食の安全保障 ~ 日本の現況と将来

食の安全保障 ~ 日本の現況と将来

日本の食料自給率の低さについては、度々議論にもなる重要な問題です。しかし、そのためにどのようなアクションが必要なのか、実際に動いている経済や業界はあるのかと聞かれると、スムーズに答えられる人はなかなかいないのではないでしょうか。本稿では、フードロスの現状、進められているフードテックの状況、そして国際社会に依存している日本の食料事情などを俯瞰し、今できることは何なのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏がヒントを導き出します。


戦中派と食料事情

まだ若手の社員だった頃、社内の経営陣の殆どは私の両親と同じく戦中派でした。同期入社の同僚と昔話をするとよく話題にあがるのはイベント終了後のレセプションなどの立食パーティ終了後、所属していた部門の担当役員がゲストの残した料理を我々若手に残さず食べさせようと勧めた姿です。格好つけず風通しの良い社風や面倒見の良い役員の人柄は懐かしい思い出です。それ以上に感じ得たことは、戦時中東京に在住して東京大空襲により着の身着のまま焼け出された父から聴いた戦中及び戦後すぐの食料事情とその中で生き延びざるを得なかった体験を会社の上層部も同様に持っていたことです。

戦後は父の家族は関東近辺に食料の買い出しに頻繁に出向き、米や野菜などを買い集めて何とか生活していたようです。しばらくすると関東近辺では足りず、福島や山形辺りまで買い出しに出かけたそうです。警察官に捕まりそうになったり盗まれたりと大変な苦労をして食料を手に入れたとのこと。父は亡くなるまで、平和で食事に困ることのない現在に常に感謝していました。私は落ち着きの無い少々乱暴な子供でしたが、両親からは特に叱られた記憶はありません。思い出せば唯一、食事の好き嫌いや食事を残すことだけはいい顔をされませんでした。

飽食の時代は平和で豊かな時代の象徴です。世界の人口は増大し続け、貧富の差による食料事情の悪化が進んでいます。困難な現代に立ち向かうためにも食の安全保障への対策が不可欠です。

食品ロスの現状

食品ロスあるいは食料ロスとは、まだ食べられるのに廃棄される食品のことです。

先進国を中心に飽食といわれる現代。食べられるはずの食品が大量に廃てられていて、世界で生産されている食料の約1/3といわれています。世界の人口の約1/9が飢餓の深刻化により栄養不足に陥っていて、食料を必要とする国に十分に行き渡っていない現状がわかります。世界の人口はますます増加する傾向にあり、必要とする食料も増えるはずです。2015年の国連サミットで採択された、持続可能な開発目標SDGsでも、食品ロスについてはゴール12「つくる責任つかう責任」において言及されています。食品ロス削減は待ったなしの状況にあるのです。

これほどまでに食品ロスが発生する要因としては、①需要を超えた過剰生産。先進国では機会損失を防ぐため、需要よりも多い量を生産するケースがあります。農家も不作の場合を考慮し、多めに農作物を生産することが殆どで需給バランスの調整が困難です。②外観品質基準。商品の形やサイズ、重さあるいはキズや汚れなどに先進国では高い基準があり、少しでも規格外になると商品は廃棄されています。③小売りでの商品の大量陳列。大量に陳列された商品の中には消費期限までに売り切れず廃棄され、結果的に食品ロスを招きます。➃発展途上国のインフラ未整備。発展途上国では収穫した食料の輸送や貯蔵のためのインフラが十分に整備されておらず、食料の腐敗による廃棄が少なくありません。また、技術不足により農作物が収穫できず出荷前に廃棄されるケースも多く発生しています。

食品ロスの現状

フードテック

日本の人口は2056年に1億人を割るといわれていますが、世界の人口は100億人に迫るとされています。地球規模で食料が不足すれば穀物同様に畜産物の需要も高まるのは必然です。食料危機を克服するためにバイオやテクノロジーを駆使したフードテックは注目されていて、2050年代には280兆円の市場に拡大すると予測されます。

2023年度の日本の食料自給率(カロリーベース)は3年連続で38%、生産額ベースの自給率は61%といずれも低水準であり、政府が目標としている30年度に45%、75%には程遠いのが現状です。そのため、フードテックは食料の安全保障上から喉から手が出る程の重要な技術です。

代表的なフードテックとしては牛や鶏などの細胞を増やす培養肉。肉や魚、卵といった動物性たんぱく質の代わりに大豆やエンドウ豆などの植物性たんぱく質を原材料とする植物肉や大豆ミートといった代替たんぱく質。遺伝子を効率よく改変し素早く新しい品種を開発するゲノム編集などがあげられます。

日本では培養肉をはじめとした細胞性食品分野などのルールは未整備で国内では販売できません。世界を見ると法整備が進んでいる米国やシンガポール、イスラエルなどは技術開発で先行しています。日本もゲノム編集食品については流通・販売の届け出制度を整備しました。日本企業は国内で研究開発に取り組みつつ、海外のスタートアップへの投資や提携で最先端の技術を獲得する戦略を進めています。販売などの市場開拓は海外で進めざるを得ないのが現状です。ただ、世界のフード・アグリテック企業への投資は2022年23年と2年連続で減少するなど味や価格で投資家が慎重になっている点も否めません。

フードテック

日本の食料安全保障

美食の国フランスのパリ五輪でも選手や観客への提供に廃棄食品ゼロを掲げ、スープも不揃いな野菜で調理するなどが話題の中心となりました。前々から食料自給率の低迷が著しい日本では国際物流が停止すると餓死者が増大すると噂されています。海外からの調達と国内農業の弱体化が噂の要因ですが、今のところの日本には一定の経済力があり食料を輸入するグローバルなルートを形成・維持しています。また、小売り・物流では全国津々浦々を張り巡らしたフードサプライチェーンを確立しています。現状では多くの国民が購入出来るレベルの価格で十分な食料が供給できています。

問題は20~30年後の中長期の状況であり、日本の相対的な経済力低下による国際的な食糧調達競争での買い負けや農地や農業人口の低下による農業基盤の毀損が心配されます。特に農業生産の基盤となるリソースは一度毀損されてしまうと回復が困難です。主食となる穀物類は、植物工場などで工業生産することは今の段階では不可能です。不測の事態への対応策が求められています。安全保障を担保する最重要施策のひとつは農地の維持・確保と農業人材の育成・確保です。食料の安全保障においては農業以外にも様々考えられますが、重要なのは日本の経済力を維持し続けることです。海外からの安定供給という点からは海外農業投資を進める必要もあるでしょうし、コメ中心の食生活への回帰が求められているのかもしれません。

日本の食料安全保障には官民挙げた総合的なデザインが求められています。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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