新型コロナウィルスの感染拡大によるテレワークの普及などを背景に、東京を離れて地方に移住する人が増えてきています。総務省が発表した住民基本台帳人口移動報告によると、人口増加が続いていた東京都において、2020年5月には2013年以来初めての転出超過となりました。それ以降、現在まで転出者が転入者よりも多い傾向が続いています。
人口減少に悩む地方にとっては、都市圏から人が流出しているこのタイミングで、いかに移住者の誘致に成功するかが大切です。移住希望者が情報収集をする際にとる行動は、移住相談所に行く、相談会やセミナーに参加する、体験ツアーに参加する、実際に現地でしばらく過ごしてみる……などがありますが、そんな中でコロナ禍以降に重要性を増してきているのが、「インターネット上の情報収集」です。
全国45道府県の地域情報をもち、移住希望者のサポートを行っているNPO法人「ふるさと回帰支援センター」が、2020年に行った調査によると、同センターを知った経緯は「インターネット検索等」が過去最大の54.3%、「自治体HP」も過去最大の21.1%となりました。つまり、移住者呼び込みに成功するためには、移住情報メディアやSNSでの広報など、インターネット上での情報発信が非常に重要になってきているのです。
しかし広報担当者の方は「自分たちの町への移住に興味があるのどんな人なのか?」「仕事、住まいなどの検討軸はコロナ前後で変化があったのか?」「どんな移住情報をどんな風に発信していけばいいのか?」など、悩みは尽きないかと思います。
そこで今回は、そういった疑問や不安をもつ地方自治体の方に少しでもお役に立てるよう、Web行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」を用いて、Webでの集客に成功している移住情報メディアを取り上げ、その施策やポイントを紐解いていきます。
移住先として人気な地域は?2020年1位は静岡県
まず、地方移住先として人気の都道府県をあらためて確認しましょう。先ほどのふるさと回帰支援センターの報告によると、2020年の窓口相談者の移住希望地ランキングは以下となっていました。
1位 | 静岡県 |
2位 | 山梨県 |
3位 | 長野県 |
4位 | 福岡県 |
5位 | 宮城県 |
なお、この調査の回答者は80.2%が関東圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の居住者です。「関東圏の人が関心を持っている移住地」とざっくりと解釈してよいでしょう。今回は、これら5県の移住ポータルサイトから、訪問ユーザーの属性やコロナ前後の検討軸の変化などを調査していきます。
まずは各地方自治体のHPの特徴を簡単に紹介します。
■1位:静岡県
2020年の移住検討先として見事1位に輝いた静岡県。移住・定住情報サイト「ゆとりすと静岡」で情報発信を行っており、トップページがこちらです。
デザインとしては、画面上部に移住者が関心をもつ基本的なコンテンツ(イベント情報、仕事、住まい、暮らし、先輩移住者の声など)への導線を固定し、その下に大きなグラフィックで各種セミナー、移住相談センター、求人サイトなどをアピールしています。
ゆとりすと静岡の特徴
「ゆとりすと静岡」の特徴は、好きな立地、特徴、支援策にチェックを入れると、該当する市町が表示されるこの機能です。分かりやすくていいですね。
■2位:山梨県
こちらは、山梨県の「やまなし暮らし支援センター」のトップページです。山梨県の自然を感じる風景がパッと目に入るのが特徴のWebサイトです。画面右上には文字サイズの変更ボタンがあり、高年代層への心配りも見受けられます。
■3位:長野県
こちらは長野県の「楽園信州」のトップページです。「やまなし暮らし支援センター」と同様、画面いっぱいに綺麗な景色が広がっているデザインが特徴的です。また、「ゆとりすと静岡」と同様に画面上部には仕事、住まいといった基本的なコンテンツへの導線を固定表示しています。
■4位:福岡県
こちらは、福岡県の移住・定住ポータルサイト「福がお~かくらし」のトップページです。「わたしらしく、くらしやすい、福岡県。」のキャッチコピーと共に人々の繋がりや温かみを感じるデザインが特徴です。
「ゆとりすと静岡」「楽園信州」と同じく、画面上部に基本的なコンテンツへの導線を固定表示しています。また、「やまなし暮らし支援センター」と同様、文字サイズの変更ボタンが画面上部に目立つように配置されており、小さな字が見えにくい高年代層への気配りが感じられます。
画面を下にスクロールすると「三大都市圏から福岡県への移住を考えている方へ!」というメッセージとともに、移住支援金情報へのリンクもありました。都市圏からの移住推進にも注力しているようです。
■5位:宮城県
宮城県の「みやぎ移住ガイド」のトップページがこちらです。他のサイトと同じく、画面上部には各コンテンツへのリンクが配置されていますが、その中に「学生の方へ」というリンクがあるのが特徴です。学生のUIJターン就職に注力しているようです。また、スクリーンショットにもあるように、「東京圏から宮城県へUIJターンされる方へ」と移住支援金の支給のを大きくアピールしているのが特徴です。
