行動経済学の基本
従来の経済学では、物事を一般化・抽象化するために「人は常に自分の利益を最大化すべく合理的な意思決定をする」前提を置きますが、実際の人間の意思決定には、目の前の利益を優先してしまうなど、不合理なものもあります。
こうした意思決定の仕組みを心理学的なアプローチから分析する経済学が行動経済学で、損失を回避する意思決定をしがちな「プロスペクト理論」、最大利益より目先の利益を優先してしまう「現在バイアス」、利他的行動も取る「社会的選好」、先入観や経験から答えを導き出しがちな「ヒューリスティックス」などの有名な理論も含まれています。理論の名前は知らなくても、内容は聞いたことがある話ではないでしょうか。
経済学や経済行動に心理学を交えて分析する「行動経済学」。サンクコストや現状維持バイアスなど有名な理論も含まれ、2017年にリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞し、さらに注目を集めるようになりました。今回は、行動経済学と経済学の違いから行動経済学をビジネスやマーケティングにどのように落とし込んで実践するかを解説します。
行動経済学をどのように使うか?
販促や売り場など、ビジネスの現場で活用できることから、行動経済学はマーケティングの現場でも既に活用が進んでいますが、最近は政策分野でも注目が集まっています。規制やインセンティブ・罰則に頼らずに、それらと同様の効果を得られる可能性があるからです。
行動経済学の基礎理論
行動経済学においての意思決定にまつわる4つの理論を紹介します。
■損失を回避する意思決定をしがちな「プロスペクト理論」
プロスペクト理論とは、人は損失に対して過大に評価する傾向があり、実際の損得と心理的な損得は一致しない、という内容で、別名「損失回避性」とも呼ばれます。
具体的にはどのようなものか、以下の質問で考えてみます。
A.無条件で10万円もらえる
B.コイントスをして表が出れば20万円もらえるが、裏が出たら1円ももらえない
この2択、どちらを選びますか?多くの人は「A」を選びます。その理由は、Bはギャンブル要素が強く、1円も得られない可能性が出てしまうので、リスクを避けて確実に10万円を手にしようと考えます。
さらに質問を続けます。上記の2択においてAを選択し、10万円を手にしたとします。続いて、次のいずれかを選択しなければなりません。この場合、どちらを選ぶ割合が多くなるでしょうか?
C.コイントスをして表が出れば再度10万円もらえるが、裏が出たら手元の10万円は没収
D.コイントスを棄権する
さきほどの選択結果から予測できると思いますが、「D」を選択する割合が多くなります。
Cを選択して裏が出ても、A or Bの質問以前には10万円を手にしていたわけではないので、実際の損失は発生しません。しかし、いずれの場合も利益を得られなかったり、損失を避けようとする心理が働く……これがプロスペクト理論です。
■最大利益より目先の利益を優先してしまう「現在バイアス」
現在バイアスとは、未来にある大きな利益を得られる可能性よりも目先の小さな利益を優先してしまう心理を指します。さきほどのプロスペクト理論の例と同様に、ここでも次の質問で考えてみます。
A.今すぐ10万円もらえる
B.1ヶ月後に10万1,000円もらえる
この場合、「A」を選択する割合が多くなります。1ヶ月待てば1%という、金利としてはかなりのものになりますが、それを差し置いてもすぐに10万円がほしい=目先の利益を優先することになります。続いて、以下の場合はどちらを選ぶ割合が高くなるでしょうか?
C.1年後に10万円もらえる
D.1年1ヶ月後に10万1,000円もらえる
こちらは「D」の選択割合が高くなります。1年後という比較的遠い未来となると、少し待ってでも多い金額をもらいたいという心理が働きます。
これらのことから、目先の小さな利益を優先する傾向を見て取れます。
■利他的行動も取る「社会的選好」
社会的選好とは、人の行動が他人の状態を考慮する、もしくは、相手に合わせて行動する、つまり自分以外の状況を見て行動することを指します。
利己的行動と利他的行動のどちらを取るかは状況次第ですが、その度合いを測るための手法に「ディクテーターゲーム(Dictator game)」があります。これは、互いを知らない2人のうち、一方に報酬を与え、与えられた人が自分ともう一人の報酬を決定する実験です。
経済学の理論で言えば、自分の利益を最大化するには、相手に報酬を渡さない方が合理的ですが、実際は社会的選好が働き、半分程度(5~6割)を自分の報酬とし、残りを相手に渡す傾向があるというものです。
もう少し現実的な例を挙げると「募金」が社会的選好にあたります。
■先入観や経験から答えを導き出しがちな「ヒューリスティックス」
ヒューリスティックスとは、経験則や先入観から最適解を導き出そうとする理論です。ヒューリスティックスの具体例として、以下のようなものが挙げられます。
・髪型や服装など外見上の特徴で人となりを推測する
・表情や姿勢から相手がなにを考えているのかを推測する
・レストランでいつも同じメニュー(似たようなメニュー)を頼む
・同カテゴリの複数の商品を選ぶとき、ランキングや口コミをもとにする
これらはあくまでも代表的なもので、まだ多くのヒューリスティックが存在しています。なお、ヒューリスティックによる判断は正しくない場合や、重大な過失を引き起こしてしまう危険性も含んでいます。
環境省も行動経済学を取り入れた活動を開始
CO2削減に向けた国内の取り組みとして、環境省は行動経済学の「ナッジ」に注目しています。すでに自動車など、ハード面におけるCO2削減対策は進んでいるため、続いて「ソフト」面である人々の行動様式を低炭素型に移行してもらう意図でナッジ=望ましい自発的な行動をうながす手法を活用しよう、というわけです。
■海外で進むナッジの政策利用の流れ
イギリスでは人々の行動に関する現実的なモデルを政策に取り入れることで、人々がより良い選択をできるようにする理念のもと、2010年に内閣府の下に「ナッジ・ユニット」を発足させました。
アメリカでは2014年に科学技術政策局が社会・行動科学の知見を連邦政府の政策やプログラムの改善に活用するべく、「社会・行動科学チーム」を発足させました。
そしてその翌年には、行動科学の知見は行政の効果と効率の改善を通じ、雇用・健康・教育・低炭素経済への以降の加速化など、多岐にわたる国家の優先事項を支援しうるものとし「行動科学の知見の活用に関する大統領令」を交付しました。
■ナッジを活用した国内の省エネ施策事例
「省エネのご協力にお願いします」
「環境のために省エネしましょう」
「よりよい未来のために省エネしましょう」
など、省エネを促すキャッチフレーズはあまたありますが、日本オラクル社では
「ご近所さんはすでにやっています」
という、「それならウチもやらないと」という心理を突いた、ナッジ的なキャッチフレーズを用意するほか、「そらたん」という地球に存在する大気、空気をイメージしたユルキャラを設定。人々の行動がそらたんの見た目の変化に直接つながるようにしています。
ほかにも、学校や会社で省エネ教育プログラムを配り、意識や行動の変化を起こしてもらう取り組みも行っています。
現場での活用が進む「行動経済学」
従来の経済学で前提としていた自己利益を合理的に追求する存在と異なり、現実の人間は一見不合理に見える決断も行います。これらの行動を心理学的アプローチも加えて分析すると、理論で説明できる行動パターンがあることがわかってきました。
行動経済学で明らかにされた理論は、マーケティングなどビジネスの現場はもちろん、報酬や罰則以外の方法で望ましい行動を引き出せるとして、公共政策分野でも取り入れられています。
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