本物に出会う ~ 国宝・重要文化財

本物に出会う ~ 国宝・重要文化財

日本の宝。それは国民、領土、経済…。一言では言い表せられないものかもしれません。そのような中に「文化」も入るでしょう。本稿ではこの「文化」にフォーカスし、文化財の定義などを改めて知り、本物を見る目を持つ大切さを示唆。文化財保護法の具体的な内容や、現在文化財が置かれている実情などを踏まえ、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、本物とは、そしてそれを維持し守ることの大切さを解説します。


本物とは

子供の頃から手先が不器用ということもあり、授業にある美術はとても苦手でした。小中高と美術に類する教科の成績はどれも芳しくなく、むしろ開き直って自慢?するタイプでした。広告に関する仕事に就いたことで、絵や写真と触れる機会が職業柄増えたこともあり、当然のように芸術や美術に興味が湧くようになりました。

広告のクリエーターでもある芸大出身の友人は色について一過言持っていて、一緒に美術展に行く機会があるとそれぞれの作品の色について独自の解説をしてくれ、作品の持つ醍醐味を知り得ます。何度となく、美術展に出かけるうちにそこで最も印象に残った作品を探し出すのが楽しみになってきました。まだまだ、現代美術にはその素晴らしさを理解出来る境地にまでは至っていませんが。

日本人として外資系企業の経営者の先駆けとなった国際的経営者、新将命氏。最も尊敬する経営者でした。仕事の関係もあり、若い頃より適切なご指導を賜り、親しく接して頂きました。企業経営や社会人としての生き方、人生観など様々なことを学び、感謝してもしきれません。励まされた数々の名言も忘れられません。『コツコツカツ(勝つ)コツ』、『雨の夜にも天には星』、『一日一生』など多数です。最も心に刻まれた教えは『たまには本物に触れてみる』です。本物に触れることでその稀有な価値を悟り、形づくる背景を知り得ます。見る目を養い、「心眼」を鍛え、これからも成長するための識見を整える。これからも積極的に本物と向き合い、一人前の人間として歳を重ねるための『芯』を築きたいと願います。

美術館でアートを鑑賞する日本人女性(モデル・展覧会・観光)

国宝と重要文化財(重文)

本物に触れる機会のひとつとして、国宝や重要文化財を美術展や所有されている美術館等で鑑賞することは比較的容易かもしれません。文化財とは、有形無形の文化的遺産全般を指す用語です。文化財保護法では文化財を「有形文化財」、「無形文化財」、「民俗文化財」、「記念物(史跡、名勝、天然記念物)」、「文化的景観」、「伝統的建造物群」の6つに分類しています。このうち重要文化財(Important Cultural Properties)は日本に存在する建造物、美術工芸品、歴史資料などの「有形文化財」のうち、歴史的あるいは芸術的に価値の高いものとして、文化財保護法に基づき日本政府が指定した文化財です。

文部科学大臣は重要文化財の中でも「世界文化の見地から価値の高いもので、類ない国民の宝たるもの」を国宝に指定することが出来ます。国宝の基準とは「製作が極めて優れ、かつ文化史的意義の特に深いもの」であり、「学術的価値が極めて高く、かつ歴史上極めて意義の深いもの」です。法的には国宝も重要文化財の一種です。なお、1950年の文化財保護法以前の旧制度では、現在の重要文化財に当たるもの全てが国宝と称されていたようで混同しないよう注意する必要があります。また、重要文化財は国の指定を受けた文化財全般を指しているのではなく、国が指定した有形文化財のみを指します。「重要無形文化財」、「重要有形民俗文化財」、「重要無形民俗文化財」など似た用語は皆、重要文化財とは別のものです。

歴史的建物の活用

少子高齢化や過疎化が進み、特に地方の文化活動は大打撃を受けています。同じく歴史的建造物も消失・解体の危機にあります。国の「有形文化財」として登録された登録有形文化財は2013年4月1日から2023年11月1日の時点の10年間で約4600件増加し、1万3761件へと1.5倍に増大しました。登録有形文化財には建造物と美術工芸品の分野があり、建造物の登録基準は、「建設後50年を経過している」もので、かつ「国土の歴史的景観に寄与している」、「造形の規範となっている」、「再現することが容易でない」の3つの条件のうちいずれかにあてはまるものとされています。

歴史的価値がいかに高くても、所有者が保全・整備を諦めた建物は全国に点在しています。そのためにも有効な活用法が求められています。注目されるのは古くから地域に根づく産業と歴史的建物と調和させる試みの活発化です。ワイン醸造と養蚕農家の旧母屋をワイン販売で活用したり、豪商の旧宅をホテルへ改良する、あるいは歴史的建造物をアートの展示空間として再生するなど、それぞれが知恵を働かせて稼働させています。増加する一方のインバウンドの訪問地もまだまだ東京や大阪、名古屋といった大都市や鎌倉や金沢など有名観光地が中心であり、インバウンドを呼び込むためにも歴史的建物の再活用を観光日本における地域創生の目玉として整備する必要があります

小京都

守れ!日本の美術品

1950年に施行された文化財保護法は、文化財の保存・活用と、国民の文化的向上を目的としています。現在、国宝に指定された美術工芸品は912件、重要文化財は1万910件あります。文化財保護法は国指定の文化財の現状変更や輸出などに制限を課す一方で、保存・修理し、防災・防犯に必要な設備を支援しています。2023年度の文化庁の予算1070億円の約4割が文化財の保護に充てられています。

保存修理には高度な技能が必要とされ、技術の継承や人材の育成、用具などの確保も課題となっています。ただ、文化財を所有する個人や法人も高齢化や資金難で管理・保全が困難になっているのが実状です。国宝や重要文化財は、原則としては海外に輸出できません。しかし、管理が不十分であると海外へ流出する危険性もあります。そのためには国や法人、個人に買い上げる尽力が求められます。文化庁は発足した1968年から国宝や文化財を買い上げる事業がありますが、2024年度の予算額は10億300万円程度と決して多額ではありません。また、所在が不明となっているケースも多く、文化庁の調べでは2024年8月時点で国指定の文化財135件の所在がわかりません。文化庁では所在不明となった文化財を開示して情報提供を呼び掛けていて、発見されて買い上げたケースも存在します。

所在が不明になる要因には、盗難、所有者の死亡、法人の解散、転居などが考えられます。海外では国によって、文化財の指定が異なります。ただ、国宝級の文化財は、フランス、イタリア、中国、韓国などでも輸出は原則禁止されています。盗難や密輸なども国際的に問題視されています。ユネスコの文化財不法輸出等禁止条約には世界140か国以上が加盟していて、不正な文化財の流通や所持を厳しく制限しています。

本物に触れる機会を増やすためにも国を挙げて日本の美術を守ることを祈念します。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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