教科書のマーケティングを実践に落とし込む 一橋大学上原渉ゼミのDockpit活用

教科書のマーケティングを実践に落とし込む 一橋大学上原渉ゼミのDockpit活用

一橋大学商学部の上原渉教授は「学生たちに継続的なデータ活用環境を」という思いから、ゼミ生にWeb行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」を導入しています。なぜ学生のうちからデータ活用のスキルを身につける必要があるのか、どのような活用をしているのか。今回は上原渉教授、そしてゼミ生の伊藤亜起さんと大日方佑衣さんに、取り組みの詳細をうかがいました。


学生時代にデータ活用を学ぶ理由

―― 今日は一橋大学 商学部の上原渉教授、そしてゼミ生の伊藤さんと大日方さんに、データを活用した研究について伺っていきます。よろしくお願いします!

まず、上原ゼミの研究内容について教えてください。


上原渉教授(以下、上原教授):広義にはマーケティングを扱っていますが、その中でも特にマーケティング・マネジメント、つまり企業がどのようなマーケティング活動を展開すべきかという点を中心に研究しています。消費者理解の重要性を踏まえ、そこから導き出される効果的なマーケティングの実践方法に重点を置いているのが特徴です。

上原 渉
専門はマーケティング、消費者行動論。特に日本企業のマーケティング組織やアジアにおけるマーケティング活動、観光、グリーン消費について研究を行っている。

――今回のテーマであるデータの重要性は以前から認識されていたのですか?

上原教授:そうですね。学生たちには、データを活用することで、アカデミックな部分の理解をより深めてもらいたいと思っています。

教科書で学ぶマーケティング理論と、実務家がデータからエビデンスを導出して意思決定を行う実践との間の関連性を、学生たちがイメージできるようになることが大切だと考えています。教科書に書かれている内容は、確かにある程度筋が通っており、成功事例も豊富に紹介されています。しかし、その意思決定の根拠となるデータがどのような状況にあるのかという点については、大学教育ではあまり議論されていないのが現状だと感じています。一方、社会人として実社会に出ると、特に初期段階においては「根拠となるデータは何か」が重要な要素となってきます。

経験と勘のみに基づいて進める時代は終わりました。想像力のみに頼ったペルソナ設定や、学生たちの限られた知識に基づく推測による議論にとどまっていては、十分な深化は期待できません。

データ活用環境を学生たちに継続的に提供できることが理想的だと私は考えています。

――データ活用を進めるうえで、抱えていた課題はありますか?

上原教授これまでは、学生が入手できるデータの質と量に限りがありました。大学教員は研究のためにデータを持っていますが、そのデータを学生に提供するのは、実際には難しいことが多いです。また、学生が自ら入手できるデータはインターネット上のデータが中心となりますが、これらは既に記事の中で分析・解釈されているケースがほとんどです。

考察付きのデータではなく、学生が自ら探索し、各自の興味関心に応じてデータを活用できる環境の構築を実現したいと考えていました。

伊藤亜起さん(以下、伊藤さん):上原先生のお話しの通り、私たちがインターネット検索で得られる情報は記事化されたものが大半を占め、データ自体の入手は困難な状況にあります。そのため、変数や指標を独自に変更して検証を試みたいと考えても、柔軟な変更が難しく、検索結果として得られた情報をそのまま受け入れるしかないことに、もどかしさを感じていました

大日方佑衣さん(以下、大日方さん):ゼミ以外の授業では、民間企業が公開している生活意識調査を活用していました。 しかし、あらかじめ設定された指標による測定結果のみが公開されており、結果の内訳や別の指標での集計結果などを知ることはできませんでした。これらのデータは問題提起や研究の糸口を見出すには有効ですが、本格的な研究を進めるうえではざっくりしていると感じていました。指標の変更や異なる視点からの再集計を試みようとしても、これまでのデータでは制約があったのが実情です。

一橋大学 商学部 マーケティング・消費者行動論/上原渉ゼミ
左:大日方 佑衣さん、右:伊藤 亜起さん

一橋大学上原ゼミのDockpit活用事例

――具体的にどのようにDockpitデータを活用しているのですか?

伊藤さん:日本のストリーミング業界についての調査で活用した例を紹介します。

Dockpitを使えば、自分で業界や特定の企業を選択し、グラフなどを作成できます。そこでセッション数の違いといった基本的な指標を通じて、まずは各社の全体像の理解を進めました。

その後は、サイト訪問ユーザー数などのデータを2022年から2024年の期間で抽出し、グラフの特異点、例えば急激な上昇や下降を示す箇所を特定。「なぜこのような変動が生じているのか」という疑問をメンバー全員で深く掘り下げていきました。

Dockpitの機能の中で特に面白いと感じたのは、季節比較の機能です。従来のGoogle検索などでは明確な答えが得られない、市場動向の背景にある要因を特定するうえで有効だと思います。

Dockpitの季節比較の例(ダイエットの検索ワード)

Dockpitの季節比較の例(「ダイエット」の掛け合わせワード)

