず、曖昧だとも指摘されています。相談役や顧問などの役職のOBが現役の経営陣に対して影響力を行使し続けるなど、企業の意思決定に関与することが許されない立場の役職が大きな権限を持つ慣例は現存し、日本の企業経営にとっての宿痾となっています。

組織デザイン

組織において、人が増えると意思決定が遅れ、人が少ないと比較的に意思決定が早い現象が見受けられます。アメリカの知の巨人といわれ、AIの生みの親であるハーバート・サイモン氏は1978年に大組織の経営行動と意思決定に関する研究でノーベル経済学賞を受賞しました。その理論は経営とは意思決定であるとし、意思決定となる問題を「構造的問題」、「半構造的問題」、「非構造的問題」に分類しました。解決できる論理が明らかな問題が「構造的問題」であり、「非構造的問題」とは解決できる論理が存在しない問題、「半構造的問題」とは「構造的問題」と「非構造的問題」の中間で、解決のための論理は無いものの、仮設とデータによって適切な解決法が見つけ出せる問題です。

意思決定には、「コントロール可能な要素における意思決定」と「コントロール不可能な要素における意思決定」の二つがあります。ビジネスにおいては通常、明確な目的と判断の根拠となる過去のデータや事実が存在する「コントロール可能な要素における意思決定」であり、合理的な判断を行うことが前提です。経営や組織運営で行われる意思決定を想定して、その要素を因数分解し、意思決定のフレームワークを作成することが求められます。

VUCAの時代の意思決定

VUCAの時代といわれる現在において、意思決定は『やり直しのきかない経営資源の配分を覚悟して決断しなければならない場面』で必要とされ、大小に関わらず増える一方です。

災害やパンデミックあるいはAIに代表される技術革新など、これまでに直面したことのない諸現象・諸問題が林立する現代社会で、市場の変化の本質を見極めるのは極めて困難です。また、現在の意思決定はスピード第一で、意思決定が一歩遅れれば問題は放置され、悪化することすらあります。そのために多様な情報源からの正確な情報収集が求められます。それらを参考に適切な企業戦略や行動計画・行動指針を作成する必要があります。前例無く想定の範囲外の意思決定には、何か抜けている視点が無いか詳細に確認し、より多くの代替案を提示し、考え抜き選択するというプロセスが求められます。経営者の明確な役割は社内における判断の拠り所である未来への強いビジョンを掲げ、ビジネスの方向性を先頭に立って示し行動することです。経営者にはリーダーシップと先を読む力が今まで以上に期待されています。社員も企業の将来について考えたり、議論したりする機会や場を設け、直接経営陣に提案できる組織づくりが必要です。これまでの成功体験や習慣により繰り返される変わり映えしない意思決定や当事者意識に欠ける事なかれ主義の意思決定、有効かつ正確な情報収集を怠った上での意思決定などではこれからの時代には適応できません。現代の組織において、意思決定の最大の問題点は決断・判断すべき場面で目的に則した意思決定が必ずしも行われていないことです。そのためにも多様な価値観を持つステークホルダー達とのコミュニケーションを深め、心理的安全性を重視した社内環境の整備が必要不可欠です。

未来を切り開くための企業の意思決定には、経営陣が不確実性と矛盾を受け入れ、論理的かつ実務的思考を重視し、素早く筋の通った決断を継続するしか道はありません。

VUCAの時代の意思決定

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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