喪失感
人生劇場では失って初めて気づく場面に遭遇します。失うまで気づかないのが殆どで、身近で当然のように接していた人や事柄が身の回りから突如として消失することは辛く悲しい以上に、空虚な気分であり不思議でさえあります。確かにそのような体験は何度と無くありました。最近では高校時代の友人が亡くなったと人づてに聞いたことです。ここ数年は年賀状を交換する程度でしたが、大学を卒業して社会人になっても時間が許せばつるんでいました。亡くなったのを知り、驚きと共に彼との今までの交流を想い出しては寂しさと懐かしさに浸ってしまいました。
自分自身まだ老け込むには程遠い年齢ですが、肝に銘じている名言にフランスを代表する哲学者ミッシェル・ド・モンテーニュの「老年は顔よりも心に多くの皺を刻む」があります。賢者の鋭い観察力の見事さを驚嘆すると共に、人間は心に年輪が刻まれるという「運命(さだめ)」を受け留める必要があります。心の奥底は自分でもわからないところがあります。それ以上に他人に理解出来るはずはありません。喪失感は感情の中でも特に残像や未練が残りやすく消えにくいものです。
喪失感とは「心の中にぽっかりと穴が開いた感覚」とは云い得て妙です。心の奥底まで穴が開いた心理状態を思い浮かべると、どんなに気丈であっても「時薬」でしか途方も無い悲しみを癒し、取り戻せない時間や穴を埋めるのは難しいと悟るべきなのでしょうか。

レスとロス
最近、人とコミュニケーションする際に登場頻度の高い『レス』とは元々はレスポンスという言葉の略であり、返信や返答を意味します。カジュアルな場面でもレスが早い、レス不足などと使われます。
『レス』に関するビジネス用語もよく見かけます。こちらは「省く」、「無くす」という意味が主で、ペーパーレスから始まって、ハンコレス、通勤レス、出張レス、残業レス、対面レスなど様々です。ビジネスに『レス』を導入することはスマートワークに代表されるような業務改善につながるという点で多く使用されています。また、IT社会の進展やグローバル化による時代の変化とビジネスをマッチングさせるための「擦り合わせ」という側面もあるでしょう。「省く」、「無くす」という行為や現象から新しいビジネスモデルが創出されると捉えることも出来ます。
同じようにビジネス用語で『ロス』とは、流通業界の用語として使用されていて、廃棄ロス(売れ残り商品に廃棄に伴う)、販売機会ロス(欠品が生じたことで販売機会を逸失する)、棚卸ロス(商品の管理ミスや盗難などの帳簿在庫額より実在庫額が少なくなる)、値下げ(見切り)ロス(値下げ販売によって粗利が低下する)など数多く見受けられます。ここでの『ロス』とは「失う」、「損する」という意味が主であり、チャンスロス(機会損失)は特に小売業界において利益を得ることが出来たはずの機会を逃すことであり、チャンスロスが度々生じるようでは売り上げの減少や顧客満足度の低下に直結する由々しき問題となります。
代行ビジネス
本人に代わって他者に何かをして貰う〇〇代行というビジネスが注目されています。以前から家事代行や掃除代行、運転代行、ペットシッター代行、送迎代行などは身近で便利な定番サービスとして存在しています。弁護士や公認会計士、税理士などの士業も専門性が極めて高いものの広義の代行ビジネスと考えられます。
特に今注目されるのは「退職代行」、「家族代行」、「上司代行」の3つです。雇用の流動性が高くなり、少子化が進む現代では「退職代行」の利用者が大幅に増加しています。「傷つきたくない、不要なストレスを避けたい」とする利用者の中心であるZ世代の意識の傾向を感じます。利用者の甘えとも見られがちですが、企業にも問題があることが多く、就職に関する理想と現実のギャップを埋める双方の努力が必要です。
「家族代行」とは家族に代わって高齢者の生活支援や入院時の身元保証、死亡時の手続きなどを代行するサービスです。親族が少ない、親の面倒が負担になる、親子関係が悪化しているなどのケースが利用者の大半を占めています。
「上司代行」は企業の中核となる存在の管理職の「なり手」が不足する企業が増え、上司をサポートする人材を外部からの人材紹介で補う取り組みです。当初は設立間もないベンチャー企業が依頼するケースが多かったようですが、管理職の負担を減らしたいとする大企業の依頼も増加傾向にあります。
このように代行ビジネスは今や花盛りで、今後も様々な需要を掘り起こしてサービス化する流れから新種のビジネスが誕生すると信じてやみません。

時間というネタ
タイムレスとは時間の経過に影響されず、常に新鮮さや価値を保ち続ける状態を指す形容詞です。古典文学や名画、名作などは年月が経ってもその価値が変わらずに存在するものです。真の価値は目減りするどころか時間と共に増大します。商品・サービスのブランド価値を高めることはビジネスに時間の概念を導入することなのかもしれません。
タイムロスとは時間の損失、無駄な時間を過ごしたことなどを意味します。ビジネスにおいては常に意識して減らす必要がある永遠の課題でもあります。念のためですが、競技以外のために費やされた時間を指すロスタイムは日本でしか通用しない用語で、国際的にはアディショナルタイムが使用されます。
最近、日常会話にも出て来るタイパとは「時間対効果」のことであり、タイムパフォーマンスの略語です。誰でも個人視点でタイパを高めることはイメージしやすいはずです。ビジネスで考えると、家事代行ビジネスや手続き代行サービスなどはタイパを高める方法のひとつですし、「タイパ飯」といわれるフードデリバリーや在宅勤務に便利なスマートスピーカーなどがタイパビジネスとして成り立っています。
組織におけるタイパの取り組みの代表例として考えられるのは、ワークフローの改善です。DXの導入やペーパーレス化、電子承認など業務上の無駄の削減が基本になります。その際、急速なIT化によってシステム連携が上手く進まず部署同士が孤立する「サイロ化」という現象に注意を払う必要があります。
新しいビジネスのネタは時間を念頭にレスとロスと代行辺りが活気づいています。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。