習慣と欲求
毎日、ある程度厳しく身体を動かす習慣を身につけるのは年齢のためでもありますが、容易ではありません。規則正しい生活を心掛け、健康維持のためには無理のない目標を定めて継続し、習慣化することが秘訣なのでしょう。流石に日課としているウオーキングも週に2回の水泳も続けたくない日もあります。その時は何故、体を動かさなければならないのかを自問自答します。生活習慣病を防ぐ、肥満を避ける、頭の中を整理する、ひらめきを求める、目標を達成した満足感やプレー後の爽快感を得るなどのためなのだと。
また、生活習慣病や肥満を避けるべく、お菓子やお酒を制限することが大切です。といいながらなかなか守れる訳ではありません。洋菓子が好きで、生クリームがこれでもかと大量に盛られたイチゴのショートケーキを見つけると年甲斐もなく興奮してしまいます。ただ、お菓子もお酒もとなると生活習慣病にまっしぐらとなることもあり、自制しているつもりです。今までは仕事も忙しくお酒を飲むことでお菓子は忘れられてきましたが、このところお菓子を食べないことにストレスを感じてしまいます。「お菓子を食べたい」という認知と「お菓子は身体に悪い」という2つの認知がある場合には、「お菓子を食べる」欲求と「お菓子を食べてはいけない」という考えに矛盾が生じるためにストレスを感じているのだと思います。子供の頃に戻ったようで情けないやら、辛いやらですが、我慢を楽しむことも大事と肝に銘じています。

認知的不協和理論
自分が認知していることに2つの矛盾する考えや行動がある場合にストレスを感じることを表した心理用語が認知的不協和(cognitive dissonance)です。人は認知的不協和を解消するために、自分にとって都合がいいように行為の正当化を図ります。この行動について理論化したものをアメリカの心理学者レオン・フェスティンガーは「認知的不協和理論」と提唱しました。認知的不協和から生じる不快感によって、人は自らの態度や行動を変容させているとした理論です。
人は認知的不協和を解消させたいがために、過去の認知または新しい認知のいずれかを否定する傾向にあり、「矛盾する認知の定義を変更するあるいは過小評価する」、「自身の態度や行動を変更する」とも考えられます。
ビジネスにおいても例えば、安い給与で長時間働かせるブラック企業に勤め続けてしまうのは、ブラック企業が認知的不協和を活用した「やりがい」だけで働かせる「やりがい搾取」にあたります。また、会社の後輩が自分より格上の肩書を持つと居心地の悪さを感じてしまい、出世している人を良く思えない現象も認知的不協和といえます。認知的不協和による不快感を抱えたままでは、ビジネスの上でも生活の上でも支障が生じることは間違いありません。
認知的不協和の解消法としては、プラス思考への切り替えが必要です。改善策として、①前提となる認識を変化させるための「価値の付与」、②前提となる条件を変えるための「脱価値化」、といった前向きな考えの導入や行動原理の再確認が求められます。

バランス理論(認知的均衡理論)
アメリカの心理学者フリッツ・ハイダーによって提唱された、対人関係において第三者以上の存在がある場合、その三者間の認知関係のバランスを保とうとする人間の心理状態を理論化したものがバランス理論(balance theory)です。人は人と接するときに価値観がずれても、試行錯誤しながらバランスを取ろうとします。バランス理論はp-o-x理論とも呼ばれ、p=自身、o=他者、x=対象を指しています。この三つの要素の組み合わせにより、バランスがとれているかどうかで、態度変容が生じるかどうかが決まるというのがこの理論の基本的な考え方です。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」、「友達の友達は友達」、「あばたもえくぼ」、「敵の敵は味方」(外交にも使用される)、これらはバランス理論を語る際のわかりやすいことわざです。
営業やマーケティンングの現場、チームを編成して仕事に取り組む場合、SNSやWeb上での活用などで幅広くバランス理論は応用されています。ただ、バランス理論は三者の関係性を非常に単純化したもので、実際の関係は他者から見た他者も存在するため、三者だけで考えるよりもはるかに複雑です。バランス理論は適用範囲が限られているのを十分に留意して活用する必要があります。
認知的不協和の応用
人の身体には不均衡状態が発生すると、自発的に均衡状態を回復しようとする機能(恒常性)が備わっています。認知システムにもこのように恒常性が備わっていると理論化したのが認知的斉合性理論(cognitive consistency theory)であり、一貫性の原理とも呼ばれ、認知的不協和理論もバランス理論もこの理論に含まれています。
営業やマーケティングはこれらの理論と深いかかわりを持っています。ここでは特に認知的不協和理論が応用されている4つのポイントを取りあげてみます。①人間関係の構築。相手から何かを受け取った時にこちらも同じようにお返ししないと申し訳ないといった心理効果である「返報性の原理」があります。お互いがこれを繰り返すことにより、深い人間関係が構築されます。②アフターフォローの充実。ユーザーが購入したことを後悔すると認知的不協和が発生します。このためにもマーケティングの施策としてアフターフォローを充実させる必要があります。商品・サービスの効率的な使用法や役立つ情報を、適宜ユーザーに発信し安心させることでリピーターとなり得ます。③購入すべき理由の明示。新しいジャンルの商品・サービスが市場に出回った際に、その必要性を購入すべき理由として明らかにすることで、必要無いのではという認知的不協和の発生を抑えることになります。➃広報・宣伝の重要性。認知的不協和を逆手に、キャッチコピーなどで新たな顧客を掴むことが可能です。例えば、「身体を鍛えたい」、「時間が無くて鍛えられない」という2つの認知が矛盾している場合、「時間が無くても通えるジム」といったキャッチコピーを使えば認知的不協和は解消出来るはずです。
認知的不協和を理解することで、自分や他者の気持ちを俯瞰的に捉えて、その後の取るべき行動を冷静に判断することが出来ます。
人生や仕事にとっては「まずは行動してみる」ことこそが大切です。行動が変わることによって思考は変わるからです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。