北前船と物流業界 ~ 日本遺産から

北前船と物流業界 ~ 日本遺産から

2022年現在、全国で104件の登録件数を誇る「日本遺産」。その中の1つに江戸・明治期の海運「北前船」関連の文化財が含まれていることをご存知でしょうか。その昔、商業成功のポイントは「立地」に尽きると言っても過言ではなく、そのような背景から日本の物流文化は大いに発展しました。以後、現代ビジネスの最重要ポイントは「物流」とも言われるようになりますが、そのような物流業界も今や抱える問題は少なくありません。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、物流業界発展の背景から現在抱える課題までを解説します。


OJTとOFF JT

入社した当時、5年目ぐらいの若い社員にOJT(On The Job Training)の一環として、会社から決められた担当地域や県を営業する地方特集という企画がありました。担当者はそれぞれ、地域や県を春から夏にかけて、電車やバスを乗り継いで広告主をまわります。主に東日本が管轄で、首都圏にある地域や県の場合は宿泊しませんが、東北地方や長野県、新潟県などには1-2泊しながら効率よく営業が進められるよう、宿泊先も戦略的に見つけます。

最初の特集は南東北地方で主に山形県の担当でした。山形県へは殆ど初めてで、まだ山形新幹線もありませんでした。宿泊先では先任者からの推薦があった上山温泉や東根温泉などに泊まった記憶があります。ただ、宿泊地で最も印象に残ったのは酒田でした。酒田のビジネスホテルに宿泊し、時間が余ったので観光しようと思い立ち、昭和に活躍した著名な写真家土門拳の土門拳記念館、戦後の農地改革まで日本一の地主だった豪商本間家の壮大な武家屋敷本間家旧本邸、庄内米の貯蔵庫である山居倉庫など、「西の堺、東の酒田」ともいわれ「西廻り航路」により繁栄を極めた日本屈指の港町酒田の見どころを堪能しました。

注目されるOFF JT(Off The Job Training)。少し意味合いは異なりますが、職務現場を離れて行う教育訓練の場として、若手営業マンを育成するために地方特集という企画はセミナーやe-ラーニングを受講する以上に刺激的かつ実践的で、OFF JTの一環と考えても意味のある学習法であり、そのプログラムを発想した上司や先輩達の知恵に感心しています。

OJTとOFF JT

日本遺産

地域の魅力溢れる有形・無形の文化財群を地域が主体となって整備し、国内外への発信を強化することで地域活性化を図ることを目的とした「日本遺産」の取り組みが全国で広がりを見せています。文化庁が2015年に認定数18件でスタート。2022年現在、全国で104件が認定されています。認定されると観光ガイドの人材育成や多言語でのホームページ作成など様々な財政支援があります。日本の文化遺産保護制度のひとつとして、見過ごされてきた文化を再確認し、「点」から「面」へと立体的な地域連携を組み入れた環境整備を行い、ストーリーのある新たな観光資源の再生・復活に有効な戦略です。都道府県別では兵庫県、大阪府、奈良県、和歌山県など近畿圏が多く認定されています。

2017年酒田市が代表自治体として認定されたテーマ「荒波を超えた男たちの夢が紡いだいい空間~北前船寄港地・船主集落~」は江戸・明治期の海運「北前船」関連の文化財であり、地域内にとどまらない日本列島に広がるストーリーとして「面」での連携をもたらし、認定自治体も16道府県49市町村に及んでいます。酒田市と秋田市、加賀市と小樽市では関連イベントの連携も増え、観光客の誘致や特産物の販売促進などを共に進めています。昨年、旅行した島根県でも文化財「北前船」は観光の先々でそのストーリーに接する機会が多く、寂れつつある寄港地の再活性化のための起爆剤となりつつあります。

物流による経済発展

経済発展には物流手段の開発・整備が欠かせません。昔から人類は陸路だけでなく、海や川、湖など水路を活用した物流も行ってきました。喜望峰を回ってインドに達する航路を開拓したバスコ・ダ・ガマや新大陸アメリカを発見したクリストファー・コロンブスなどの航海者や探検家達。スエズ運河を完成させ、2023年より運航料の値上げが予定されているパナマ運河にも関わったフェルディナン・ド・レセップス、日本でも東廻り・西廻り航路を整備した河村瑞賢ら、今でいうディベロッパー達。その他数えきれない多くの人々が空路も含めて世界中の物流の開発に携わってきました。ヴェニスやアムステルダム、江戸や大阪も海路を含めて水路を巡らし活用することで、都市の繁栄をもたらしました。

商売成功の秘訣としても以前は商売を始める際、「1に立地、2に立地、3に立地」と店舗や本社の場所決めが最大のポイントでした。デジタル社会はこれを大きく変え、「1に物流、2に物流、3に物流」と今や物流が最重要視されています。

物流による経済発展

物流業界と課題

海運業界は新型コロナウイルス下、コンテナ特需で業績を急拡大しました。海運業界は二つの業態、外航海運(海外との間で物や人を輸送)と内航海運(国内の港の間で物や人を輸送)があります。日本の貿易量の殆どが船によるもので、国内の貨物輸送量では自動車が最大で船は2番目となっています。運ぶ物によって船の種類はそれぞれで、コンテナ船、オイルタンカー、LNG(液化天然ガス)船、自動車専用船、木材専用船、バルク船などがあります。海運業界も地球温暖化に対応した脱炭素や自動運転技術によるコスト削減と航行の安全性の向上などの課題を抱えています。

物流業界では、働き方改革関連法により2024年4月から自動車運転の業務の時間外労働が年間960時間と規制される「物流の2024年問題」を抱えています。上限規制により、トラックドライバー一人当たりの走行距離は短くなり、長距離で物が運べなくなると懸念されています。それにより、トラック運送業界の売り上げ減少、トラックドライバーの収入減少、荷主の運賃上昇などの数々の問題が起こる可能性があります。

物流業界として取り組むべき課題を解決するための4つの方策として、①労働環境・労働条件の見直しを行い、人手を確保するためにも魅力ある職場づくりが急務です。②長時間労働に対しては複数人体制でのリレー運送や幹線道路と集荷・配達を別のドライバーにすることが効果的です。③ドライバーの長時間労働の要因に集荷の待機時間があります。荷主への要請や協力が必要であり、荷主の意識改革が鍵を握ります。➃働き方関連法を順守するためには勤怠管理の強化が重要です。勤怠管理は時間外労働時間の上限規制や賃金にも直結します。就業規則に則った勤怠管理の徹底は労務トラブルを無くすことにもつながります。

物流の需要や市場規模は拡大しています。ネット通販が急増する一方で最前線の運送現場は過酷な労働環境やドライバー不足、燃料の高騰など深刻な諸問題に遭遇しています。
DXやAIを駆使してドライバーの負担を軽減し、サービスの向上をはかることが肝要です。

物流業界と課題

【関連】物流戦略から読み解くAmazonの強みと日本企業の対抗策

https://manamina.valuesccg.com/articles/1840

新型コロナの影響もあり普及が加速したEC市場の急成長の裏に、自動化技術やロボット導入などが進む物流DXがあります。「実は物流の搬送・自動化分野に関しては日本企業が大きな影響力を持っている」と語るのは、産業用ロボットの知能化を手掛ける株式会社Mujinのシステムエンジニア、湊真司さん。寄稿初回となる本稿では、ECの雄、Amazonを取り上げ、同社の物流の強みと、それに対抗する楽天、ヨドバシカメラ等日本企業の戦略について紐解いていきます。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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渡部数俊

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