トランプ大統領にとってのグローバルサウスの価値とは
トランプ政権が始まって2カ月が経ちました。トランプ政権は、中国やウクライナ、イスラエル、日本、欧州といった主要国が関わる課題に積極的に取り組んでいる一方、インドを始めとするグローバルサウス、つまり南半球に多い新興国や発展途上国の地域についてはほぼ言及していません。
トランプ大統領は関税を交渉の武器として使い、諸外国から最大限の利益を引き出そうとしています。そして、国際協調におけるアメリカの負担をできるだけ減らし、国内の政治的な安定と経済的な発展を最優先に考えています。このようなトランプ大統領の考え方からすると、グローバルサウスの優先順位は決して高くないことは明らかでしょう
では、この状況でグローバルサウスの今後はどうなるのでしょうか。その答えは、最近の米中関係から見えてきます。
トランプ大統領は2月、中国に対して一律10%の追加関税を課したのに対して、中国は報復としてアメリカ産の石炭と液化天然ガス(LNG)に15%、原油や農業機械、大型自動車に10%の追加関税をかけました。この動きから両国の狙いの違いが分かります。
トランプ大統領は、米国にとって最も大きな課題である対中貿易赤字を一刻も早く減らすことに力を入れています。中国からの報復を気にせず、強気な姿勢を貫いています。一方、中国は一律関税に対して、特定の品目だけを狙った関税で対応しています。これは、トランプ大統領の次の行動を冷静に見極めようとすると同時に、米国が保護主義に走り、国際協調や自由貿易を脅かしているとアピールしたい意図が感じられます。
もちろん、中国としては国内経済が勢いを失う中で、トランプ大統領の関税攻勢を避けたいという思いもあるでしょう。しかし、米国がグローバルサウスへの関心を薄くすることで、政治的にも経済的にも中国にとって有利な状況が生まれつつあります。
前のバイデン大統領政権時では、同盟国や友好国と協力して中国に対抗する姿勢を重視し、グローバルサウスをいかに自分たちに近づけるかが米中の競争のポイントでした。しかし、その時でもグローバルサウス諸国からは大国への不満がよく聞かれました。
たとえば、2022年9月の国連総会では、当時のアフリカ連合議長だったセネガルのサル大統領が、ウクライナ情勢など大国間の対立について触れ、「アフリカを新たな冷戦の舞台にしたくない」と不満を口にしました。同じくインドネシアのルトノ外相も、「東南アジアを冷戦の道具にすべきではない」と発言しています。
また、2023年6月にシンガポールで開かれたアジア安全保障会議では、当時のインドネシアのプラボウォ国防相が米中対立を「新冷戦」と皮肉を込めて表現し、大国間の緊張の高まりに強い警戒感を示しました。フィリピンのガルベス国防相も、ウクライナ戦争や米中の経済分断が信頼と協力を壊し、冷戦時代を呼び戻すと強い不満を述べています。
国際協調を掲げていたバイデン時代でさえ、このようにグローバルサウスから大国への不信感が何度も聞こえてきました。従って、トランプ政権の下では、その不満や警戒心がさらに強まることは想像に難くありません。
中国の一帯一路政策に対する反発がグローバルサウスで起きているのも事実ですが、習近平国家主席はトランプ大統領よりもグローバルサウスとの関係を強化しようという意欲を持っており、トランプ政権時代に米国とグローバルサウスの距離がさらに離れれば、中国との結びつきを強めるグローバルサウスの国々が増えることが予想されます。そして、これは多くの日本企業が進出するASEANでも想定されることです。
トランプ大統領は米国の貿易赤字に強い不満を募らせており、貿易赤字の数字が高い国を狙った関税を今後もちらつかせ、実際に発動することが予想されます。実際、ベトナムなどは対米黒字国であり、多くの中国企業が進出し、そこで製造されたものを米国へ輸出していますが、そこに名指しのトランプ関税が仕掛けられる可能性もあるでしょう。

トランプ政権下のASEAN諸国と日本企業はどう向き合うべきか
トランプ政権下のASEANを意識した場合、日本企業はどういったことを考えておくべきでしょうか。
第一に、サプライチェーンの多元化と現地化が急務です。関税リスクや地政学的な不確実性を軽減するため、ASEANでの生産をアメリカ以外の市場、例えばEUや日本国内、あるいはASEAN域内の内需市場に振り向ける柔軟性が重要となります。
具体的には、ベトナムで生産した電子部品や自動車部品をアメリカに輸出する従来のモデルから、インドネシアやフィリピンの内需市場に供給する地域内完結型のビジネスモデルへの転換が考えられます。このようなアプローチにより、外部リスクへの依存を減らしつつ、安定した供給網を確保できます。さらに、現地生産を強化することで、輸送コストの削減や為替変動リスクの軽減にもつながり、競争力の維持に寄与するでしょう。
第二に、内需をターゲットにした商品開発とマーケティングの強化が不可欠です。
ASEANを輸出基地として活用する役割が低下する中、現地の消費者ニーズに即した製品やサービスを展開する戦略が求められます。
例えば、タイの中産階級が環境意識の高まりから求めるエコフレンドリーな家電製品を開発したり、ベトナムの若者層が好む手頃な価格帯のファッションアイテムやデジタルガジェットを提供したりすることが有効です。これらの市場では、日本企業の技術力やブランド力を活かして、現地企業や中国企業との差別化を図ることが可能です。
特に、高品質かつ信頼性の高い製品を求める層に対して、日本企業が培ってきた強みを訴求するマーケティング戦略が成功の鍵となるでしょう。また、現地の文化や消費習慣に合わせたカスタマイズも重要であり、単に日本国内向け製品を輸出するのではなく、現地でのニーズ調査やパートナー企業との協力を通じて市場に適合した商品を展開する必要があります。
第三に、中国との競争を強く意識した戦略が求められます。
技術力や品質での優位性を維持しつつ、ASEAN各国政府や現地企業との関係を深化させる努力が不可欠です。
例えば、マレーシアやシンガポールで進められているスマートシティプロジェクトに積極的に参画し、日本規格の技術やインフラソリューションを導入することで、中国企業との明確な差別化を図るアプローチが考えられます。これにより、中国が主導するプロジェクトに対抗しつつ、ASEAN市場での地位を確保できます。
また、政府間協力やODA(政府開発援助)を活用して、日本企業の技術が現地で採用される機会を増やすことも有効です。現地での人材育成や技術移転を通じて、日本企業への信頼を深め、長期的なパートナーシップを築くことが重要です。これらの取り組みは、短期的な利益追求にとどまらず、持続可能な成長を実現するための基盤を形成するでしょう。

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師
セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。