感性と広告
感性が鋭い、感性が強いと評判の人は通常の尊敬とは異なる次元で敬われます。美的感覚や美的センスに優れている、絶対音感がある、絵心や画才を持つ、など秀でた感性を持ち合わせる人を表す言葉は数多くあります。残念ながら、私にはこのような才能も能力も見当たらず、芸術や美術、音楽などその素晴らしさへの理解度が不足しているのかもしれません。長い間、広告とおつき合いするのが仕事でしたが、クリエイティブの良し悪しについて書くにしろ話すにしろ、人にわかりやすく伝えるのは苦手でした。ただ、万人が認めるであろう、とてつもなく見事な広告に出会う機会を多数経験出来たことは幸せでした。時代を切り開くような広告は実在します。広告を眺めて初めて「時」を悟る、広く告げるという広告の本来の意味をクリエイティブで説く、広告の残像が心や脳に拡がり続けるようなインパクト溢れる表現で訴える、賞賛される広告は感性を超えた確かな存在価値を持ちます。優れた広告作品は芸術や美術、音楽の名作と同等だと思います。圧倒的な印象を残す作品は、「時」や「背景」すら乗り越え、人間の営みに直接影響を与えていくのです。
AIに代表されるような先端技術の著しい進化は目に見える幸せを我々にもたらすはずですが、芸術や美術、音楽などに接して個々が感性を磨くことは間違いなく我々に目に見えない幸せを呼び込むのではないでしょうか。これは人類の進歩の過程において刻み込まれてきた賜物であり、どのような時代であれ心のよりどころは感性にあると信じたいです。
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感性マーケティング
消費者の持つ情緒や感情など感性に訴え、働きかけるマーケティング手法が感性マーケティングです。消費者の消費スタイルや価値観はますます多様化しています。モノや情報が溢れる現在、商品・サービスの購入につなげるために顧客にいかに効果的な付加価値を提供出来るか、顧客に対し魅力ある経験価値の共創を生み出せるかが市場開拓の重要なポイントです。
通常、購買履歴やECサイトのアクセスログなど定量的データの分析に基づいたマーケティング戦略を実施することが一般的です。そのため、消費者インサイト(Consumer Insight)といわれる消費者自身でも認識していない感情、言葉を変えれば消費者の心の奥底に潜んでいる本音の洞察が失われがちです。消費者インサイトによって、消費者の隠れた心理を分析し、そのニーズや課題を読み解くことこそ、これからのマーケティングに求められています。深層心理を分析・理解することで、それが購買行動や購買動機、意思決定にどのように影響を与えるのかを考察するマーケティング手法が注目されます。消費者は目に見える機能や性能、価格だけを見て商品・サービスを購入しているとは限りません。個人個人の感性に基づいて自分の好む商品・サービスを選択しているのです。感性マーケティングを取り入れるには定性的データを可視化する必要があります。消費者インサイトに基づいた質的データの充実を実現することで、消費者に寄り添ったマーケティングが可能になります。
第6感
人間は基本的には、視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚の5感を持っています。それ以外に5感を超えるものを第6感(Six Sense)と表現することがあります。理屈では説明しにくく、物事の本質を掴む心の働きを指しますが、イメージ的には何となく予感がする「虫の知らせ」や物事が起こる前にそれを見抜く見識「先見の明」などが第6感とされています。直感や霊感、勘、インスピレーションといった似通った様々な類義語も存在しています。
他にも超直感的知覚(Extrasensory Perception)すなわちESPは超能力であり、中世の大予言者ミシェル・ノストラダムスは1999年の人類滅亡といった予言により「終末ブーム」を巻き起こし、スプーン曲げで有名なイスラエルの超能力者ユリ・ゲーラは子供達のアイドルのようにTVなどで活躍し、日本でも一世を風靡しました。
第6感の実体を探る研究では、微弱な電力を感じ取る能力や磁気(地磁気)を感じ取る能力が第6感ともいわれています。渡り鳥などの鳥類、鮭などの魚類、ミツバチなどの虫類などは元々地軸を感じる能力が備わっているようです。また、生物が進化の過程で獲得した優れた機能はバイオミメティクス(生物模倣技術)として、次世代造形技術と組み合わせた設計とものづくりの現場で注目を集めています。
リアルハプティクス
人間の5感は絶えざる技術革新によって遠隔でも再現できるようになりました。19世紀は電話が聴覚を、20世紀ではテレビが視覚を伝送することを成功し、普及しました。同時にロボットも進化して定型作業の生産性が高まりました。
5感のうち、再現が困難なものに「力触覚」があります。これは人によって皮膚感覚が異なるため精緻に再現することは至難の業であることで証明されています。ゲームのコントローラーのように、利用者に振動や動き、力を与えるように「実際にモノに触れている皮膚感覚」をフィードバックする技術にハプティクス(Haptics)があります。ただ、ゲームのコントローラーやスマートフォンの振動などで一方的に触覚を伝える技術は高まっていますが、双方向で硬軟などを再現する技術の普及はまだこれからです。ハプティクスは『人にしかできない』危険な仕事を改め、熟練の作業員の頼った過酷な作業に革新をもたらしました。特に風船や卵を傷つけず、壊すことなく手触り感を持って遠方から再現出来る「リアルハプティクス」という技術が注目され、実際に精緻な触覚が必要とされる現場においての活用が拡がっています。「リアルハプティクス」とはロボットの力加減をリアルタイムで制御する技術を指します。硬い動き(位置)と柔らかな動き(力)を統合制御するアルゴリズムにより、触覚の再現が可能になりました。「力触覚」の伝送技術が重労働や危険な仕事を解消することにつながったのです。
他にも「リアルハプティクス」は医療・介護の現場などでの応用が期待される夢の新技術です。生産性や安全性を意識した人の触覚に頼る仕事は数多く存在し、ハプティクスの進化の伴い、その利便性は工事や医療・介護の現場以外にも様々な場面で活用が拡大する可能性があります。
人間の5感を究め、第6感とは何かを探り、工学との関係性や芸術との関連性に着目することは我々の未来に極めて重要であり、人間の持つ貴重な才能の再確認でもあります。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。