風疹
幸運なことに、大病や大怪我をして病院に入院した経験がありません。子供の頃は落ち着きが無く、少々乱暴者だったため足を折ったり、高い塀から落ちて何針も縫う怪我をしたりしましたが、入院には至りませんでした。
ただ、小学4年生の冬、重い風疹に罹り一週間以上学校を休んだことがあります。風疹は「三日はしか」といわれるように普通症状は軽いようですが、私の場合は皮膚に赤い発疹が大量に出ることから始まり高熱が続き、倦怠感や関節痛で布団から起き出せませんでした。熱が下がり、発疹が収まり辛いながらも何とか登校出来る日がやってきた朝を未だに忘れられません。今日から登校と知らせを受けた友人達が家まで迎えに来てくれ、学校へ到着するとクラスメイトから心配されたり励まされたりとその日は注目を一身に集め、スターになった気分でした。完治した状態ではないはずが帰りには気分的にも回復していました。親や先生、友人達のお陰もありますが、早く回復したのは、少年時代は楽観的で自己効力感が強く人とのコミュニケーションを好み、精神的柔軟性を持つ、いわゆるレジリエンス(resilience)が高い『レジリエントな少年』だったこともあります。単純明快で立ち直りが早く、素直な少年でした。この時に罹った風疹は苦しくともいい経験となり、健康を維持するための生活習慣こそ大切ということに気づかされました。

レジリエンスとは
近年、レジリエンスという言葉は様々な場面、あるいは学術的にも注目されています。日本語では回復力、復元力、耐久力、再起力、弾力などと訳されています。ストレスと共に物理学の用語としても知られており、ストレスが「外力による歪み」を意味し、それに対しレジリエンスは「外力による歪みを跳ね返す力」として使われ始めました。つまり、物質や物体に対して外から力が加わると変形します。その際にどの位その力を吸収出来るか、またどの位その力を取り除いて元の形に戻ろうとすることが出来るか、この一連のやり取りに関係するのが物質や物体の持つレジリエンスです。
精神医学では「極度の不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持することが出来る能力」という定義がなされています。1970年代には貧困や親の精神疾患など不利な生活環境にある児童に焦点が当てられていましたが、現在では成人も含めた精神疾患に対する防衛因子、抵抗力を意味する概念とされています。
心理学においては「逆境に対する反応としての精神的回復力や自然的治癒力」、「ストレスや逆境にさらされても適応し、自分の目標を達成するために再起する力」と定義されています。
また、工学では元々は材料工学の「原点に戻る・跳ね返る」という意味の言葉ですが、このところの大災害を機に提唱された災害レジリエンスとは強靭性やしなやかさを指していて、復興や復旧に要する時間を最短にして社会や経済の停止を最低限に抑えることを示しています。
レジリエンスはこれ以外でも、自然や動物の生態環境学や人間の社会環境システム、都市国家のレジリエンス、経済的なレジリエンスなどと使用される範囲が拡大しています。
背景と現状
2013年の世界経済フォーラム(ダボス会議)はレジリエンスがメインテーマでした。この会議ではレジリエンスと経済的競争力を軸に国力の評価が行われ、日本は経済的競争力に対してレジリエンスが著しく低いと評価されました。
この会議の背景には世界が地球規模での想定外のリスクにさらされるようになり、進展するグローバル化によりその影響が一国に留まらず、世界中に連鎖するようになったことがあります。大規模な自然災害、紛争やテロ、サイバー攻撃などを世界が経験し、そこから回復し復活するためのレジリエンスは共通認識となりました。
日本では2011年に起こった東日本大震災、新型コロナウイルスの感染拡大、昨年の能登半島地震などレジリエンスの持つ意味は一段と高まっています。
2013年に国土強靭化基本法が制定され、国土強靭化はナショナル・レジリエンスという訳を用いているように、基本目標に①人命の保護が最大限図られること、②国家及び社会の重要な機能が致命的な障害を受けずに維持されること、③国民の財産及び公共施設に係る被害の最小化、④迅速な復旧・復興をあげています。
ただ、従来の復旧では「原状復帰」を原則としてきましたが、急速な人口減少に直面している日本では「原状復帰」させたとしても、インフラの維持管理や空き家の増加など将来的な問題が多く、「原状復帰」を目指さないことも視野に入れるべきかもしれません。人口減少が続くと予想される社会では、社会経済の機能停止を最小限に抑える『縮災』や『減災』が災害対応に欠かせないのです

レジリエンス経営
事業において前例の無い困難やリスクに巻き込まれた際に、状況に応じて柔軟に対処し、危機を乗り越えて成長する能力がレジリエンス経営です。組織レジリエンスとも呼ばれます。企業がレジリエンスを高めるメリットとして、①社会情勢に左右されること無く事業を継続出来る、②企業の評価指標となる、③従業員の離職防止につながる、などが考えられます。
また、企業がレジリエンスを高める方法に5点があげられます。①ダイバーシティの推進。性別・年齢・国籍・人種・宗教など様々な属性を持つ人材を集めることで、多様な視点や経験から企業の問題解決能力が高まります。②BCPの取り組み。BCPは事業継続計画(Business Continuity Planning)の略称であり、災害や事故など有事における事業計画を企業内で確認、直面した際に手際よく実行するために策定します。大企業だけでなく中小企業も策定が不可欠です。③ゼロトラスト概念の導入。「何も信頼しない」というゼロトラストの概念を用いて、セキュリティ対策を推進する必要もあるはずです。➃従業員ひとり一人のレジリエンスの強化。具体的な施策としては、レジリエンスを学ぶための研修やマニュアルの作成、レジリエントリーダーの育成などが挙げられます。⑤職場の活性化。従業員に自発的な行動を促す環境を整えれば、組織のレジリエンスも自ずと高まると予想出来ます。仕事に対する裁量権や責任を与え、自主性を高めることがレジリエンスの向上につながるのです。
リモートワークが普及した現在、従来のレジリエンスの考え方では万が一の事態に対処出来ません。企業は時代に即したレジリエンス・コンピテンシーを意識すべきです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。