成功の母
公私にわたり、散々失敗を重ねてきました。仕事の上で何度となく同じ過ちを繰り返したこともあり、この点は甚だ残念です。よくよく考えると、何故あのような失敗をしてしまったのかと悔やんだりもしてきました。ただ、特に問題はなかったのに失敗したと勘違いしたこともあるはずと妙に開き直ってもいます。記憶に無いだけかもしれませんが、未だかって途方もない失敗をやらかしてはいないと思い込んでいます。無事にここまで何とか生き永らえて幸運でしかないことには常に感謝しています。
発明王といわれたトーマス・エジソンは数えきれない程の失敗をしたそうですが、挑戦し続けて成功へ辿り着きました。彼に因んだ有名なことわざ「失敗は成功の母」とは、成功を遂げるためには経験が必要ということを教えてくれます。誰も好んで失敗する訳ではありませんが、失敗したからこそ大発見につながったノーベル賞級の研究も数えきれない程存在するのです。
トーマス・エジソンは以下のようにも語っています。「私は失敗したことが無い。ただ、1万通りの上手くいかない方法を見つけただけだ」と。現代の代表的発明家であり、マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツは「成功の美酒は勝利者を惑わす」とまで語っています。「成功は最低の教師。優秀な人間をたぶらかして、失敗などありえないと思い込ませてしまう」。一度の成功に溺れることなく、前向きに目標に向かって努力を継続するしか真の成功を導く方法は無いのかもしれません。

失敗学
失敗や事故などが発生した原因を究明し、人命に関与したり、経済的な困窮をもたらすような重大な失敗や事故が将来起こらないように未然に防ぐための方策を学術的に探求する学問が失敗学です。
提唱者は東京大学名誉教授で失敗学会の設立の中心となった畑村陽太郎氏であり、命名者は日本を代表するジャーナリスト、ノンフィクション作家の立花隆氏です。①失敗の本質的な原因は何か、②同じ過ちを繰り返さないようにするにはどうすべきか、③失敗を恐れずに挑戦する意欲や気概を高めるためにすべきこと、④ものづくりだけでなく経営や社会分野における失敗の分析などを探究し、ここで得られた知見を幅広く社会へ広めることにより、同じ様な失敗を2度と起こさぬようにするのが目的であり思想です。
失敗学には①原因究明、②失敗防止、③知識配布の3つの核があります。失敗工学ともいわれ、安全工学とも似ている点はありますが、工学的な要素だけに限定するばかりではなく、さらに深く、人間の人間的な側面やあらゆる組織の構造的な問題などについても総合的に調査・分析します。社会的な方策を検討する、あるいは問題の再発を防止するといった理系文系の業際を作らない比較的新しい学問分野です。
改めて、失敗の種類には大きくは3つあります。①織り込み済みの失敗。ある程度の損害は承知の上での失敗です。②結果としての失敗。果敢に挑戦する上での結果として生まれた失敗です。③回避可能であった失敗。ヒューマンエラーといわれる人為的過誤での失敗であり、意図しない結果を生じる人間の行為です。
安全工学
社会生活、工業、医療において、システムや教育、工具や機械類などによる事故や災害を起こりにくくし、安全性を追求する上での改善・改良に目を向けた工学が安全工学(safety engineering)です。
歴史的な事例としては、イギリスの産業革命は石炭によってもたらされたため、石炭の採掘は必要不可欠ですが、危険な作業でした。落盤や酸素欠乏などの事故に常に悩まされていましたが、一つの方策として酸素欠乏に敏感に反応する鳥(カナリアなど)を籠に入れて坑道に連れて行き、カナリアが気絶することで事前に危険を察知し、坑道を離れて被害を免れました。
20世紀後半になると、原子力発電所や飛行機などによる重大インシデントと呼ばれる事故が発生するようになり、安全教育やヒューマンエラーを回避するための調査や改善に安全工学の重点が置かれるようになりました。また、間違った使い方が出来ないように配慮する設計手法であるフールプルーフ(fool proof)や、何らかの装置・システムにおいて誤操作による障害が発生した場合に常に安全に制御する設計手法であるフェイルセーフ(fail safe)など、人的エラーを起こさない設計に工夫の跡が見受けられるようになりました。
人道的見地からは、健全な青少年の育成にために義務教育期間は就労を不可するようになり、労働災害の減少につながる若年者の危険な作業への従事が避けられるようになりました。妊産婦についても一定期間中は危険な作業に従事することが禁止されている国も少なくありません。安全工学は人類の進歩の上で欠かせない学問なのです。

ビジネスと失敗学
ビジネスに失敗学を実践面でどのように活かすべきなのでしょうか?
失敗学は、①失敗を恐れず正面から向き合う、②失敗には予兆がある、③失敗は共有すべき財産である、を基本理念としています。これらはビジネスを成功に導くための重要なヒントといっても過言ではありません。大切なのは失敗を何かを得るための過程と捉え、その原因を冷静に分析して、そこから得られた教訓を次の挑戦へと活かすという一連のプロセスを習慣化することです。これにより、失敗は「価値ある学び」へと変化するのです。
失敗学の具体的な方法として、まずは失敗を正確に記録することから始まります。次に「なぜ」を繰り返しながら、失敗の要因を深堀りします。そして、失敗を隠さずオープンにし、組織全体で内容を共有して学びへと昇華します。さらに、再発防止にむけた具体的な改善策を策定します。その際、ミスを防ぐ手順やルールの明確化、スキルや知識不足を解消するための社員教育・訓練、進捗や情報を定期的に確認して早めに問題を発見するモニタリングなどが求められます。
組織で失敗学を活用するには、①心理的安全性の確保、②挑戦を奨励する企業あるいは組織文化の構築、③失敗の標準化、などが必要とされます。失敗を分析するにはSWOT分析のようなフレームワークも注目されます。組織の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を整理して失敗の原因と改善策を多角的に究明する方法です。
失敗を失敗と思わぬことは、未来への成功の手掛かりかもしれません。組織全体で失敗を恐れず挑戦する姿勢こそビジネスにおいては貴重であり、成長の後押しとなります。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。