プロスペクト理論の基本
「損失回避性」とも言われるプロスペクト理論。人は損失に対して過大に評価する傾向があり、実際の損得と心理的な損得は一致しないという内容です。
例えば、以下の質問でどちらを選ぶか考えてみてください。
・A 無条件で10万円もらえる
・B コイントスで表が出れば20万円もらえるが、裏が出たら1円ももらえない
この場合、多くの人が「A」を選びます。Bのようなギャンブルはせずに確実に10万円を手にしようとする考えからです。
続いて、さきほどの質問で「A」を選択し、無条件で10万円を手にしたとします。続いてのアクションとして次のいずれかを選択しなければならない場合、どちらを選びますか?
・C.コイントスして表が出れば再度10万円もらえるが、裏が出たら前回の10万円は没収
・D.コイントスを棄権する
さきほどの結果からある程度の予測はついていると思いますが、この場合も「D」を選択する人の割合が多くなります。思考実験であって、手元に10万円あるわけではないのに、今回も損失を回避する選択肢が選ばれました。
こうした心理・行動を理論化したものがプロスペクト理論です。
経済学や経済行動に心理学を交えて分析する「行動経済学」。サンクコストや現状維持バイアスなど有名な理論も含まれ、2017年にリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞し、さらに注目を集めるようになりました。今回は、行動経済学と経済学の違いから行動経済学をビジネスやマーケティングにどのように落とし込んで実践するかを解説します。
プロスペクト理論を司る2つの「関数」
プロスペクト理論は、意思決定を歪ませてしまうノイズ的な要素として「価値関数」と「確率加重関数」があるとしています。
■価値関数
価値関数とは、得した場合の嬉しさより損した場合の残念感の方が強い心理傾向を指します。
10万円をもらった嬉しさと10万円を失った悲しさ、どちらが気持ちの揺れ幅が大きくなるでしょうか?多くの場合、10万円を失って悲しいという気持ちが強くなるのではないでしょうか。こうした損失が気持ちに及ぼす影響は、利得の約2.25倍に及ぶとされています。
また、投資やギャンブルをしているなかで、収支がプラスになっているときほど慎重に、マイナスが増えてくると冷静さを失ってしまったという経験はありませんか?これらも価値観数で説明できます。
■確率加重関数
確率加重関数とは、確率の感じ方のゆがみを表すものです。確率の感じ方のゆがみとは、確率が高いほど低く見積もり、低いほど高く見積もってしまう心理的な傾向を指します。
例えば、週末に出かける予定があったとします。天気予報で当日の降水確率が60%となっていた場合、「意外と雨に降られずに済むのでは?」と捉えたり、反対にあまり気分が乗らない屋外での予定が数日後にある際、当日の降水確率が40%と発表されていると「ひょっとして雨が降って中止になるのでは?」と考えてしまうのが確率のゆがみ、確率加重関数となります。
ちなみに、書籍「行動経済学入門」では確率加重関数の分岐点は一般的に約40%にあるとしています。つまり、40%以上の確率は実際の値よりも低く感じられ、40%以下の確率は高く感じるようになります。この値は平均値なので、個人差があります。
プロスペクト理論から導き出される3つの心理作用
■損失回避性
利益を得ることより損失を避けようとする心理作用が、損失回避性です。
損失回避性による影響としては、損失に対して過剰な反応をしたり、必要以上に恐怖心を抱き、リスク回避的な行動を取るようになります。
■参照点依存性
参照点依存性とは、基点となる状況からの変化で損得の判断をする心理作用です。
・A 優勝は間違いないと予想されていたが、準優勝だった
・B 3位入賞も難しいと思われていたが、準優勝だった。
いずれの場合も準優勝に変わりありませんが、Aの基点は優勝、Bの基点は3位入賞のため、Bのほうが主観的な価値が上がります。
■感応度逓減性
感応度逓減性(かんのうどていげんせい)とは、利得もしくは損失の度合いが大きくなるほど、損得のインパクトが薄れてしまうという心理作用です。
例えば、住宅購入の際に家具や家電も新調を考えたとします。住宅購入という、金額が大きな買い物をする前提があるため、普段ならば躊躇してしまうような家具や家電の新調を大胆にしてしまうという、これが感応度逓減性による行動です。
これらの関係は、以下のチャートで説明できます。損失は実際の損失より心理的に過大に評価されがちであり、また心理的な損失評価の参照点は右上・左下に移動します。
家具・家電で100万円の支出は絶対的な金額としては大きいものの、住宅購入では数千万円という右上の面積が巨大なため、参照点が左下に移動します。
プロスペクト理論のビジネス応用例
これまで紹介した理論を踏まえ、プロスペクト理論をビジネスにどのように応用するか、いくつかの事例を紹介します。
■期間限定イベント
期間を設定し、セールや特典の付与、獲得ポイントのアップといったイベントは、その期間に商品を購入しないと普段より損してしまう、期間中に利用してしまいたい、という消費者心理・プロスペクト理論を活用した施策です。
■全額返金保証制度
購入したいが心配=損をしたくないのは、誰もが持つ心理です。全額返金保証制度があれば、もし思っていたものと違っていても返品して返金してもらえば問題はない、つまり「損をしないで済む」という安心感を持ってもらえるアピールになります。
■各種優遇制度
「○○円以上購入で送料無料」など、対象を限定した優遇制度・メリットを打ち出します。これによって「もう少しで○○円だから、ついでになにかもう一品……」という、この優遇を使わないと損なのではないか、という心理を誘います。単価アップが期待できる施策です。
■無料キャンペーン
「購入者の○○人に1人、購入金額を全額バック」という無料キャンペーン。確率的にはかなり低いものですが、「もしかしたら私がその1人になるかも」と考える人が多いので、売り上げアップの効果を見込めます。
■危機感に訴える
「フィアアピール」とはfear=おそれ・不安に訴えかける手法です。具体的には「この商品は○○できます」アピールするよりも「この商品を使わないと○○できません」とする方が、競合製品より選んでもらえる確率があがると考えられます。
■キャッチコピーの切り替え
宣伝、広告のキャッチコピーを考えるにあたり、上記の「危機感に訴える」とともに、価値関数の項で解説した「損をした場合の方が強い残念感を感じる心理傾向」を考慮します。
ユーザーのメリットになる情報は「確実に〇〇できる!」と抽象的な表現でもよい一方、ユーザーにとってデメリットになる情報は「〇〇%の割合で××してしまう」と強調し、これを避けるには自社商品が必要だ、と誘導するなど、同じ商品でもキャッチコピーの切り替えによって、印象を大きく変えられます。このように、プロスペクト理論を情報伝達に応用したものを「フレーミング効果」といいます。
まとめ
プロスペクト理論は、以下の3つの心理作用を説明するものです。
1.利益を求めるより損失を避けようとする心理作用
2.基点となる状況からの変化で損得の判断をする心理作用
3.利得もしくは損失の度合いが大きくなるほど、損得のインパクトが薄れてしまう心理作用
特に「損失を避けようとする心理作用」は重要で、この心理を利用したマーケティング施策は今回紹介したように、ビジネスの現場でも活用されています。
マナミナは" まなべるみんなのデータマーケティング・マガジン "。
市場の動向や消費者の気持ちをデータを調査して伝えます。
編集部は、メディア出身者やデータ分析プロジェクト経験者、マーケティングコンサルタント、広告代理店出身者まで、様々なバックグラウンドのメンバーが集まりました。イメージは「仲の良いパートナー会社の人」。難しいことも簡単に、「みんながまなべる」メディアをめざして、日々情報を発信しています。