実際にDockpitを分析していた時の話しですが、グラフを見ていると、ある時期に普段とは違う動きを発見しました。何が原因なのかGoogleで調べてみても、はっきりとした答えは見つかりません。そこで、Dockpitの季節比較機能を使って、同じ時期に消費者がどんなキーワードで検索していたかを詳しく調べてみました。すると、特定の2つの会社名が浮かび上がってきたのです。

気になってさらに調査を進めると、実はその約1ヶ月前に、この2社が統合していたことが分かりました。業界では大きなニュースになっていたようです。これは、単純にアクセス数だけを見ているだけでは絶対に気づけなかった貴重な情報でした。

大日方さん:私たちの班では、観光マーケティングをデータの観点から分析しました。具体的には、都道府県ごとの魅力度ランキングと宿泊者数ランキングの間に相当な乖離が存在することに着目。魅力度は高いものの宿泊者数が少ない地域や、逆に魅力度ランキングでは上位に位置しないものの宿泊者数が多い地域といった差異を、データとして明確に確認しました。

私が特に興味深いと感じたのは、属性別マップの機能です。この機能を使うと、特定の県がさまざまなキーワードとともに検索された際に、その検索者の年代や性別、さらには家族構成(子供の有無、夫婦世帯、単身者など)までも把握することができます。

Dockpitの属性別マップの例(「ダイエット」の関心ワード)

Dockpitの属性別マップの例(「ダイエット」の掛け合わせワード)

他にも、データによる客観的な裏付けを得ることで、各県のマーケティング戦略の比較検討が容易になりました。これほど大量のデータを入手でき、一気に比較検討を行い、さらにグラフまですぐに作成できるという体験は初めてでした。

上原教授:普段大量のデータを活用できる機会は限られているため、アウトプットを生成し比較するだけでも興味深いと感じる学生もいたようです。一方で、大量のデータを多角的な視点から抽出し、「なぜこのような差異が生じるのか」という素朴な疑問を持ちながら、データ分析に没頭して楽しんでいる学生の姿も印象的でした。

データ活用を通して変わった、マーケティングに対する考え方

――Dockpitのデータ活用を通して、身についたスキルはありますか。また、マーケティングに対しての考え方の変化はありましたか?

伊藤さん:身につけられたのは、データを取得し、そこから新しいことを発見する能力です。特に印象的だったのは、一見普通のグラフであっても、Dockpitの属性マップなどを活用して条件や変数を変更すれば全く異なる様相になり、そこから本当に新しい示唆を得ることができる点でした。物事を多角的な視点で捉えるスキルが身についたと実感しています。

また、マーケティングに対する考え方も大きく変化しました。正直なところ、上原先生のゼミに参加する前は、流行というものは人々の感覚やその場の雰囲気によって決定され、予測なども個人のセンスに依存するものだと考えていました。しかし、Dockpitを通じてデータに触れてみると、そこには一定の傾向が存在し、数値による裏付けが可能であることが判明しました。マーケティングにおけるデータの重要性をあらためて実感しています。

大日方さん教科書で学んだことを実際のマーケティングの具体例に落とし込んでいくことができるようになりました。Dockpitの活用により、単純に入手できるデータの量が増加しただけでなく、マーケティングという分野に対して「今後具体的にこのような取り組みを行っていくのだ」という明確なビジョンを持てるようになったことも大きな成果のひとつです。

また、以前はデータを比較して「このような傾向が見られる」といった事実を確認できたことに満足していました。しかし、重要なのは「それが何を意味するのか」という点です。データを比較して「相違点もしくは共通点がありました」と述べるだけではなく、「したがってこのような主張をしたい」「そのためにこのような研究を行う必要がある」というように、データ収集だけでなく、明確な仮説を設定して研究に活用するという姿勢でデータを分析しなければ、膨大なデータに圧倒され、結論が不明瞭になってしまいます。この気づきが大きな意識の変化だと思います。

上原ゼミの様子

上原ゼミの様子

AI時代も求められるデータ活用のスキルや意識

――上原教授に伺います。学生にとって、データ活用のスキルや意識を身につけることには、どのようなメリットがあると考えますか?

上原教授:データ活用スキルはどのような職種であっても必須だと思われるので、学生には基礎的な能力として身につけてほしいという思いがあります。また、大学で学習した内容が、社会に出て「あの時習ったことはこういう意味だったのか」と理解を深める場合もあれば、「実際は異なる側面がある」と新たな発見をする場合もあるでしょう。いずれにしても、理論やコンセプトがデータと関連付けて理解できるようになることは、非常に重要だと考えます。

単純な集計作業については、AIの活用により確実に効率化が進んでいます。しかし、データから思考するという部分については、依然として人間が担うべき重要な領域であり、今後もこの能力を育成することが不可欠であると考えています。

Dockpitのようなデータを活用できる環境があることは、私としても非常に嬉しいですし、学生にとってはすごく恵まれた状況だと思います。

―― 上原ゼミのみなさんの研究活動やスキルアップにDockpitが役立っているようでうれしく思います。今後もぜひ活用してください。本日は素晴らしいお話をありがとうございました!

取材協力:一橋大学上原渉ゼミ

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この記事のライター

IT企業でコンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、ビジネスパーソンに向けた情報を発信しています。読んでよかったと思っていただける記事を届けたいです。

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