以上、人気移住先5県の移住ポータルサイトの特徴を簡単に紹介しました。トップページのデザインに見受けられた共通点は、画面上部に各主要コンテンツへの導線を固定配置し、各々がアピールしたいポイント(長野県、山梨県は自然を感じる写真、福岡県は人の温かみを感じる写真など)を画面いっぱいに広がるグラフィックで訴求するといったデザインでした。
ただし、山梨県、福岡県は文字サイズの変更ボタンを配置していたり、宮城県は学生のUIJターン就職に注力していたりと、ターゲットや訴求内容はやはり各自治体によって異なる部分がありそうです。
福岡県の「福がお~かくらし」の訪問者が1年で約1.6倍増加
次に、上記で紹介した2020年の移住先上位5サイトの集客状況や施策などを調査してみましょう。どの県の移住ポータルサイトが多くのユーザーを獲得していたのでしょうか。
株式会社ヴァリューズが提供しているWeb行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」を使えば、調査したいWebサイトのURLを入力することで、そのサイトに訪れたユーザー数や、性年代、移住地域、配偶関係といったユーザー属性を簡単に確認することができます。
今回はコロナ前後での変化も確認できるよう、過去1年のユーザー数と、前年1年間のユーザー数を見てみましょう。
各移住ポータルサイトの訪問ユーザー数比較
期間:2019年10月~2021年9月
分析ツール:Dockpit
直近1年間のユーザー数はオレンジ、前年のユーザー数は青色で示しています。いずれのサイトも前年よりユーザー数が伸びていますね。移住への関心の高まりはポータルサイトへの訪問者数からもうかがえます。
このなかで最もユーザー数が多かったのは、移住ランキングでは4位だった福岡県となっています。前年と比較して約1.6倍の増加となっており、他のサイトと比較しても伸び率が最も高くなっています。このコロナ禍の1年間で、福岡県の広報・集客施策がうまく機能していたのかもしれません。
長野県は高年代層、福岡県は若年層に人気か
では、それぞれの移住ポータルサイトに訪れているユーザーにはどのような特徴があるのでしょうか?
こちらは、各移住ポータルサイトに訪問したユーザーの男女比を比較したものです。
各移住ポータルサイトの訪問ユーザーの男女比率
期間:2019年10月~2021年9月
分析ツール:Dockpit
総務省が発表している人口移動によるデータ分析によると、都市部から地方への移住者の男女比は、男性55.9%、女性44.1%となっています(平成27年)。
これを移住者の平均として捉えると、静岡県、山梨県、長野県、福岡県はやや女性比率が高く、また宮城県は男性比率が高いと捉えられます。
次に、各移住ポータルサイトに訪問したユーザーの年代別割合を比較しました。
各移住ポータルサイトの訪問ユーザーの年代比率
期間:2019年10月~2021年9月
分析ツール:Dockpit
福岡県はこの5県のなかで20~30代の若い世代のユーザー比率が特に高く、50代以上の高年代層のユーザーは全体の24%と低くなっていることから、若年層からの移住関心が高い地域といえます。
高年代層と比べて外出する頻度が高い若年層にとって、飲食店やスーパーといった商業施設や生活インフラが充実している福岡県に魅力を感じているのではないでしょうか。また、創業特区に制定されている福岡県は全国で最も開業率が高く、ベンチャー企業が盛んであることも理由の1つとしてありそうです。(参考:Fukuoka Facts | データでわかるイイトコ福岡)
対して、長野県では20~30代の割合が5県の中では最も低く、50代以上の高年代層の割合は39%と5県の中で最も高くなっていることから、高年代層からの人気が高い地域といえます。移住したいと考えている高年代層にとっては、自然に囲まれた悠々自適な生活や、静かで落ち着いた環境でゆっくり過ごしたいという需要が高いのではないでしょうか。
成功する移住ポータルサイトとは?長野県の「楽園信州」に注目
次に、5県の移住ポータルサイトの基本指標をDockpitで見てみましょう。
各移住ポータルサイトの基本指標
期間:2019年10月~2021年9月
分析ツール:Dockpit
そもそも成功する移住ポータルサイトとはどのようなサイトでしょうか? 「多くの人に閲覧されること」も重要ですが、「じっくりとサイトを閲覧されること」も重要です。いくら多くの人が訪問していても、移住支援制度や住まい、地域の特色といった情報にしっかり目を通してもらえていなければ意味がありません。
どれだけユーザーにしっかりと閲覧されているかを確認するためには「平均滞在時間」「直帰率」「一人当たりのページビュー数」などの指標が参考になります。
下記、簡単に各指標の特徴をまとめました。
平均滞在時間 | Webサイトに訪問したユーザーがそのサイト(URL)に滞在した時間の平均。 ユーザーがコンテンツにじっくりと目を通して、 長く滞在しているサイトであるほど、平均滞在時間は長くなる |
直帰率 | ブラウザバックや別のサイトへの遷移など、 最初のページだけをみてサイトを離脱してしまった割合 |
一人当たりのページビュー数 | 訪問したユーザー1人当たりの閲覧ページ数 |
上記の指標について比較してみましょう。まず平均滞在時間では、最も大きいのは長野県、次いで静岡県となっています。
次に直帰率では、最も低いのが静岡県、次いで長野県となっていました。移住ポータルサイト内の他コンテンツへのリンクがあまり踏まれていない場合、直帰率が高くなります。
一人当たりのページビュー数を見ると、長野県が最も高く、次いで宮城県となっていました。
これらの結果、長野県の移住ポータルサイト「楽園信州」が3つの指標についていずれも良い数値であることが分かります。訪問ユーザーが高齢層の割合が高いということも理由の一つとしてありそうですが、訪問したユーザーがトップページだけをみてブラウザバックせず、色んなページに遷移して積極的に情報収集を行っているサイトであると思われます。
そこで、長野県の「楽園信州」を例にとって、特にどのようなコンテンツがよく見られているのか、またコンテンツのユーザー属性にはどのような違いがあるのかをさらに深ぼって調査していきます。
長野県の移住ポータルサイト「楽園信州」のトップページでは、画面上部に各コンテンツへの導線が配置されています。そこで今回は、これらのURL単位でユーザー数を調査し、どのようなコンテンツにユーザーが興味を持っているのか分析してみましょう。次のグラフは直近1年間のユーザー数をオレンジ色、前年のユーザー数を青色で表し、コンテンツごとに比較した結果になります。
「楽園信州」のコンテンツごとのユーザー数
期間:2019年10月~2021年9月
分析ツール:Dockpit
最も多くのユーザーが遷移しているのは「移住体験談」、わずかな差で「イベント」が続いています。移住希望者の検討軸と思われる「住まい」「仕事」がその後に続いています。もし担当されている移住情報メディアで、これらの人気コンテンツへの導線が埋もれてしまっている場合、目立つ場所に配置してあげるとよさそうです。
一方「移住体験談」のユーザー数は前年から約32%減少しており、コロナ下でユーザー数が減少した唯一のコンテンツであることが分かります。インタビューをしづらい状況が続き、コンテンツの更新が減ってしまったことが関係しているかもしれません。
その後に続く「イベント」が前年から1.9倍に増えた理由は、供給側がオンラインでイベントを開催するようになったことによるイベント総数の増加や、遠方の人が参加しやすくなったことが考えられます。
また、「住まい」「仕事」はそれぞれ前年から2.4倍、3.2倍にユーザー数が増加しています。前年からの増加率は「仕事」が最も高いことから、仕事への関心が増加傾向にあると思われます。
実際に、株式会社リクルートが行った地方移住および多拠点居住の考え方についてアンケート調査(東京都在住の20歳~59歳の会社員2,479名を対象)によると、地方や郊外への移住の不安や心配事として、最も多く挙げられたのが「仕事面」でした。
「給与や働き方の面で、自分の希望する仕事があるのだろうか?」「テレワークや在宅勤務がなくなってしまった場合でも、仕事を得られるのだろうか?」といった不安は、コロナ禍で増加しているのではないでしょうか。
「仕事」のコンテンツに関しては、仕事の紹介だけでなく「月に数回の都市への出勤が現実的に可能なのかどうか?」「リモートワークがなくなった場合、地方就職する際の支援制度はあるのか?」などの心配事に応えるような情報も発信していくとよいかもしれません。
まとめ|各地方の強みを活かしたコンテンツ設計が重要
都市部を離れて地方に移住する人が増えてきている今、オンラインでの情報収集の入口となる移住ポータルサイトの重要性は高まってきています。今回の調査で取り上げた自治体のサイトではいずれも自地域の特性を理解し、それを訴求するコンテンツを設計するといった工夫が見られました。
移住に関心をもっている人の特徴を他の地域とも比較して理解することで、より訪問者に寄り添ったWebサイト、コンテンツの設計が行えるでしょう。サイトに訪れている人は具体的にどんな人なのか、設定しているターゲット像との剥離はないかといった訪問ユーザーの理解や、誰がどんなコンテンツに関心があるのかといった訪問ユーザーのニーズを理解したうえで、サイト内のUIや導線設計が重要です。
今回の分析で用いたDockpitというツールには無料版があります。興味を持った方はぜひ、ご自身の担当されているWebサイトや、気になる他の地方自治体のサイトのユーザー属性やコンテンツの人気を調査してみてください。
2022年4月に新卒としてヴァリューズに入社しました。それまでは大学院でダイヤモンド半導体について研究しつつ、ヴァリューズの内定者アルバイトとして働いていました。